第九話「王族暗殺計画 前編」
あれからは特に問題もなく、王都に入場することが出来た。
始めは護衛の引率に難色を示していた検問所の衛兵たちだったが、
Sランク研究者のギルド証を見ると態度を百八十度変えて、OKを出してきた。
流石は五本指に数えられる天才研究者といったところだろう。
そんな彼女とは、入場して間もなく別れることとなった。
何でもリヴァリエの研究者ギルドに用があるらしく、
「では」と短く別れの挨拶を済ませると足早に去って行ってしまった。
「なあ、本当に大丈夫なのか?」
アインが心配そうにこちらを覗き込んでくる。
「分からない。ただ日時の指定が無い以上、何かを企んでいる可能性は低いと思うが」
「あの女狼が何の意味もなく護衛に誘うか? 絶対何か企んでるって!」
正直彼女が何を考えているのか、さっぱり分からない。
単に護衛を雇いたいだけなら『白銀鉱石』を売って、
能力の高い護衛を買えばいいだけの話だ。
ただ、ああいう捻じ曲がった人種は、時折興味本位で行動する節がある。
その類ではないかと俺は睨んでいるのだが……
ともかく今考えるべきは、彼女の事ではない。
俺たちは目の前の光景に意識を向けると、暗殺計画について思案する。
「にしても兵士ばっかりだな……。住民はもう逃げたのか?」
「だろうな。おそらく国王の崩御自体はもっと前に起きたんだろう」
国王崩御の噂から約二週間。
その程度の期間で、国民の避難が終わるはずもない。
「それならもう新国王が誕生してるかもな」
「ああ、その場合は最優先目標にする。おそらく第一王子か第一王女のどちらかだろう」
すぐにでも統率者が欲しい現状だ、
数か月もあれば新しい国王が誕生していてもおかしくはない。
それにしてもそれだけの期間があって、
降伏声明が出されていないというのはかなり不可解ではある。
国王が相当な馬鹿なのか、或いは秘密兵器でも隠しているのか……
いずれにせよ一度潜入して、確認しておきたいところだ。
俺たちは一先ず、寝床を探すことにする。
オーラヘイムの軍勢が到着するのは、予定通りであれば明日の午後。
俺たちはその前に要人の首を落とし、軍勢に合流する予定だ。
既に転移結晶は王都外部の洞穴に登録済みである。
俺たちは辺りを見渡した後、巡回中の兵士の一人に声を掛けた。
「俺たち寝床を探してるんだが、何処かないか?」
それを聞いた兵士は訝しげにこちらを見た後、合点がいったというように頷いた。
「君たちは……? ああ、報告にあった護衛の連中か。
ギルドででも寝ればいいんじゃないかな?」
本来なら宿屋に泊まる予定だったのだが、既にどの店にも人が居ない。
何処かで野宿することも考えたが、見回りの兵士に見つかるとかなり面倒な事になる。
故に正面から兵士に話しかけたのだが、話が早くて助かったな。
「成程……。掛け合ってみるとするよ」
比較的温厚そうな兵士に別れを告げると、俺たちは傭兵ギルドへと歩を進める。
以前一度だけギルドに宿泊できるか交渉したことがあるが、
その時は門前払いされている。
この国でははたして……
粗野な傭兵にはお似合いな、最低限の家具しか置かれていない狭苦しい室内。
あるのは簡易的なベッドが二つと、年期を感じる椅子が二つのみ。
辛うじてトイレはあるが、シャワーや時計などは存在しない。
俺たちは今、傭兵ギルドの二階にある一室を拝借していた。
「何か……、ギャップが凄いな」
アインが少し残念そうに呟いていた。
まあ気持ちは分かる。
外観と一階部分はかなり煌びやかな造りで、流石リヴァリエといった様子だったのだが、
二階に足を運んだ途端いつもの光景が広がっていた。
余談だが、宿泊の交渉はかなり難航している。
Sランク研究者の護衛という肩書きと、曲がりなりにも名の知れたAランク傭兵という
立場を利用して何とか借り受けることが出来たが、
今はギルドとしての役割を殆ど果たしていないこともあり、
それどころではないというのが本音だったのだろう。
まあともかく寝床を確保した俺たちは、入念にシミュレーションをした後、
明日に備えて早い時間に就寝した。
*
――早朝――
窓から差し込む朝の陽射しと、潮風が非常に心地良い。
街は静謐を湛えており、自然だけが織り成す旋律が耳を撫でる。
俺は意識を覚醒させると、顔を濯ぎ、着替えもそこそこに部屋を出た。
ギルドは未だ活動を始めておらず、静寂に満たされている。
俺は入口の扉を捻ると、街へと繰り出す。
今日は暗殺の遂行日。
今更殺人に対する恐れはないが、不安はある。
その不安を和らげるため、俺は街にある高台へと歩を進めた。
高台から臨むは、まさに絶景。
透き通った翡翠色の海と、純白に染め上げられた街並みの調和。
『ゾディアック教団』のものと思われる教会は銀色に光り輝き、
海に点在する六芒星状の孤島は相変わらずその美しさを湛えている。
『ドッドッッ!!』
すると突如、静寂を切り裂く鈍い音が高台に響き渡った。
「あぶねー……。マジでギリギリ十分」
そう言いながら背後から姿を現したのは兵士……ではなく、
兵士に変身した相棒アインである。
「誰にもバレてないだろうな?」
「99%大丈夫だ」
「100%じゃないのがお前らしいな」
俺は地に付した二人の兵士に近付くと、その鎧を脱がし始める。
想定とは少し異なったが、作戦の①に該当する部分だ。
昨日温厚な兵士と別れた後、俺たちを付ける二人組の別の兵士の姿があった。
護衛として入場したとはいえ、この時期に来訪した俺たちを怪しんだのだろう。
彼らは他の兵士たちと交代で、傭兵ギルドを監視していた。
そこでまず俺が囮として、早朝を担当していた二人組を高台へと誘導。
兵士に変身したアインがそれを背後から叩くという、
実に古典的な方法で二人の意識を奪うことに成功した。
早朝ということもあり気を抜いていたのだろうか、
短剣の柄による頭部への峰打ちで、彼らは呆気なく意識を手放した。
身包みを剥ぎ終われば、彼らは用済み。
捕縛用の縄で二人をきつく縛り上げると、口には猿轡を噛ませておいた。
一先ず、剥いだ鎧とその他諸々を身に着ける。
これで俺たちも晴れて、リヴァリエ兵士の仲間入りだ。
「ここに長居するのは不味い。早く行くぞ」
「ちょっと待てよ、このせっかち野郎……」
アインには少々サイズが合わなかったようだ。
アインの焦りと呆れの入り混じった批難を聞き流しながら、俺は王城へと歩を進めた。
*
『リヴァリエ王国』:「レヴィアルス城」――入口
「レヴィアルス城」――またの名を「金剛城」
城下町の美しさを、落ち着いた真珠の輝きであるとするならば、
城郭は差し詰め、煌びやかな金剛石の輝きといったところだろう。
朝陽に照らされた城壁は、その透明感を遺憾なく発揮し、
見るもの全てに、天上の景色を想起させる程に艶美であった。
また諸所に鏤められた彫刻は、
嵌め込まれた翠玉と蒼玉のコントラストも相まって、
程よいアクセントとなっている。
俺たちは今から、兵士として「レヴィアルス城」に潜入する。
門番として屹立する兵士たちに会釈しながら、王城への一歩を踏み出した。
「失敗するなよ、アイン」
「分かってるって。お前も危なくなったらすぐ逃げろよ」
軽口を叩き合った俺たちは、それぞれの役割を果たすべく別々に歩き出す。
――アレフ視点――
俺の仕事は、出来るだけ目標から敵兵を遠ざけることだ。
兵士に変装しているとはいえ、見抜かれるのは時間の問題。
であれば俺が先んじて正体を明かすことで、
戦力を少しでも分散させ、アインへのヘイトを減らそうという作戦である。
あわよくば、侵入者が俺一人であると思い込んでほしいところだが……
暫く城内を歩き回っていると、兵士長らしき人物が前から歩いてくる。
俺は深く被っていた兜を浅く被りなおすと、
兵士長に軽く敬礼して通り過ぎるのを待つ――
「ん……? お前見ない顔だな。どこの隊の者だ?」
「はっ! 私は先週から義勇兵として、王城に仕えている者です!」
基本的に国家間の戦争には市民も参加する。
戦闘経験の少ない市民といっても割り振られた能力によっては、
歴戦の将校をも凌駕する可能性があるからだ。
故に才能ある研究者や職人以外の成人(十八歳~六十歳)には兵役が課されている。
男女関係なしの徴兵だが、既婚女性且つ旦那が参加している場合のみ免除対象となる。
「そうか……。念のため兵士番号を聞いておくぞ」
兵士にはそれぞれ割り振られた番号が存在するらしい。
茶番はこのくらいでいいだろう。
「えーっと……、失礼します」
俺は「錬成」を使って、兵士長の足元の床を槍状に変化させると、
そのまま奴の脚を貫かせた。
大理石製らしく、それなりに硬度がある。
『ガアァアァ!? ――きっ……貴様何者だ!!』
兵士長は痛みに喘ぎながらも、俺を見据えて睨みつけてくる。
殺してしまうのは簡単だが、指揮官が居ないと兵士の統率が取れなくなる。
お前たちは、俺に釘付けになってもらわないと困るからな。
「一階南西部に侵入者だ!! 敵は一人!
だが他にも隠れているかもしれん! 見つけ次第殺せ!!」
兵士長の伝達を聞き届けた俺は、その場を後にする。
どうやらそう上手くはいかないようだ。
「さて、何分耐えればいいんだ?」
*
『氷柱槍!!』
『光魔剣!!』
『暗黒弓!!』
兵士達の放つ七色の魔法が襲い掛かる。
既に逃走劇は二十五分を超えており、体力的にも精神的にも辛くなってくる時間だ。
兵士の数も想定よりかなり多く、徴兵の条件を厳しくしたことが伺える。
「……錬成っ!!」
俺は飛んできた氷の槍を、変形させた大理石の壁で相殺すると、
眉間に迫る漆黒の弓矢を既の所で回避した。
別段詠唱を行う必要はないのだが、声を出していないと意識を保てないのではないか、
と考えてしまうほどに俺は疲弊していた。
既に俺の身体は満身創痍。
肩部と脇腹には氷の槍が突き刺さり、左目は炎で焼き切れている。
度重なる洗脳攻撃で精神も限界、身体中が悲鳴を上げていた。
それでも辛うじて逃走劇を続けられているのは、
スキル「軟体化」の御蔭だといえるだろう。
あまり馴染みのないスキルだったため、大して期待してはいなかったのだが、
狭く入り組んだ城内において、予想外の活躍を見せてくれた。
俺は最後の上級治療薬を飲み干すと、「軟体化」を発動、
粘性体もかくやという身のこなしで、兵士達を置き去りにする。
効果の持続する一分の間に、何としても兵士達との距離を置きたい俺は、
壁を伝って二階から三階へ移動、バルコニー部分に着地すると
敵が潜んでいないか確認するため、部屋の中を覗き込んだ。
綺麗に整えられた室内は、しかし最低限のモノしか置かれていない。
故にシックな雰囲気を湛えながらも、何処か儚げな印象を抱かせるようだった。
そんな部屋の中心部――
流れるような金色の髪を長く伸ばした、一人の少女が佇んでいた。




