第二十四話「別れの料理教室」
「お疲れー」
「凄かったよ!!」
そう言って俺を出迎えるのは、二人の青少年。
「あいつ見なかったか?」
「あいつ……? ああ、あの魔術師の事か。見てないぞ」
奴は戦闘場を出る際、軽く挨拶を済ませると、足早に去っていってしまったのだ。
「そうか……、ならいい」
何故態々俺に情報を与えてきたのか等、色々と疑問に思う事はあったが、
聞いた所で教えてはくれないだろうしな。
俺は一先ず、賞金を受け取ることにした。
「何故お前も付いて来る?」
「ありがとよ、アレフ! お前の御蔭で大儲けさせてもらったぜ!!」
そう言ってアインは一枚の紙切れを見せてくる。
〝㉗――3,000,000s〟
㉗は俺の参加者番号。
つまり此奴は俺が勝つことに、300万賭けていたという事になる。
「いやー、最高だよ相棒! 29倍だぜ! 29倍!」
そう言いながらアインは、嬉しそうに俺の肩を叩いてくる。
俺も此奴の顔面を叩いて良いだろうか……
「ちっ……。だったらお前がギーメルに買ってやれよ」
「俺が買っても意味ないだろ……?」
呆れたような表情でアインが言ってくるが、此奴は恐らく何かを勘違いしている。
あいつが俺に抱いているのは恋心などという甘いモノではない。
依存に似た何かだ。別段それを悪いとは思わないが。
(それはどうだかな……。まあいいや、俺が言うべき事じゃねえし)
俺の心情でも読み取ったのだろうか、アインが何かを呟いているが、
声が小さくて聞き取る事は出来なかった。
まあそれはさておき、俺達は受け取りの窓口へと到着した。
俺の賞金は、10万(参加費)×50(人数)×0,95(手数料)で475万s。
対してアインの収入は、300万(賭け金)×29(倍率)で8700万s。
この世の不条理を体現しているかのような結果である。
「いやー、悪いな稼がせて貰っちゃって!」
「そう思うなら少しは還元しろ……」
何故何もしてない此奴が、俺の二十倍近く稼いでいるのだろうか。
『くそっ……二億円事件が頭を過った……』
『そういやあいつ「バトルロワイヤル」も強かったよな……』
そんな敗北者たちの恨みがましい視線を一身に受けながらも、
俺は商品棚へと足を運んだ。
「その白い犬の奴をくれ」
『えっと……此方でよろしいのですね?』
受付を担当していたバニー姿の女が、
やや訝しげな表情を浮かべているが、まあ無理もないだろう。
「うん! 僕が頼んだんだ!」
『そ、そうでしたか。
此方割れ物となっておりますので、お気を付けてお持ち帰り下さい』
割り込んできたギーメルの姿を見ると、
合点がいったというように、宝石細工を渡してきた。
こいつ一応男の設定なんだがな……
「ありがとうアレフ!! 一生大切にするね!!」
ギーメルはそう言うと、宝石を抱き締めながら笑顔を見せた。
「それじゃ帰りますか」
「露店街は行かなくていいのか?」
「うん。これ以上買ってもらうのは流石にね……」
一応遠慮の気持ちは持ち合わせていたらしい。
俺達は歓声と悲鳴の入り混じる賭博場を後にした。
*
「「――――!?」」
賭博場から帰った俺達は、ホームの一室で話し合いを行っていた。
「マジかよ!?」
「本当ですか!?」
二人とも酷く驚いているが、それも当然だろう。
今まで空想上の存在だと思われていた《白金》スキルが、突如発現したというのだから。
「あいつ、信用できるのか……?」
「悪い方では無さそうでしたが……。何処か……こう――」
ギーメルは途中までそう言った後、口を噤んでしまう。
恐らく奴を表す上品な単語が、思い浮かばなかったのだろう。
「確かに奴は胡散臭い男だが、嘘を憑く理由もない」
それにあの瞳は、嘘を憑いている者のそれには見えなかった。
「仮に実在するとしても、どんな能力なんだろうな?」
「さあな。そもそも一つしかないのか、複数あるのかも分からないだろ」
【金】〖銀〗「銅」の傾向から察するに《白金》が一種類という事はないと思うが。
「そうですね……。何れにせよ、一度お目に掛かっておきたい所です」
「そういう事だ。兎に角俺たちは、スフォルツァ側で戦争に参加する」
「危なくないのか? まあスフォルツァが負けるとは思えないけどよ」
「ヤバそうだったら逃げれば良いだろ。丁度拠点も確保した所だ」
そんな会話を続けていると、ギーメルは少し顔を俯けて言った。
「私もご一緒したい所ですが、今の王国を放置する訳にもいきません……」
「当たり前だ、お前はお前の為すべきを為せ。情報なら送ってやる」
「ありがとうございます……」
そう言うとギーメルは、意を決したような表情で此方を見据えてきた。
「あの……、いつ頃御出発なさいますか?」
「明後日の明朝だ」
「では、明日一日は空いているという事ですね?」
「まあ、そうなるが」
「でしたら、アレフ様の一日を私に頂けないでしょうか……?」
「――――? ああ、件の奴か。無駄足を踏むだけだと思うがな」
「それでも構いません。約束ですよ」
ギーメルはそう言うと、嬉しさと寂しさの入り混じった、そんな笑顔を見せるのだった。
*
「アレフ様! 火から目を離さないで下さい!!」
「ん……? ああ、済まない」
広々とした台所。
俺たちは二人、料理に勤しんでいた。
「あっ! そちらはお塩では御座いません!!」
「紛らわしいな……」
「紛らわしくありません! ちゃんと味を見て確認して下さい!」
ギーメルが珍しく感情的になっている。
というのもこの料理教室、既に開始から三時間以上が経過しているのだ。
「なあ……、諦めないか? 人間得手不得手というモノがあってだな……」
「ここまで来たら諦められません! 絶対に食べられるモノを作って頂きます!」
半ば意地になっているような気はするが、やらなければ解放してくれそうにない。
俺は諦めて、野菜を切るべく包丁を手に取った。
「あの……。一度使った包丁は洗って下さいと、そう言ったはずですが……。
まな板もですよ」
大分疲れてきたようだな。
段々と威勢が無くなっている。
申し訳ないが、俺の脳のリソースは戦闘面に割かれているので、
料理を新たに習得することは出来そうになかった。
「やることが多過ぎるな……。よくこれを毎日続けられるものだ」
「戦闘に比べたら大したことはないと思いますが……」
ギーメルはそう言うと何か思い付いたような素振りを見せ、此方へ向かってくる。
「もういいです。諦めましょう」
「ようやくか……。何か外に食べ――」
「斯くなる上は、私が手取り足取り教えて差し上げます」
そう言ったギーメルは俺の背後に立つと、後ろから手を回し、俺の腕を掴んできた。
全く以て抵抗がないのが悲しい所だが。
「私も少しは気にしてるんですからね? 怒りますよ?」
「まだ何も言っていないんだが……」
相変わらずの読心術スキルだな。
いや、そんな事はどうでもいい。
どうやら結構な力で抑えられているようで、
抜け出そうと思っても抜け出す事が出来ない。
「放してくれないか……?」
「嫌です。終わるまで我慢して下さい」
彼女は意思の籠った声でそう言うと、俺の腕ごと手を動かしてくる。
「左手は軽く握って下さい。……それだと親指が切れてしまいますよ」
やりにくい事この上ないのだが……
「切るのはお上手で――あの、原型を留めさせて下さい……」
「お塩は沸騰した後です! 勝手に動かないで下さい!」
「此処で蓋をして下さい。――それ違うフライパンのですけど……。
もしかしてわざとやってます……?」
経験したことのない工程の数々によって、
何度も怒られる羽目になったが、何とか最後まで調理を終えることが出来た。
*
「「いただきます」」
時刻は午後五時二十分。
俺たちはかなり遅めの昼食を、リビングで取っていた。
因みにアインは〝ファイト!〟とだけ書かれた紙切れを残して、
早朝から何処かへと消えている。
あいつなりの気遣いなのだろうが、余計なお世話である。
「正直アレフ様を侮っていました……。
パスタなら大丈夫だろうと、そう思っていたのですが……」
ギーメルはそう言うと、疲れたように肩を落とした。
俺たちが今食しているのは、リヴァリエ近海で採れる貝類を惜しみなく用いた、
シーフードパスタ。
工程としては簡単なモノだったのだろうな。
如何せん俺の知識が足りなかった。
「まあ食えればいいだろう。味も悪くない」
「駄目です! 次はもっと手の込んだ料理を作りますよ!!」
「まだ続けるのか……」
これだけ苦労をしてまだやるというのか……
懲りない奴だな。
暫く軽い会話を続けながら食べ進めていたが、
やがてギーメルが少し表情を変えると、此方へ向き直ってきた。
「アレフ様もアイン様も生きて帰ってきて下さいますよね……?」
何とも唐突な話だが、聞きたい気持ちは分からないでもない。
「約束は出来ないな。だが善処はする」
この世界に絶対という言葉は存在しない。
それにギーメルは気休めを聞いて、安心するようなタイプではないだろう。
「私は誰にも死んでほしくはないと、そう願いました。
ですが、それをあなた方に押し付ける気はありません。
先のような戦法はそう何度も通用するものではなく、いつかは綻びが生まれます。
その時に危険に晒されるのはあなた方の身です。
誰も殺めるなとは言いません。
ですが、どうかあなた方だけは生きて帰ってきて下さい」
そう言うギーメルの瞳はかなり揺らいでいる。
恐らく本当は誰も殺めないでほしい、そう言いたいのだろう。
だがそれがこの世界において、どれだけ難しいことかを理解している。
故にギーメルは一先ずの目標として、目の届く範囲での不殺を掲げたのだ。
俺なんかよりも数百倍、強い女だな。
「分かった、必ず生きて帰る」
俺はそんな柄にも無い言葉を紡ぎながら、ギーメルの頬を伝う一筋の涙を見据えた。




