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生抜同盟 ―白黒傭兵の冒険手記―  作者: 白崎凪
第一章:王国騒乱篇
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第八話「リヴァリエ王国」

「また、あの夢か…」


 窓から入り込む爽やかな風が頬を撫でる。

 無法者(アウトロー)達の奏でる喧噪は、酷く耳障りの悪い不協和音。

 しかし今この時だけは、あの悪夢を忘れさせてくれる

「天使の唄声」である……と、

 そんな錯覚を覚えるほど、俺の心は(ざわ)めいていた。


「ようやく、お目覚めか」


 声のした方向に目を向けると、一人の男が椅子に腰掛けていた。


「酷く(うな)されていたが、何か悪い夢でも見てたのか?」


 男はそう言いながら、水の入ったコップを手渡してくる。


 その男の名前はアレフ。


 どうやら本名ではないようで、既に以前の名前は焼却済みらしい。

 詳しくは知らないが、とある人物から授かった名前だと、

 嬉しそうに語っていたのをよく覚えている。


 そんな彼の瞳には薄っすらと隈が出来ていた。


(また無理しやがって……)


 どうやら昨日から一睡もしていないようで、

 机の上には魔術や錬金術関連の書物が中途半端に置かれている。


 確かにこの国で無防備に眠るのはリスクが高い。

 しかし、まともな宿屋であればある程度のセキュリティは保証されているため、

 そこまで神経質になる必要はないと考えていたのだが、この男も大概に心配性である。


 俺は軽く礼を言うとコップを受け取り、水を流し込む。

 カラカラに乾き切った喉が急激に潤されていく感覚。

 それを犇々(ひしひし)と実感しながら、部屋の壁に設置された時計に目を向ける。


〝6時7分〟


 どうやら、こいつなりに配慮してくれたらしい。

 まあ、あと三分遅ければ、コップの水は顔全体で飲む羽目になっていたことだろうが。


「準備が終わったら出発するぞ。登録が終わり次第、この国を出る」


         *


『オーラヘイム帝国』:「オーラビア城」――庭園


 蛮族の国の庭園は、食虫植物で埋め尽くされている――

 などということは無く、それなりに風情のある花々や、人工池が配置されていた。


 何故こんな所に居るのかというと、

 俺たちは一度この場所で傭兵としての登録を済ませる必要があるからである。


 登録といってもギルド証を提示した上で、「私は決して裏切りません」

 という内容の誓約書にサインを書かされるだけで、

 もしその誓約を違えるようなことがあれば、

 国の威信にかけて粛清を行うという一種の脅迫行為でもある。


 ただ実際、敗戦国にそんな悠長な事をする余裕はないので、

 寝返った挙句その国が敗北するという稀有な展開を迎えない限りは、

 粛清が行われることはない。


 そのため、誓約書自体に裏切りを抑制する効果は、あまり見込まれていないのだ。

 では、何をもって裏切り行為の抑制を行っているのか。

 その答えが、俺たちの眼前に広がっていた――


 自棄(やけ)に広い庭園にびっしりと並ぶ、帝国の兵士たち。

 彼らの纏う武具は全て、帝国最新鋭の一級品で統一されている。

 また、その後方には漆黒の頭身を湛えた、大型殺戮兵器「魔大砲(マジックキャノン)」が

 所狭しと整列しており、その威容は俺たちに恐怖を植え付けるには十分過ぎる程だった。


「うえー、おっかねえ」


 アインが少し顔を強張らせながら、そう呟いた。


 俺たち傭兵をここへ呼び出したのは十中八九、この光景を見せることが目的だろう。

 こんな末恐ろしい戦力を目にして、裏切ろうなんて奴は現れないという算段だ。


 この世界において、武器や兵器というものの価値は非常に高い。

 人間の能力が常に変化するのに対し、モノの性能(スペック)は不変であるからだ。

 そのため、多少能力や技術に差があったとしても、

 武器の性能によって勝敗が分かれるということは珍しくない。


 故に優秀な武器職人は、研究者等と同様に、国の専属となっていることが多いのだ。


「まあ、味方なら心強い限りだろ」


 俺たちは誓約書にサインし終えると、物騒極まりない庭園を後にした。


             *


 庭園を後にした俺たちは、一度昨日の馬屋に立ち寄っていた。


「よしよーし。元気してたか?」


 アインが「風切馬(ウィンドホース)」との一日ぶりの再会を喜んでいるのを横目に、

 俺は会計を済ませる。


 俺たちの今後の予定は大きく分けて二つ。


『リヴァリエ王国』への遠征と、暗殺の遂行だ。


『オーラヘイム帝国』から『リヴァリエ王国』への道のりは徒歩で十四日程、

『風切馬』に乗って六日程といったところだ。


 帝国の軍勢は明日の早朝出陣する模様で、俺たちはそれに先んじてこの国を出る。


 雇われ傭兵といっても、特に指示がない限りは自由な行動が許されており、

 今回に限っては宣戦布告まで出されているので、

 勝手に王城へ突撃していっても文句は言われない。


 そもそも無秩序極まる傭兵たちを統率するということは、流石の帝国でも不可能であり、

 ならいっそ自由に動いてもらった方が戦果を期待できるというものだ。


 とはいえ、敵陣の中へ単独で突っ込むような馬鹿は俺たち含め、

 数えるほどしかいないだろうが。

 俺たちは馬を受け取るとすぐに検問所を抜け、王国への旅路を歩み始めた。


              *


 ――???視点――


『リヴァリエ王国』:『レビィアルス城』――玉座の間


 絢爛豪華な玉座に腰を掛け、傲岸不遜な態度で臣下たちを見下ろすのは――


『リヴァリエ王国』第三十二代国王「レイアス・ディア・リヴァリエ」その人である。


 先代国王が病死してから約二ヶ月、新たに王位を勝ち取った新国王だ。

 但し、表向きは国王の崩御を隠蔽してあったため、

 彼の即位を知るものは現時点で城外には存在しない。


「皆の者、心して聴け。此度の戦、大義は我らにある。

 敵は強大、されど醜穢(しゅうかい)な蛮族の末裔に過ぎぬ。

 我らが崇高な信念の下に結束せし時、必ずや勝利の女神は微笑むだろう!」


(相変わらず、口上だけは立派ですね)


 美しく整えられた黒髪に、燃えるような柘榴石色(ガーネット)の瞳。

 純白の軍服に、瑠璃色の外套(マント)を纏った義兄を眺めながら、

 彼女は一人、思案する。


(戦力差は歴然、すぐにでも降伏声明を出すべきですが……)


 率直に言うと、レイアスは王の器ではなかった。

 第一王子という肩書きと達者な口を利用して、王位継承権を獲得したに過ぎず、

 全くもって実の伴っていない愚王である。


 彼はその高いプライドから、今まさに王国の民を危機に陥れようとしていた。


「お待ちください陛下!! 今の兵力では帝国は疎か、周辺諸国にも太刀打ちできません。

 どうか考え直しては頂けないでしょうか!?」


 すると突如、玉座の前に跪いていた一人の貴族が声を上げた。


(不味いですね……)


「貴様――ギーメルの派閥の者か? 負け犬は負け犬らしく、

 惨めに這い蹲っておればよいものを……。おい、そこのお前。そいつを始末しておけ」


 レイアスは、道端の(ごみ)でも見るかのような冷たい瞳で

 件の貴族を一瞥した後、臣下に殺害の命を下した。


「お待ちください義兄(あに)上……いえ国王陛下!! 

 今は戦力を少しでも削るべきではありません。

 彼の処罰は戦役と領地の没収をもって償わせるべきかと」


 彼女は屈辱と悔恨に心を支配されながらも、義兄に進言した。


 此処にいる半数以上の者たちが、戦争の勝利を期待してはいない。

『リヴァリエ王国』がいくら交易の中心地として栄えているとはいえ、

 大陸有数の軍事力を持つ『オーラヘイム帝国』に勝てる道理はない。

 まして敵は帝国だけではないのだ。


 では何故、降伏という選択をしなかったのか?


 答えは明白、国王たるレイアスが戦争に積極的な姿勢を示したからである。


「ギーメルか……。愚かな犬畜生にはちゃんと首輪をしておけよ? 

 それとお前の仕事は魔術の研究だけだと言ったはずだ。努々そのことを忘れるなよ」


 興が削がれたとでも言わんばかりに視線を外したレイアスは、

 側近からワインの入ったグラスを受け取ると、それを呷り始めた。


 彼女改め、第一王女「ギーメル・ディア・リヴァリエ」は、

 第一王子「レイアス・ディア・リヴァリエ」との王位継承権を賭けた政争に敗北した。


 始めは、病死した先代国王の意思を継ぐものとして支持を集めたのだが、

 ギーメルが養子であり国王の実子でないこと、

 レイアスが巧みな話術で第二、第三王子を取り込んだことなどが災いし、

 結果政争に敗れることとなった。


 先代が如何に偉大な国王だったとしても、所詮は過去の偉人であり、

 表面上は見栄えのするレイアスが担がれたのも必定であったと言えるだろう。


「承知しております陛下。寛大なる御配慮、感謝致します」


 ギーメルはそう言うと一歩下がり、元居た位置へと戻る。


 ――その時、ギーメルの瞳は憔悴と絶望の色に染まり切っていた。


(お義父(とう)様なら、どうなさったのでしょうか……)


       *


『リヴァリエ王国』:王都「レヴィアルス」


 海に隣接するこの都市は、世界有数の美しい景観を誇る。

 綺麗な翡翠色(エメラルドグリーン)を湛える海は、海底が臨めるほど清く透き通っており、

 往来する船がまるで、空中に浮遊しているかの如く錯覚させる。

 全ての区画が美しく整備された、一望無垠の景色。

 しかし、その中でも飛び抜けて美しいと言われる区画が存在する。

 六角形の人工島の上には、三角形(トラス)構造を用いた透明な半球(ドーム)

 内部には暖国特有の植物が立ち並ぶ、所謂「海上都市」だ。

 何処か非現実的な様相を呈したその景色は、訪れた旅人が

「此処が理想郷(ユートピア)である」と、そう認識してしまうほどに美しかった。


「いつ見ても凄いよな……」


 アインが心底感動したといった様子で街を眺めている。

 確かに素晴らしい景色だが、俺たちは物見遊山に来たわけではない。


「呆けてないで集中しろ」


 俺たちが現在行っているのは、研究者ギルドの証を持った旅人探しである。


『オーラヘイム帝国』とは異なり、『リヴァリエ王国』の検問所は現在、

 かなり規制が厳しくなっている。

 これが一週間以上前であれば、傭兵や冒険者として入国することが出来たのだろうが、

 開戦間近となった現在は門前払いされるのが目に見えている。


 そこで、研究者の護衛という立場を利用して入国する算段を考えたのだ。

 研究者であれば王国としても是非迎え入れたい存在であり、

 その人物の口添えさえあれば、護衛としての入国が認められる。


 まあ一つ問題点を挙げるとすれば、こんな時期に態々(わざわざ)リヴァリエを訪れる時点で、

 相当な情弱か酔狂者かの二択に絞られるということだろう。


 検問所から少し離れた場所で王国に続く道を見張っていると、

 一人の女の姿が俺たちの視界に映った。


 深海を象徴するかの如き藍色の髪に、深淵を湛えた縞瑪瑙色(オニキス)の瞳。

 その身には純白の衣を纏い、大胆に開いた胸元からは豊かな双丘が覗いている。


「ちょっと研究者っぽいけど、護衛も居ないし違うよな」

「あいつ〝幻影狼(ミラージュウルフ)〟じゃないか――? 何故こんな所に……」


 俺とアインの独り言が同時に発せられた。


「コフ・パンタシア」またの名を〝幻影狼〟


 世界で五人しか居ないとされているSランク研究者の一人。

 五年ほど前に彗星の如く現れ、数々の魔法理論を解き明かした、正真正銘の天才である。

 戦闘面においても才覚を宿し、冒険者としてAランクまで上り詰めている。


「〝幻影狼〟ってあの〝幻影狼〟か!?」

「何が言いたいんだお前は? しかしどうするか……」


 予想外の大物の登場に計画の見直しを検討させられる。

 彼女が誰かを殺めたという類の黒い噂は聞かないが、

 迂闊に近付いていい相手でないのは確かだ。


 しかし、ああいう手合いは明確なメリットさえ提示出来れば、

 協力してくれる可能性は高い。

 次に訪れる研究者がいつになるとも限らない。

 できればここで協力を仰ぎたいところだ。


「手痛い出費だが仕方ない……。行くぞアイン」

「マジかよ……。逃げる準備しとこう……」


 怯えるアインを連れて、俺は彼女の前に身を投じた。


「何だお前たちは。我に何用だ?」


 妖艶な声で紡がれるのは、疑念に満ちた言葉。


「単刀直入に言おう。俺たちの入国に手を貸してほしい」

「ほう……。お前たち〝白猟犬(ホワイトハウンド)〟と〝黒山羊(ブラックゴート)〟だな。

 何故(なにゆえ)入国を切望する?」


 俺たちは今、いつもの装備を身に着けていないのだが、彼女にはお見通しのようだ。


「いや、冗談だ。理由など聞かぬよ。して我に何を献上してくれるのだ?」


 取引の際にその背景まで探るのは、一般的に禁句(タブー)とされている。

 念のため考えてあった口上を述べようとしたが、不要だったようだ。


「これでどうだ?」


 俺は懐から銀色の鉱石を取り出すと、彼女に手渡した。


「『白銀鉱石(ミスリル)』か……。十分だが、面白みに欠ける」


白銀鉱石(ミスリル)』は魔晶石の一種で、その小さな鉱石には莫大な魔力が込められている。

 売れば相応の値段の付く代物で、

 研究者からすれば喉から手が出るほど欲しい一品だろう。


「取引失敗ということか?」

「まあ待て、早まるな。そうだな……我の護衛を一か月務めるというのはどうだ?」

「は?」


 アインがしまったというような表情で口に手を当てている。


「安心しろ。今すぐにというわけではない。お前たちの都合の良いときでいいさ」

「俺たちが逃げる可能性は考えないのか?」

「その時は地の果てまで追いかけてでも、契約は守ってもらうとするよ」


 微笑を湛えながらそう言う彼女だが、目は全く笑っていない。

 やると言ったらやるのだろう。


「分かった、契約成立だ。護衛はギルド伝手に依頼を出してくれ。

 都合の良いときに向かわせてもらう」

「マジでやるのかよ……」


 アインは少し嫌そうな顔をしているが、張本人の前で大した度胸だ。

 ともかく俺たちは王都への入場手段を確保した。


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