第十三話「ギーメルの追憶 中編」
流れるような金髪に柘榴石色の瞳。
女性にしてもやや低い背丈と、細い肢体。
身体的特徴は私と類似していましたが、
その身に纏う神秘性……とでもいうのでしょうか。
ともかく何処か人間離れしている、そんな印象を抱かせる女性でした。
『何故私を助けたのか……。そんな顔をしていますね』
彼女は透き通るような声でそう言うと、私の手を取って言いました。
『死を望む人間というのは、等しく虚ろな瞳をしているものです。
ですが、あなたの瞳はまだ生きることを諦めてはいません。
どうでしょう、生の先にあるあなただけの〝世界〟を見てみたくはありませんか?』
この人は何を言っているのでしょうか?
それが率直な私の感想でした。
私の瞳が生きることを諦めていない?
生の先にある私だけの世界?
何処かの売れない吟遊詩人が紡いでいそうな言葉は、
――しかし何故か私の心を強く揺さぶりました。
そして気付いた時には、既に彼女から目を離せなくなっていたのです。
何故そうなってしまったのかは分かりません。
彼女と一緒に居たい、彼女の声をもっと聴いていたい。
そう思わせるカリスマのような何かがあったとしか説明できないでしょう。
結局私は死ぬことを諦め、彼女に為されるがまま王都へと連行されました。
*
それから数週間に及ぶ、奇妙な共同生活が始まったのです。
彼女は多くを語りませんでした。
私に魔術研究者としての生き方を示した後、
彼女は全くと言っていいほど話をしなくなったのです。
ですが、私はそれでも幸せでした。
彼女といるとどんな辛いことや苦しいことも忘れられる。
そんな安心感に満たされた生活は、
両親と暮らしていた時のことを思い出させてくれたのです。
私はまず研究者ギルドに登録し、王立図書館に通い詰めました。
父と母の仕事場へよく遊びに行っていた私は、治癒魔法に対する理解が早く、
一週間後にはEランク、二週間後にはDランクへと昇格しました。
研究者ギルドにおける昇格手段は主に三つあります。
一つ目は、理論の構築。
新規のものであれば評価は高いですが、既存の理論の拡張も評価対象となります。
主に魔道具や兵器などに応用される研究で、評価点もかなり高く設定されています。
二つ目は、古文書やスキルの解明。
これは一の前段階とされる研究で、そもそもスキルとは何か、
魔力はどのように生み出されているか、などといった基本的な内容を研究します。
こちらも難易度の高さ故に、評価点は高く設定されているようです。
そして三つ目が、筆記の試験。
私が最初に利用したのもこれで、それぞれの分野に関する問題が出題されます。
ですが、これは言わば指導書のようなもので、
試験による昇格はCランクまでと規定されています。
そのためCランクとBランクの間には、大きな壁が存在していると言えるでしょう。
話を戻しますが、
とんとん拍子に昇格を果たした私は、勢いそのままCランクの試験に挑みました。
ですが、応用問題主体の難解な試験内容に苦しみ、
ギリギリの点数で不合格となってしまいます。
私は落ち込みました。
悔しいと思いました。
そしてそんな感情を抱いていることに酷く驚きました。
当然と言えば当然でしょう。
最愛の両親を失ってからというもの、
およそ感情というものに向き合ったことがなかったのですから。
悔しいという感情に至ってはこれが初めての経験だったかもしれません。
彼女はそのことについて一つだけ、
『感じなさい。それは貴方が人間たる証なのですから』
それだけ言うと、彼女は無言で私を抱き締めてくれました。
とても温かく、心の底から満たされる、そんな抱擁でした。
私はその一週間後、Cランクに昇格しました。
図書館に閉じ籠もっている時間を増やしたからでしょうか。
前回よりも大幅に得点を上げて合格することが出来ました。
ギルドの職員さんはそんな私を褒めてくれました。
素直に喜ばしいと、そう思えた瞬間でした。
ですが私が一番に褒めてもらいたかったのは、他の誰でもない彼女だったのです。
私は駆け足で彼女の待つ部屋へと駆け込みました。
するとそこには――
二枚の黒金貨と共に一通の手紙が残されていました。
『もう大丈夫そうですね。また何処かで逢いましょう』
私は泣き崩れました。
今までで一番とも言える程に泣きじゃくりました。
どうして彼女の言動はこんなにも私の心を揺さぶるのでしょうか。
もっと時間を共にすれば良かったという後悔と、
でも彼女はきっとそれを許してはくれなかっただろうという、
確信にも近い諦念が私の心を支配しました。
*
――二年後――
私は史上最年少となる十歳にして、Aランク研究者となりました。
私の研究テーマは当然治癒魔法に関するもので、
〝水属性魔法と治癒魔法の相互関係〟
〝治癒魔法における詠唱簡略化の可能性〟
この二つの論文が評価されて、昇格するに至りました。
巷ではどうやら『端椅子の聖女』などという二つ名で呼ばれているようで、
食事処などでも一人でいることが多いために付けられたものだそうです。
ですがそんな私にもこの頃、友人?と呼べる存在が一人だけ出来ました。
彼女の名前は「コフ・パンタシア」
年齢は二十代前半といったところでしょうか。
私とは対照的に煽情的な肢体と、
何処か肉食獣を思わせる切れ長の瞳が特徴の美しい女性で、
一ヶ月ほど前に突如王国に現れた彼女は、
一気にF→Bランクへの飛び級を果たした正真正銘の天才研究者です。
彼女の専門は天文学らしいのですが、
ギルドにおいて戦闘や生活に直結しない分野の扱いはあまり芳しくありません。
そのため仕方なく魔術の研究を始めたそうなのですが、
それで一気にBランクというのだから驚きです。
これが千年に一度の才能というものなのでしょうか。
ともかく一緒に食事を取ったり、研究について語り合ったり、
そんな友人とも呼べる存在が出来た私は、それなりに充実した日々を送っていました。
それから二ヶ月程が過ぎた頃、王国の兵士から一通の手紙を渡されました。
一体何の手紙だろう、
そう思いながら封を開けるとそこには驚くべき内容が書かれていたのです。
『ギーメル・スキエンティア殿。
貴殿の論文を拝見しました。
十歳とは思えない程の慧眼に柔軟な発想。
正に王国の将来を担うに相応しい人材だと確信致しました。
是非とも養子として我が国の王城へと迎え入れたい所存です。
ですが、これは国王の勅命とは言え、殆ど私の独断のようなもの。
無理にでも、迎え入れたいという訳ではないのです。
故に断って頂いても、何の問題も発生致しません。
色よい返事をお待ちしております。
リヴァリエ王国 第三十一代国王 ヨハン・ディア・リヴァリエ』
手紙を読み終わった時の私は、頭の上に幾つもの?マークを浮かべていたことでしょう。
私が王国の養子に?
何の冗談だろうか、そう思ってしまったほどです。
ですが、国王の子供は確か王子が三人だけ。
であれば養子を取るといったことも、
ありえないことではないのだと自分を納得させました。
ですがそれ以上に驚きだったのが、国王の直筆であるということと、その言葉遣いです。
そもそも一国の王が一市民に手紙を出すという時点で前代未聞であるというのに、
それが直筆で尚且つ目上の人物に出されるような文章で書かれていたのだから
意味が分かりません。
途端に怖くなった私は、研究室にいる友人のもとへ無礼を承知で押し掛けました。
*
「んー……。行った方がいいね」
「やはり、そうですか……」
手紙を一通り眺めた彼女は、眉を寄せてそう言いました。
「正直、誠実通り越して気持ち悪いくらいなんだけどさ、
断ったら何されるか分かんないよ?」
「ちょっと! 兵士の方にでも聞かれたらどうするのですか!?」
彼女は思ったことをそのまま口に出すきらいがあります。
そのせいでこれまで何度トラブルに発展したことでしょうか……
「大丈夫、ここ防音だから。
まあそれは置いといて、国王の気持ちも分かんないでもないよ。
王子は三人とも碌なのじゃないみたいだし。
アンタみたいな有望株を囲っときたいってことじゃないの?」
彼女に有望株と言われるのは素直に嬉しい……
ではなくて、私はどうするべきなのか決心できずにいました。
「どうしたら良いのでしょうか……」
「何とも言えないけど……。どうしても行きたくないってんなら仕方ないんじゃない?
でも殺される覚悟はしといた方がいいよ」
彼女は表情を真剣なものに変えると、声の調子を落としてそう言いました。
「別にそういう訳では……。ただ私なんかが王城に行って良いものなのでしょうか……」
「はぁー……。アンタも大概に面倒な女だね。
その自己肯定感の低さどうにかした方がいいよ。
私が認めた奴なんて両手で数えるほどしかいないんだから」
そこは片手と言ってもよいのでは……
そんな見当違いなことを考えながら、私は王城に行く決心を固めました。
「私、王城に行ってきます。短い間でしたがありがとうございました」
「どっちかって言えば、こっちが世話になったんだけどね。
まあどうしても辛くなったら逃げ出してきなよ。私が面倒見てやるから」
彼女はぶっきら棒にそう言うと、手をひらひらとさせて別れの挨拶としました。
始めは適当な人だという印象だったのですが、
何度か会話を重ねるうちに彼女なりの不器用な優しさに気付けるようになったのです。
私は彼女にもう一度別れを告げると、荷物をまとめて王城の方に歩を進めました。




