プロローグ
人は何故生きるのか。
そんな凡庸な哲学に心を支配されながら、俺は疾走する。
怪物たちの断末魔と、それに伴う人間の熱き咆哮。
互いの齎す真紅の血潮に染め上げられた戦場で、俺はあの日の邂逅を思い出す。
「死を望む人間というのは、総じて虚ろな瞳をしているものだ。
君の瞳はまだ生きることを諦めてはいない。
どうだ、生の先にある君だけの〝世界〟を見てみたくはないか?」
何の変哲もない、ありふれた言葉の一つ。
見るものすべてに衝撃を与える、苛烈な衣装。
まるで、一人で矛盾という言葉を体現しているかのような人物だった。
しかし、彼の放つ一言一句が俺の脳内を激しく刺激する――。
「今頃あの旅人は何をしているのだろうか……」
*
「おい、アレフ! 聞いてんのか!?」
一人の少年の声で俺は思考の檻から解き放たれる。
「悪い、アイン。もう一度最初から言ってくれ」
「お前はいつもそうだよな……。戦闘になるとすぐ自分だけの世界に入りやがる」
深淵の如き黒髪に藍玉色の瞳――長身痩躯を黒の外套に包んだこの男の名はアイン。
本名をアイン・リベラティオという。
彼は俺の数少ない知人の一人で、頼れる相棒でもある。
「いいか、よく聞けよ。俺が風魔法で奴らを誘導する。その隙にお前は背後から剣で――」
「回りくどい真似をする必要があるのか? 近付いていって斬るだけだ」
俺は跳躍すると一気に加速し、眼前に捉えた「双頭の竜人」の頭を撥ね飛ばす。
竜人はその手に握る湾刀と丸盾を構える暇もなく肉塊と化した。
「あーあ……。もういいや」
何やらアインの諦めたような溜息が聞こえてくるが、意に介さない。
俺はそのまま方向転換すると、次なる獲物を目指して疾駆する。
他の傭兵や冒険者の集まるこの場所では、獲物の数は限られているのだ。
故に一瞬たりとも、時間を浪費する訳にはいかない。
「爆風!!」
やけくそ交じりのアインの詠唱を聞きながら、
竜人の放つ剣尖を既の所で回避した俺はそのまま奴の懐に潜り込み――
心臓部を穿ち抜いた。
『グァァァァァアァァ――!?』
『グォォォォォオォォ――!?』
左右でやや趣の異なる竜人の断末魔を聞きながら辺りを見回すと、
既にほとんどの依頼受注者達が各々の武器を仕舞い始めていた。
右手に持っていた瑠璃色の片手直剣、
その表面に付着した竜人の血を振り払いながら鞘に戻そうとする。
しかしその瞬間、俺の琥珀色の瞳は遠くに映る、怒れる竜の頭を捉えていた。
「おいっ! 行くなよアレフ!!」
「竜人のボスの御出座しだあぁぁぁあ!!」
アインと冒険者の一人が同時に叫ぶよりも寸刻先――俺の脚は地を蹴っていた。
「後で説教だからな! 覚え――」
アインの恨み言を置き去りにして、俺はさらに加速する。
竜人のサイズは通常個体の二倍ほどで、何故か首が三本付いている。
「冥界の番犬に改名した方がいいんじゃないか?」
俺は竜人の突貫を左手に装備した篭手でいなすと、
そのまま奴の脇腹目掛けて、強烈な突きを叩き込んだ。
流石は頭というべきか、左手に持っていた円盾で防御を試みてきたが――
健闘空しく盾諸共串刺しとなり、絶命した。
「剣を新調しておいて正解だったな」
俺は竜人の角を切断すると、アインのもとへと帰還する。
するとその姿を見ていた傭兵達が――
「あいつ、〝白猟犬〟じゃないか?」
「あの銀髪に、白の戦闘服――間違いねえ」
冒険者と傭兵、さらには合流した死体漁りたちの視線を一身に受けつつ、
アインに視線を合わせると――
「通常のクエスト時にボス個体を倒しても美味しくないって、何度言えば分かるんだ?
どうせなら帝都に誘導して、緊急依頼でも何でも出させればよかったんだ!」
「そんなだから〝黒山羊〟なんていう不名誉な二つ名を付けられるんだぞ?」
「俺は結構気に入ってるんだけど……。
とにかく、今後は無駄な戦闘禁止だ。貴重な体力を浪費するなよ」
「了解だ。腹黒羊」
「本当に分かってるんだろうな? 白髪頭」
こんな取り留めもない会話をする程度には、互いの仲は良好な訳だが、
こうでもないとやっていけない事情がこの世界には多すぎる。
小国家の乱立から、常に争いが絶えないというのも要因の一つだが、
それ以上に深刻なのは――
この世界が、一定周期ごとにステイタスとスキルがリセットされ、
再分配される世界であるということだ。
アレフ:17歳 アイン:18歳
初投稿です。
少しずつ良くなっていくと思うので、続きも読んで頂ければ幸いです。