天翔けるスペース・マン
太陽系も銀河系の中を公転しています。
そう遠くない未来に、銀河系の赤道部分(と、いっていいのかしら?)を通過すると言われています。
無限に広がる大宇宙。
まあ、どっちでもいいがな。どうせ一生かかっても行ける所なんぞ限られとる。
現に地球を出発して半年もたつちゅうのに、進んだ距離は微々たるもんで。
たったの3億キロメートルとちょいや。光やったら、たった18分。
たったこれだけの距離しか進んでへんのや。そんでも太陽系を横断するのに16時間ちこう掛かるそうですさかい。
このペースで進んどったら、太陽系の外に出るまで、どのくらいの時間がかかる事やろうな。
かちり。
壁に貼り付けてある機械式カレンダーが、かすかな音を立てて、日付を変えた。
修文2年が始まったか。西暦で言うと2000年やね。キリが良いこって。
板前さんは、今日の献立は雑煮にする言うてましたけど、里芋のストックはいけるでっしゃろか。船長さんが何を言おうと、雑煮ちゅうのもんは、丸餅と里芋がなかったら、始まりまへん。ほんで、白みそで仕立てるのが王道ちゅうもんや。
「おはよう副長。年が明けたね」
「おや船長はん、今日は早ォおますな。あ、今年もよろしゅうに。で、何か?」
「気になる事があったものやさかいね」
我々の乗るスペース・フロンティア号は、無数の無人補給船を引き連れて、太陽系の北にある空域に向けて航行中だ。このような船団は、これひとつではない。
キャプテン・カーチスが座乗するコメート号に率いられた船団が3か月先の空域を飛行中だ。そして、その先にあるのは宇宙観測基地だ。
「今のとこは順調でっせ」
「ほれは良かった。そうなると、問題はアレやね」
「例の探知結果でっか?」
宇宙船のセンサーが、謎の発光体をいくつか捉えていたのだ。
星間物質が太陽風と衝突した時の発光現象なのだが、暗黒の宇宙空間に生まれては消える色とりどりの淡い光は、なかなかに幻想的な風景だ。
「そうげんて。ただの分子雲でもなさそうやろう?」
「たしかにそうなんやけどなぁ」
「今回のものは、今までのものと性質がちごうように思う」
「銀河系の赤道面も近づいてきたさかい、その影響でっしゃろか……」
地球が太陽の周りを廻っているように、太陽も太陽系の惑星や衛星などを引き連れて、銀河系の中心から約2万6000光年離れたところを、2億年以上もの時間をかけて公転している。その軌道は少しだけ複雑だ。
銀河系の赤道面を基準にして、一定の周期で、赤道面の下に潜り込み、また、浮かび上がってくるのだ。
銀河系の赤道面には、星や星間物質の集合体… 渦状肢のひとつがある。そこには多くの分子雲や、超新星爆発を起こす寸前の星々があり、太陽系に多くの影響を及ぼす事だろう。
これが地球上では周期的に大量絶滅が起きている原因のひとつではないかとされているのだ。
数年の誤差はあるかも知れないが、半世紀以上も天体観測から導き出された結果だし、化石の年代測定との相関もある。
我々の太陽系は20年以内には赤道面に突入すると考えて良いだろう。
「国立天文台からは何か言うてきたか」
「我々の観測結果待ちのようでんな」
仕方がないか。
見つけたのは観測基地の方が先だし、船団の観測機器も微々たるものだ。
何か嫌な予感がする。
杞憂であればいいんだが……
「船長!」
「ああ、イヌボン君け。どうしたがやけ?」
「船外の放射線密度が急に上がり始めました」
「なんやって?」
渡された端末ボードを見ると、たしかに数値が上がっている。
原因は放射能を含んだガスとちり… で出来た星間雲だ。
「今はええけど、量が増えると厄介な事になりそうでんな」
「ほの通りやね。イヌボン君、悪いけど、観測を続けてたいま」
「了解です」
数値を見る限りでは、今のままなら放射線シールドで何とかなるけど、居心地がええ場所とは言えまへんなあ。
観測基地の隊員も難儀をしとらへんかったらええんやけど。