病める地球
いわゆる「宇宙史」というカテゴリに入るでしょうか。
拙い文章ですが、最後までお付き合いいただければ幸いです。
西暦2009年。
地球は病んでいた。かつては青く美しかった姿も、今では見るかげもない。
ところどころに浮かぶ不気味な色をした雲は、時おり燐光を放つこともある。
成層圏のはるか上に浮かぶそれは、放射能を含む細かい砂のような物体だ。
「ボネル閣下、ここに居られましたか」
「どうしたんだ、エディ」
「そろそろ夕食のお時間なので、お呼びに伺ったのですが… お体の具合でも?」
「いや、大丈夫だよ。ふと地球の姿を見ておきたくてね」
彼がイビム帝国の宰相を拝命してから、そろそろ30年になる。
かつて軍人だった彼も、若かりし頃には宇宙開発のパイオニアとして活躍していたものだ。その縁もあって、宇宙造船所で行われた、世代型宇宙船の起工式に出席する事になったのだが。
この展望室は、その全てと地球を臨む事が出来る唯一の場所だ。
「…………」
「閣下?」
ボネルは、ふと遠くの宇宙を見やった。
太陽系のはるか北の空域では、公転軌道上にある宇宙雲と太陽風がぶつかり、淡い光を放っている。
「カーティス、オトス、クラッグ、シモン…… 皆、逝ってしまったのに」
「閣下……」
「私だけが生き残っている。私に孫がいれば、彼等と同じくらいの歳だろうな」
太陽系最北にある宇宙観測所と、それに対する3つの補給船団が全滅した事件から、そろそろ10年になる。補給船団には、かつてボネルの部下だった青年達も参加していた。
「彼らは兵学校の同期でした。でも、あの時に彼等があそこに居たから、我々はここには立っている。そうでしょう?」
「……」
「ボネル閣下!」
「宇宙を見ると、つい感傷的になる。歳をとり過ぎたかもしれんなぁ」
「そんな事は……」
幾度かやってきた宇宙雲の一部が、眼下の地球を覆いつくそうとしている。
今は上空300キロメートル付近を、卵の殻のように覆っているが、少しづつ地表に近づいているのも事実なのだ。
推定で2億トンは下らないとされる宇宙雲は、10年後には倍になるだろうと予測されている。
「……地球を捨てざるを得ないのか」
「仕方のないことです。そうしなければ、人類は滅びてしまいます」
「やはりこいつは… 箱舟、なんだな」
厚さ5メートルもある船体は、月の砂を加工して作られるジオポリマーで作られる事になっている。地球のすべての工業力を投入したと言っても、直径4キロ、長さは20キロもある船体を完成させるには、それなりに時間がかかるだろう。
それを量産しなければならないのだ。
「……間に合うかな」
「間に合わせます。いや、間に合わせなければなりません」
「そうだ…… そうだったな」
彼は来月には70歳になる。
それを機に引退を考えていたボネルの胸の奥で、再び熱いものが灯るのを感じた。
遠い昔に忘れ去ったはずの感覚を思い出すと、全身に力がみなぎってくる。
「エディ…… いや、サージェント・エドワード!」
「はっ」
エドワードは、軍隊時代の上官が復活するのを感じた。
こうなったボネルは、目的を達成するまでブレーキの壊れた機関車のように、どこまでも走り続けるだろう。そして、彼は必ずやり遂げてしまうのだ。
「地上に降りたら、色々と忙しくなるぞ。コキ使ってやるから覚悟しておれ」
「サー! イエス、サー!」
ボネルはエドワードを従えると、展望室を後にした。
ここからしばらくは、震災前後に作って放置してあった部分です。
いきなり地球の全生命の危機に直面するわけですが……
それがどうにかなってしまう方向で物語は進みます。
内容的にご不快を感じる方もおられるかと思いますが、ご容赦ください。
ちなみに、作者もあの時の震災の被災者の一人でした。
皆様の暖かい支援が無かったら、この物語は投稿できなかったでしょう。
改めて深い感謝を皆様へ。
次の投稿は本日18時の予定です。