とある軍人のぼやき
小官の名前はラザルス。
もちろんこの名前は、大日本帝国の統合航空軍から国連宇宙軍へ出向する時に国際連盟に登録したコードネームであって、本名ではない。
赴任先はアルフォンス・クレーターにある月面基地だ。
そうそう、地下に遺跡基地がある、あの基地だよ。
辞令が下りてから、わずか半月で引っ越しの準備やら何やらを済ませ、富士の宇宙港を後にしたんだが。
よくもまあ、この時期まで花がもったものだなぁ。
満開の桜に見送られての出発、というのが唯一の慰めだよ。
まあ、ボヤいても仕方がないな。
この転属は上官の制帽の内側に強力接着剤をスプレィしたのが原因だろうな。
辞令が出たのは、その翌日の事だったし。
首からは知り合いから餞別だと言って受け取ったペンダントがかかっている。
ミスリル製のチェーンだけでもひと財産だぞ、これ。
夜になると、碁石くらいのペンダントトップが光ったり脈動するんだが。
肌身離さずに身につけていろ、と言われているけどなぁ。
月に行けと言われた時には、プラトー基地か静かの海基地のどちらかに行くもんだと思っていたんだ。一応は左遷という事になっているらな。そんなことを思いながら地球を眺めていると、機内アナウンスのオルゴールが鳴った。
鉄道唱歌の一部だ。きーてき、いっせい… というアレだよ。時は移り、元号が修文に変わっても、アナウンス前のオルゴールだけは変わっていない。
この航宙機が国鉄の運行だからなんだろうな、きっと。
国鉄航空線と言うらしいんだが、お上のする事は時々わけがわからん。
『こちらは機長です。現在、当機は赤道はテチス海の上空4万メートルを順調に飛行中です。あいにくの雲のため、地表の様子はご覧になれませんが、晴れていれば見えるはずの美しい風景を皆様の心の目でご堪能ください……』
かつてガガーリンが、地球は青かった、と言ったが。
今の地球は不吉な事を連想させるような恐ろしい色をしている。
放射能を含んだ宇宙雲が成層圏の上層部を漂っているせいだ。
ところどころ燐光を放っていたりするからなぁ。
遠くの方に、光の点が見えてきた。あれが第6宇宙港だ。遠くの方に見えるのは造船所かな。太陽電池を大量に浮かべているから、その反射光で、全体がうすぼんやりとした光の塊に見える。
地球のすべての産業は、宇宙開発のためにフル操業だ。
人類の持てる力をすべて注ぎ込んでいると言っても言い過ぎじゃない。
宇宙開発がとんでもないスピードで進んでいる。
毎日のように新技術が発表され、現場に流れ込んでいるんだろう。
ああそうだ。
造船所は晴れた日には地上からでも見えるぞ。日本本土はおろか、ヒノモト全域ならば、全体の3割くらいの数は見れるんじゃないかな。
なにしろ作っている宇宙船は全長が30キロはあるからなぁ。
小さな都市の人口くらいなら吸収できそうな容積があるんだぞ。
窓の外をつらつら眺めているうちに、眠ってしまったらしい。
変な姿勢で寝たから背中が痛いな。
第6宇宙港で一泊したら、地月連絡船で3日間の旅が待っている。
軍の予算で個室を用意してくれたので、ゆっくり休めるし、受け取った資料くらいは読めるだろう。
こんな地球だが、しばらくの間は見る事も出来ないだろうな。
雲の正体は、銀河系の赤道面に集まっている星間物質だ。公式には宇宙雲と言うんだが、大半は放射能を含んだ軽石だな。
太陽系も銀河系を公転する天体のひとつだが、その軌道は完全な平面という訳ではない。表現は乱暴だが、せんべいのように軽く波打っているので、時おり赤道面に潜り込んでは浮かび上がるという挙動を繰り返している。
前回通過した時に地上を闊歩していたのは恐竜だったと聞いたことがある。
考古学者たちに言わせると、最近では6600万年ほど前に起こったイベントがそろそろ始まろうとしている。
天文学者も似たような意見を出したものだから、ちょっとしたブームになったもんだが…… 見た目がハードな綿菓子が流行したんだったな。
まあいいか。もう売ってないし。
真面目な話に戻ろうか。
そのころ、地球の覇者だった恐竜たちの、その後の運命を考えると、だ。
ちょいと不愉快な未来が待っているのだけは間違いなさそうだ。
お役所仕事というのは、仕事が遅い事の代名詞として使われていた時代もあったんです。
今はどうなのか知りませんけれど。




