第二十八話「心の在処」
『ミンキアーテ公国』――「エトルリア城」―― 一室
『ヘット軍団長!! 出撃の準備が整いました!!』
煌びやかな部屋へと押し入って来たるは、一人の雑兵。
「そうか……、ようやくか。あの憎き帝国の塵共に制裁を与える時が来たようだな」
そう答える人物こそが《白金》スキルの顕現者『ヘット・ヴィクトール』軍団長である。
彼は黄玉色の瞳に憎悪を募らせると、失われたはずの拳を強く握りしめた。
「いつまでも奪う側で居れると思うなよ」
彼は極めて低い調子でそう言うと、雑兵の案内に従い部屋を後にした。
*
『――あれ……? わ……たし……は……?』
木製のベッドの上で、ゆっくりと瞼を明ける一人の少女。
元は綺麗な水色だったと思われる頭髪は乱れ、所々の色が抜け落ちている。
不健康に瘦せ細った肢体と、未だ光を灯さぬ蒼玉色の瞳。
そんな少女は呂律の回らない舌を精一杯動かしながら、現状把握に努めていた。
『――レナ‼ 僕だよ‼ 分かるかい⁉』
「落ち着け……。今は安静にさせるのが先決だ」
興奮して少女へと迫る少年を、一度ベッドから引き剝がす。
そして顔の見える位置に座らせると、少女がそちらに視線を向けた。
『お兄……ちゃん……? あれ……何で……』
恐らく何が起こっているのか理解できていないようだ。
まあ無理もないだろう。
少年曰く、少女は三年以上も昏睡状態にあり、回復の見込みは薄かったという。
主な原因は免疫不全による肺炎の悪化。
更に極度の鬱病も相まって昏睡状態へと至ったらしい。
両親の遺産の殆どを帝国に押収されたが、辛うじて二人の元に渡った一千万s。
それも人工呼吸器を始めとした生命維持装置の購入で消え、
その後は少年と機械兵の稼ぎによって、どうにか命を繫ぎ止めている状態だったのだ。
後一千万sあれば万能治療薬を買えていた事を考えると、苦渋の決断だったのだろうが。
『そ、そうだよ、お兄ちゃんだよ……。良かった……、本当に良かった……』
少年は瞳から涙をボロボロと溢しながら、嗚咽交じりにそう呟いた。
喜んでいるのはいいが、まだまだ安心できる状況ではないだろう。
肺炎の方は初期に戻ったような状態で、鬱病に関しても改善はしていない。
両親の喪失を思い出せば、いつ塞ぎ込んでもおかしくない、そんな危険な状態だ。
時間経過と共に薬を服用しつつ、向き合っていくしかないだろう。
「アイン、落ち着いたら医師を呼べ。俺は機械兵を直してくる」
俺は机の上に黒金貨を十枚叩きつけると、アインに向けてそう言い放つ。
「そ、そうか……。しかし、いいのか?」
アインが少し面食らったような様子で、そう尋ねてくる。
「救うってのはそういう事だ。面倒を見たからには最後まで責任を負う義務がある」
万能治療薬を飲ませて、はい終わり。
それじゃあ、いつか元の状況に戻るのが目に見えているからな。
俺はそのまま土の塊を右肩に担ぐと、朽ちた扉に手を掛ける。
「持てるじゃねえか……。まあいいや」
アインがまた何か恨み言を吐こうとしたようだが、それ以上は何も言ってこなかった。
*
「スフォルティア」――製造区
無骨な建物が立ち並ぶ、職人の領域。
職人たちは、川沿いに存在するコンビナートから流れてきた素材を、
各々の力量によって加工し、帝城への納品及び一般との取引によって生計を立てている。
そんな薄暗い地区の一角。
俺は一つの小さな建物の中で、とある人物と対面していた。
『久し振りだな小僧。あのおっかねえ女のガキは一緒じゃねえのかよ?』
くぐもった声で俺を出迎えるのは、身長1mにも満たない鉱人族の男。
頭部は翠色の溶接面に覆われており、その表情を窺う事はできない。
またその短身はブカブカの作業服に包まれており、
サイズの合うモノがなかったのだろうと、そんな感想を抱かせる出で立ちである。
鉱人族は遥か東の小国「モンスパルデ」にて多く見られる亜人種で、
人族の領域へと足を踏み入れることは殆ど無いと言っていい。
にも拘らず目の前の男はこんな所で堂々と店を開いているのだから、
如何な奇人であるという事が、容易に想像できるというものだろう。
「どいつもこいつも……。まあいい修理の依頼だ」
何度目とも分からぬ質問に殆嫌気が刺しながらも、担いでいた機械兵を奴に見せる。
当然土の檻は除去済みだ。
『――此奴は大分時代遅れの代物だぜ? 悪い事は言わねえから、買い替えやがれ』
「俺のモノじゃない。良いから直せ」
一目見ただけで突っ撥ねてくるが、そういう訳にもいかない。
此奴はあいつらにとって〝家族〟らしいからな。
『レイサマ……レナ……サ……ピー……ガガガ……』
すると突如機械兵が、二人の名前を紡ぎ出した。
壊れたはずではなかったのだろうか……
『レイと……レナ? それが此奴の所有者の名前か?』
「ああ、そうだ」
『ちっ……、驚いたぜ。完全に壊れてやがるのに、所有者を認識しているとは……。
ちと見せやがれ』
そう言うと奴は強引に機械兵を掴んで、奥へと引っ込んでいく。
二十分程経っただろうか。
奴は機械兵を机の上に置くと、険しい表情で此方を見据えてきた。
『明らかに不自然な痕跡があった。
何かに操られた……いや違う、誘発されたような……兎に角そんな不気味な痕跡だ』
「分かるように説明しろ」
『そう言われたって分かんねえんだよ。こんなモン初めだからよ』
そう言うと奴は少し機嫌が悪そうに、近くにあった椅子へと腰掛けた。
しかし、此奴でも把握できない異常事態か……
此奴は製造区の中でもかなりの腕利きで、
こと経験値においては、右に出る者はいないと言われている程なのだが。
というか腕が無ければ、こんな怪しい奴の工房に来ようとは思わないからな……
『レイサマ……レナサマ……オマモリイタシマ……』
するとその直後、今度は比較的流暢な言葉で二人の名前を紡ぎ出した。
『少し核を弄った。あと数日も貰えれば、完全に元通りだろうよ』
「そうか、なら頼んだ」
やはりかなり仕事は早いようだ。
詳しい工程などを聞いても理解できないので、
一先ず前金として黒金貨を一枚渡しておく。
すると奴は柄にも無い神妙な面持ちで、唐突に俺へ問い掛けてきた。
『なあ、小僧……。機械に魂が宿るなんてバカげた話考えたことあるか?』
「は……? 急に何の話だ……?」
『いやな、こんな仕事続けてると偶にいるんだよ、此奴みてえな奴が』
奴は機械兵を心底理解出来ないといった表情で見つめると、尚も続けて話す。
『プログラムの枠を超えて、明らかに非合理的な行動を取る。
俺たち技師は敬意と畏怖を込めて〝心ある機械〟と呼んでいるが』
「教団の奴らにでも聞かれてみろ。一発で火炙りにされるぞ」
大陸を牛耳る『ゾディアック教団』は唯一神を信仰する宗教団体。
精霊信仰などという思考とは絶対に相容れる事は無い。
『んなことは分かってるよ。だがそう思っちまったんだから、仕方ねえだろ』
「知るかよ……。今どき性人形を本気で愛してる人間だっているくらいだ。
結局はそいつ次第って事なんじゃないのか?」
人形は人間の欲望を映し出す鏡のようなモノ。
故に自ずと、人間が都合の良い方向に解釈してしまうだけだろう。
『――小僧は夢がねえなあ……、そういう話じゃねえんだよ。
まあいい、修理は任せておけ。三日、いや四日もあれば終わるだろうよ』
どうやら此奴の望む回答ではなかったようで、やや不満げにそう返してくる。
そんな無意味な思考に囚われているくらいなら、一早く直して欲しいところだが。
「ああ、任せたぞ」
俺は短くそれだけ言うと、狭苦しい小人の隠れ家を後にした。




