第二十五話「帰還と再会」
ギーメル視点です。
時は遡り――「マインツ村」
私は久し振りに訪れた故郷の外れへと向かっていました。
「長閑で良い村だよなー」
「見事に何もないな」
「おい……」
「構いませんよ。全く以てその通りですので」
私を挟んで会話をしているのは、アレフ様とアイン様。
彼らは私の護衛を買って出て下さったのです。
「それにしても結構な外れにあるんだな……。不便じゃないの?」
「苦労はしましたが、仕方がないのです。
外れに住んでいる方々は、外からの移住者が多いですから」
外部からの移住者は余り歓迎されていません。
受け入れて頂いただけでも感謝するべきなのでしょう。
「何処でもそういうのはあるよな……。おっ! 見えてきたんじゃないか?」
そう言ったアイン様が指さす先には、数件の質素な建物がありました。
「どうした、気が進まないのか?」
「い、いえ。――すみません、少し怖気づいているのかもしれません」
私の些細な変化に気付いたのでしょうか、アレフ様がそう問い掛けてきました。
私は彼らの御厚意を無碍にして、勝手に出て行ってしまったのですから。
今更どの面下げて戻ってきたのか、そう言われても仕方ありません。
「負い目があるなら、猶更清算しておいた方が良い。
仄暗い過去はお前の人生を縛ることになるぞ。
……まあ、俺が偉そうに言えた話ではないが」
「ありがとうございます。逃げていても解決しませんものね」
「別に逃げたって良いけどな。
でもお前はその関係を有耶無耶に終わらせたい訳じゃないんだろ?」
それにしてもアレフ様は何でもお見通しなのですね。
彼には隠し事など出来そうもありません。
それからまた少し歩き、集落へと近づいてきた頃、
農作業着を身に纏った一人の女性が此方へと向かってきました。
『も、もしかして、ギーメルちゃんかい!?』
彼女は酷く驚いたようにそう言うと、
凄まじい速さで建物の方へと戻っていきました。
『み、みんな!! ギーメルちゃんが、ギーメルちゃんが帰ってきたよ!!』
『『『――――!?』』』
年季の入った家々が壊れてしまうのではないかと感じるほど、
慌ただしい喧噪が響いた後、十数人の住人たちが顔を見せました。
『ほ、本当か!?』
『ギーメルのお嬢ちゃんが!?』
『生きていたのか!?』
彼らは皆一様に驚いた声でそう言うと、
心底安堵したような表情で此方を見詰めてきます。
どうしてでしょうか……
私はあなたたちの優しさから逃げてしまったというのに……
「ちゃんと愛されてるじゃねえか」
「行ってきなよ。俺たちここで待ってるから」
二人に背中を押されて、彼らの前へと歩を進めました。
すると一番前に居た先程の女性が、私を優しく迎え入れてくれます。
「カーラ小母さん……」
『お帰りなさい、ギーメルちゃん。生きていてくれて本当に良かったわ……』
もう限界でした。
心の奥底から温かくなる、そんな慈愛に満ちた抱擁。
罪悪感・悔恨・安堵、そして歓喜。
様々な感情が入り乱れて、自分でもよく分からない、そんな状況に陥ってしまいました。
「……っ……、ぅぅ……」
『辛かったでしょう。今日はゆっくり休みなさい』
「うん……、ありがとう……」
彼女の優しい言葉に甘えることしか出来なかった私は、
数多の慈しみの声に囲まれて、温かな輪の中へと歩を進めました。
*
お風呂とお料理を頂いた後、カーラ小母さんは村の事を教えて下さいました。
私が家を飛び出した後、中心部の店で働いていた事を、彼らは知っていたそうです。
ですが、自分たちの行いが私を苦しめていると理解していた彼らは、
自立して生きる道があるのならそれが一番だと思い、
客として様子を見守る事に決めました。
ところがある日、私が店に居ない事に気付きます。
店主に問い詰めるも、解雇したの一点張り。
村の中を隈なく探しましたが、終ぞ見つけることは出来ませんでした。
それでも諦め切れなかった彼らは、冒険者を雇い村の周囲を捜索させました。
ですが、広大な平原で尚且つ行方不明から日数が経っていることもあり、
捜索は無意味であるとそう結論付けられました。
悲嘆に暮れる彼らですが、生死を確認する術はありませんでした。
それから三年が経った頃、村の方にも『リヴァリエの聖女』の噂が広まりました。
なんとその人物は養子で且つ、名前は『ギーメル』というのです。
彼らはもしやと思い、護衛の冒険者と共に王国へ出掛け、
王城へと問い合わせに行きました。
ですが、王都の人間ですらない彼らは、門前払いを受けてしまいます。
それから四年以上の間、生きているのか死んでいるのかも分からない、
そんな存在を待ち続けてくれたのだと言います。
私はそれを聞いた時、心底申し訳ない気持ちになりました。
「ごめんなさい……、ごめんなさい、……心配を掛けてしまって……」
『謝るのは私たちの方だわ。あの時、無理にでも貴方を連れ戻すべきだった』
「いいえ、違うのです……。私は貴方たちに会いに行ける立場にありました。
ですが……、私は貴方たちから受けた恩を綺麗さっぱり忘れて、
伸う伸うと王都での暮らしを楽しんでいたのです!!」
『何を言うかと思えば……。本当に何もかも忘れたのなら、今此処には居ないでしょう?
それに右も左も分からない状況で、全てに気を配ろうなんて神様だって出来やしないよ。
貴方はもう少し、自分に優しくなりなさい』
それだけ言うと彼女は、私を無言で抱き締めてくれました。
もう泣きたくない、そう思っていたはずなのに、
瞳からは次々に涙が溢れてきてしまいました。
*
その次の日の夕刻。
私たちは集落の出口に居ました。
『もう行っちゃうのかい?』
『もう少しゆっくりしてけばいいのに』
『今は王女様なんだぞ? 忙しいに決まっているだろう』
「お気持ちはありがたいのですが、色々としなければならない事がありますので……」
本当はもう少し居たかったのですが、王都を占拠していた敵兵の撤退が済んだとのこと。
早急に帰還する必要がありました。
「また戻ってきます。ありがとうございました」
『おう、いつでも戻っておいで!!』
『あんまり無理すんじゃないよ』
『頑張れよ! 王女様!!』
そんな彼らの温かい見送りの言葉に包まれながら、私は集落を後にしました。
「本当に良かったのか? 国王にも爆弾を仕掛けてあるから、幾らでも脅しは聞くが」
「じょ、冗談でもやめて下さい!!
折角作戦が成功したというのに、何故問題を増やそうとするのですか!?」
「此奴の場合、冗談じゃない気がするけど……」
私が彼らを見通せる日はまだまだ遠そうですね……
*
「で、惚気話を聞かせたくて態々来たのかい?」
「何故そうなるのですか!? 王都にいるとお聞きしたので一度お会いしたいと……」
時は少し進み――「レヴィアルスの食事処」
私の向かいに座るのは、気怠げな様子でサラダを口に運ぶ蒼髪の美女
『コフ・パンタシア』さんです。
「昔から思っていましたけど、サラダばかり食べていても痩せませんよ」
「ほう……。アンタも言うようになったじゃないか。
でもそういうアンタは、肝心の所が育っていないようだけど?」
「なっ……!?
――そもそもこれは先天性のモノですし、大きければ良いという認識自体が……」
「フフッ……」
「な、何ですか?」
「いやね、アンタも変わったよねって話さ。
昔はバカ真面目で面白味の欠片もないような奴だったよ。
まあそんなアンタも嫌いじゃなかったけどね」
彼女は楽しそうにそう言うと、続けて言いました。
「それと私も暫く王城で働くことになった。よろしく頼むよ摂政殿下」
「ほ、本当ですか……!? でも何故……?
余り王城に対して良いイメージをお持ちでなかったはず……」
「魔が差したというやつさ。それとも何か、来て欲しくなかったりするのかい?」
「い、いえ。そんな事はありません」
彼女の思いもよらぬ報告に、少し頬が緩んでしまいました。
「アンタもまだまだ子供だね」
彼女はそんな事を言っていましたが、構いません。
だって私は齢15の少女に過ぎないのですから。
この話を以て一章完結とします。
お読み頂きありがとうございました。
引き続き二章、三章と読んで頂ければ幸いです。




