第七話「オーラヘイム帝国」
俺の名前はアイン・リベラティオ。
どこにでもいる、しがない傭兵の一人だ。
さて、自己紹介も済んだところで本題に入ろうか。
今から目の前で寝ている、このスカシた野郎に天誅を下す。
なぜかって?
こいつは自分が、ちょっっっとばかし早起きだからといって、
寝てる俺に冷水やら熱湯やら、挙句にはその辺にいた粘性体を投げつけてくる、
極悪非道の大罪人だからだ。
まあそんなわけで、今日はしっかり反省してもらおうという、
年上ならではの優しさである。
――まあ、こいつの年齢知らないんだけどね。
そんなことはさておいて――右手に取り出したるは、『金色百足』の幼虫。
虫系の魔物は成虫になると一気に巨大化するんだが、
幼虫のうちは小さくて意外と可愛らしい。
こいつはその輝かしい見た目から、
一部マニアに売ると結構良い値が付くことで有名なんだが、
それを毛嫌いしている奴が目の前にいる。
スカシ野郎は極度の虫嫌いで、――といっても多足類限定だけど――
虫系の魔物に遭遇すると、すげえ嫌な顔をする。
他に食料が見つからない時なんかは仕方なく虫を食べることになるんだけど、
それが多足類だったときの拒絶反応足るや否や、それはもう凄まじく凄まじい。
どうやら俺と出会う前に、旅を共にしていた奴が関係しているらしいが、
今はそんなことはどうでもいい。
じゃあ早速やっていこう!
スカシ野郎の顔面に百足をセットして――
「ドオォォォン!!」
突如地面から現れる、土製の槍。
「……何か言い残したことはあるか?」
「あ……。ウソ――ごめん……待って!!」
――――
「「ギャアァァァアァァアァ!?」」
静寂閑雅な朝の風景――そこに突如、一人の男の絶叫が響き渡った。
*
「まだ四時間経ってないんだが?」
「すびばせんでした……」
顔面に土製の鉄槌を喰らったアインが、そう謝罪する。
防御力の高さから碌にダメージを受けていないはずなのに、
満身創痍感を演出しているのが非常に腹立たしい。
「俺はお前が寝過ごしたとき以外は、何もしていないはずなんだがな?」
「普通に起こしてくれればいいってことを、伝えたかったんだ!
アレフも分かっただろ? やられる側の気持ちが!」
いっそ清々しいくらいに開き直ったアインが、そうほざいてくる。
「次は眉間にぶち込んでやろうか?」
「分かった。俺が悪かったから許してくれ。もう二度としない」
こいつの二度としないを聞くのは何度目だろうか。
アインと遊んでいると日が暮れるので、一度話を終わらせることにする。
「その言葉、忘れるなよ。時間がないから早く支度しろ」
「何だかんだ許してくれるんだよなー、アレフは」
もう一度アインの顔面に鉄槌を叩き込むと、出発のための準備を始める。
ここから『オーラヘイム帝国』までは徒歩で十二日程。
それでは遠征に間に合わないので、
途中の村に立ち寄り「風切馬」を購入する必要がある。
「風切馬」は魔物の一種で、その名の通り風魔法を操る。
基本的に温厚な性格なので、無理をさせず、ちゃんと餌を用意してやれば、
暴れることはまずない。
今回は荷物の関係上重種を購入するため、早くても五日程の旅路となるだろう。
俺たちは昨日の余りの蛇を食すと、早速帝国へ向けて行軍を開始する。
「よーし。それじゃあ行くか!」
アインの掛け声を聞きながら、歩を進める俺の心には――
一抹の不安が芽生えていた。
*
『オーラヘイム帝国』――帝都「オーラビア」
周囲を無骨な外壁に囲まれており、内部を見通すことはできない。
検問所一つとっても、「栄華」とは掛け離れた「野蛮」な印象を受け、
初めにここを訪れた旅人は入国を躊躇することだろう。
周辺一帯は見渡す限りの平原で、遠くに薄っすらと山脈が見える程度。
――にも拘らず、この国は特定の国家以外との交流を一切断っている。
それは何故か?
『オーラヘイム帝国』はいくつかの周辺国を従属国として支配しており、
定期的に搾取を行っているからである。
大陸有数の軍隊を持つ帝国は、その軍事力に物を言わせて、
次々に周辺の小国を吸収していった。
その時に巨大な港を所有する『リヴァリエ王国』も当然対象となったのだが、
それを上手く回避した功績から、リヴァリエの王は〝賢王〟と呼ばれていた。
要するに『オーラヘイム帝国』は非常に殺伐とした雰囲気の国家であり、
黒い噂が絶えることはない。
――それを象徴するのが目の前の光景だ。
「ギャハハハハハハ!! いいなこれ!」
「だろ! さっきその辺で拾ったんだぜ」
検問所に並ぶ際中、少し前方で球体を蹴り合って遊んでいる傭兵の姿が見える。
その球体は楕円に近しい形状をしており、
傭兵の足に当たる度に少しずつ形を歪めていた。
「なあ……、胸糞悪いんだけど……」
「我慢しろ。面倒事に首を突っ込むべきじゃない」
アインが小声で俺に喋りかけてくる。
彼の言う通り目の前で繰り広げられる光景は、中々堪えるものであった。
何せ球体の正体は――人間の頭部である。
宙を舞う度、切断面から溢れる鮮血。
それは、つい先ほどまで生きていたことを示している。
基本的に街や村に入ってしまえば、
そこの所属する国家の管轄内に入ったということで、法律が適応される。
また戦力は月によって変動するが、国直属の騎士団は存在しており、
国全体の治安維持に努めている。
しかし、一歩外に出てしまえば、そこに広がるのはだだっ広い無法地帯。
強盗・殺人・拉致などは日常茶飯事で、助けてくれるものなど存在しない。
そのため、行商一つするのも命懸けであり、
護衛はしっかりと選ばなければならないのだ。
あの旅人はそれを見誤ったということだろう。
奴らは人間蹴球に飽きたのか頭部を放り投げ、列に戻ると談笑を始めた。
「はぁぁ――。この国ああいう奴ら多いよなー」
「そうだな。用事を済ませたらすぐ出るぞ」
「賛成ー」
但しここで勘違いしてはいけないのが、奴らがこの国の人間ではなく、
別国の傭兵であるという点だ。
つまり、ああいう手合いはこの国に限らずどこにでも存在しているということになる。
まあ「類は友を呼ぶ」というべきか、
この国には何故か集まりやすい傾向があるようだが――
緩い法律も関係しているのだろう。
五回ほど列を抜かされながらも、ようやく俺たちの順番が回ってくる。
入国審査といっても特にすることはなく、ギルド証を提示するだけだ。
傭兵や冒険者の入国者は腐るほどいるため、難なく通過することができた。
*
検問所を抜けると、そこには人がごった返していた。
入口付近には宿屋と武器屋。
というよりも、奥までびっしりとこの二つが立ち並んでいる。
この国を訪れるものは基本的に傭兵か冒険者しかいないため、
雑貨屋なんかがあっても、誰も利用しない。
あとは申し訳程度に道具屋・馬屋・食事処などが存在するだけで、
流石は軍事国家といったところだろう。
俺たちは馬屋で馬を売却すると、次に同じ馬を明日購入するべく予約する。
この国には預けるという概念は存在せず、
預けるというと=譲渡するという意味で受け取られてしまう。
そのため一度売ってから買い戻す必要があるのだ。
二度手間ではあるが、この国の周辺で野宿することに比べれば、安い出費である。
「どうせ一日なんだし、ちょっといい宿行こうぜー」
宿を探していると、アインが喋りかけてくる。
「端からそのつもりだ。ここの安宿なんて怖くて行けないだろ」
以前駆け出しの頃に泊まったことがあるが、実際何度か死にかけている。
思い出すだけでも恐ろしいほどあの場所は無秩序で、
壁なんてあってないようなものだった。
俺たちは王宮の方面に歩を進めると、一軒の宿屋の前で足を止める。
当たり前だが帝城に近づくにつれて人通りは減り、
店も多少は品位のある店が増えてくる。
宿屋の名は『戦乙女の休息所』
落ち着いた外装だが小汚い様子は一切なく、寧ろ清潔感に満ち溢れていた。
「ここでいいんじゃないか?」
「おーいいじゃん。しっかし戦乙女か……恐れ知らずだな」
アインの言葉で俺の頭を一人の女が過ったが、すぐに思考の隅へと追いやる。
「どうしたアレフ? 顔色悪いぞ?」
「気にするな。早く入るぞ」
アインが心配そうに覗き込んでくるが、こいつの心配性も相変わらずだ。
部屋に入ると、外装通りの落ち着いた部屋が広がっていた。
ベッドはシングルが二つ。
シャワーとトイレも完備されている。
といっても今日は寝るだけなので、あまり長居はできないが。
部屋に着いたのも束の間、俺たちは道具屋へと向かう。
道具屋の件数は数えるほどしかないが、流石というべきか品揃えはかなり充実していた。
購入した品は、転移結晶「往訪」×2 上級治療薬×3
中級治療薬×5 発煙弾×2の四品。
余談だが、転移結晶などの魔道具は山脈などから採取できる「魔晶石」が、
上級治療薬などの回復道具は「気付け草」などの薬草類が原料として、
それぞれ専門の職人によってつくられている。
また、一般的に魔術と魔道具は混同されがちだが、
端的に言えば魔道具は魔術の模倣品であるといえるだろう。
魔術が天からの「貸与品」だと考えられているのに対し、
魔道具は魔術や古文書を参考として、
その再現に努めた結果の産物であると言われている。
個人の能力を高めることが困難なこの世界において、
優秀な職人や研究者などといった人材は非常に重宝され、
国が何人もお抱えとして雇っているほどだ。
買い物を終え、一度宿へ帰還する。
装備の手入れ、衣類の洗濯、荷物の整理などの雑事を済ませた俺たちは、
部屋にある椅子に腰かけると、二人向かい合う。
「ここにいるのも嫌だけど、外にも行きたくないな……」
そう言うアインの目には隈ができている。
ここ数日は四時間睡眠で、尚且つ常に気を張った状態が続いていたので無理もない。
とは言えここで引き返すわけにもいかないので、作戦会議を開始する。
「俺が本命かよ……。まあしょうがないけど」
「嫌なら辞めてもいいぞ。その時は、俺一人でやる」
俺たちが立てた作戦はこうだ。
① アインが兵士に〖変身〗、隙を見て巡回中の兵士二人の身包みを剥ぐ。
② 変装した俺が兵士長に見つかり、偽物の兵士であると見抜かれる。
③ 高い敏捷を活かして兵を攪乱、目標から遠ざける。
④ その隙に変装したアインが「隠蔽」を交えつつ、〖毒牙〗で目標を仕留める。
⑤ 達成次第、転移結晶で逃亡。
古典的な作戦ではあるが、現在のリヴァリエ王国はかなり混乱しているはず。
また兵もオーラヘイムから来る大戦団を見越して展開しているために、
城内の警備はやや手薄となっているだろう。
決して成功率が高いとは言えないが、分の悪い賭けではない。
「いや、大丈夫だ。任せとけ!」
アインの決意に満ちた表情を見ていると、掛けようとしていた言葉も霧散していく。
俺たちは食事を取った後、シャワーを浴びて眠りについた。




