壊れたものは直して使おう
月面基地では、宇宙船発着場の再建工事が急ピッチで進められていた。
月の砂を原料にしたジオポリマー・コンクリートは、建材として優秀だ。
発着場の舗装工事も明日には終わるだろう。簡単な格納庫と管制システムも作る予定はあるが、それらは後回しだ。地下部分の補強工事が待っている。
ポポフとドミトリーは、大型ブルドーザー6号の与圧キャビンの中で舗装工事の進み具合を監視していた。
「なんだか昔のクルス-カヤみたいな風景になってきたな」
「あそこは宇宙港というよりも、宇宙港を持った都市だ。比べ物にならんだろ」
「いや、大祖国戦争が終わった後のクルスーカヤだよ」
クルスーカヤ郊外の古戦場は、第2次世界大戦で、世界で最初にして最大の戦車部隊の激突があった場所として知られている。敵味方合わせて200万人の兵士と6000輌もの戦闘車両、そして4000機もの航空機が参加した大会戦だった。
もともとが重工業を中心にして周辺産業が発達した都市だったので、戦後は宇宙開発の拠点の一つとして、廃墟の中から蘇った都市である。
「そうだな、世界に誇る『星の街』だからな」
「一度、帰りたいなぁ」
ポポフは地球の映像に切り替えた。
「……地球の緑の丘、か」
助手席で測量機器を調整していたドミトリーが話しかけてきた。
「何か気になる物でも見つけたのか?」
「いやね、マーリン副司令の言ってた『あれ』の事だよ」
別の宇宙からの飛んできた何かの事だ。その移動パターンには一定の法則がある事もわかっている。
「あの点線か」
「そうだ。地球に向かってるだろ」
それは数学的にしか説明できない挙動をしている。高次空間から通常空間に進入しようとしては、次元の壁に押し戻される。
その時に時空間が軽くゆがんで、そこにあったものが周囲の空間に押しのけられ、帯状に『何もない』空間が出来るのだが。
その線を延長すると、地球の方向に向かっているようにも見えるのだ。
「まあ、そうだがな」
『おいおい、ポポフよぉ。今はそんな事をしている時じゃないだろ』
指揮車からツッコミを入れられてしまった。
たしかに今は口よりも手を動かさなければならないんだ。
早いところ整地を済ませないと、ヒノモトの連中が着陸できない。
「大目に見てくださいよ。スタリーチナヤの味を思い出そうとしただけです」
『残念ながら、俺はスタローヴァヤ以外は認めん』
「そりゃ残念ですね」
彼らの主張しているのは、ウオッカの中でも最高峰とされる銘柄である。
それぞれに独特な味わいがあり、甲乙つけがたしというところだ。
余談であるが、ルーシという民族は、ウオッカに何かを混ぜるのを嫌う。
たとえ氷でも、それは本当の酒の味を知らない愚かな行為なのだ。
逆の見方をすると、それだけ誇りに思っているという事なのだろう。
ポポフは電子望遠鏡のスイッチを切ると、ハンドルを握りなおした。
「それでも、塩漬けニシンだけは譲りませんぜ」
『心配せんでも、それだけは全面的に同意するぞ』
「はっは、そりゃあ良かった。休暇ついでにバム鉄道の工事人夫に転職かと思いましたよ」
『ははは、そんな贅沢が許されるはずはなかろう?』
ブルドーザーで整地を終わらせたところを、うしろから追いかけるように付いてくるフィニッシャーがジオポリマー・コンクリートを敷き詰めていく。
『カウフマンとフィファリンゲが欲しけりゃ、さっさと仕事を片付けろ」
「さすが隊長、部下の扱い方をわかってらっしゃる!」
それじゃあ、ちょっと気合いを入れるとするか。
度数の高いお酒は、飲み方に工夫が必要だとか。
古いお酒の瓶があったのでラベルを見たら、98プルーフ?
ライターの火を近づけたら、本当にひがついたとか。
がくぶるがくぶる。




