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第9筆 名もなき王族に花束を


「邪魔しているぞ」


 王城の執務室に戻れば、机の前で賓客がくつろいでいた。


「不法侵入はやめていただけますか? ラウル殿下」

 げんなりとした表情のリットに、椅子に座ったラウルが喉を鳴らす。


「お前は仕事が速いのでな。待ちきれなかった」

 執務机の上に、大判の洋紙が広げられている。リットが清書したもの。


「夏離宮の改修に、そんなにもご執心だったとは。存じ上げませんでした」

 固まって動けないトウリの頭を軽くはたき、リットが外套を壁に掛ける。


「トウリ。南領のカタルシュ茶園、ハイグロウンティーの茶葉で頼む」

「は、はい! 承知仕りました!」

「言葉が変だぞ」

「だって、ラウル殿下の御成(おな)りですよ!」

 涙声でトウリが叫ぶ。


「本当なら、先触れの使者を立ててほしかったナー」

 リットが横目で見れば、ラウルは足を組み直した。


「本当ならな。休憩がてら、私的な訪問だ。そこまでする必要はない」

「働けー」


 主の軽口に、ひいっ! とトウリが悲鳴を上げる。


「何を言っているんですかリット様! お相手は第一王子ですよ! 不敬罪ですよ首チョンパですよ!」

「そこまで錯乱してくれると、からかい甲斐があるな」

 ラウルが紫の目を細めた。


「し、失礼しました! 今、湯を持って来ますので!」

 脱兎のごとく、トウリが執務室を出ていった。


「それに比べて。お前はつまらん」

「侍従と比べられても困ります」


 リットが窓際の椅子に座った。

 窓硝子の向こうには、灰色の曇った空が見える。


「で、ご用件は?」

「その潔さは好ましいな」


「えー、貴方様に気に入られても困りますうー」

「道化師のような物言い。とても第一王子の前だとは思えん」


「今は休憩中でしょう。それにラウル殿下は王太子ではない。すり寄っても、うま味がない」


 紫の目に剣呑な光が宿った。


「おや。お気を悪くされましたかな? 殿下」

「……お前が王権におもねる意思があったとは、驚きだ」


「そんなわけないでしょーが。早く幽雅な田舎生活に戻してくれ」

「それは陛下次第だ」

「やっぱり?」

 はーあ、とリットが隠さずにため息をついた。


「陛下は、何をお考えか」

「何かを考えているのは確かだ」


 ラウルが大判の洋紙を指差す。

 夏の離宮の改修について、費用や工程を政務官たちが話し合った記録。


「図書館にも……、手を入れるのか」

 翠の目が陰った。ただ、それも一瞬のこと。


「陛下のとち狂った命令に関係しそうだな。『納本王令』だっけ」

「正確には『フルミア国内における書籍及び図画及び資料等を収集かつ保管する王令』だ」


「長い」

「知らん」

 リットとラウルが同時に息をついた。


「んで。国内すべての書籍たちを集めて、どうするんだ?」

「お前はどう考える? リット」


「何でもかんでも、そうやって他人に振って、他人を試すのはやめたほうがいい」

「意見を聞く相手は選んでいる」


「そりゃ光栄だ。知識の継承と発展か」

「……そうだ」

 ラウルが頷いた。

 軽口の合間に鋭い刃が挟まれている。油断ができない。


 リットが言う。


「隣国のシンバルは、学問をもとにして商業の発展を進めている。雪山に囲まれた我が銀雪の国(フルミア)も参考にするだろうな。猿真似ではなくて」


「お前、その髪を茶色に染めていないだろうな? その翠の目は造り物ではないだろうな?」

「は?」

 リットが面食らった。


「え、何? 正真正銘、天然ものだけど。……どうした、ラウル殿下。体調が悪いのか」


 珍しく本気で心配している。

 椅子から腰を上げたリットを、ラウルが手で制す。


「何でもない。忘れてくれ」

「そんなに弟君が心労なのか?」

 裏がない言葉ほど、よく刺さる。


 椅子の肘かけにラウルが頬杖をついた。


「夢見る無謀だぞ?」

「ああ、うん。()()に関しては、正直ちょっとすまんかったと思っている」

 ラウルの眉が跳ねる。


「ちょっと?」

「ここは口を噤むのが得策でしょうか」

 ふっと、ラウルが唇を歪めた。


「あれの気質のせいもある。物語を現実に重ねることのできる、発想の豊かさ、とでも言おうか。夢を見られぬ、現実しか見られぬオレにはない才能(もの)だ」


 窓の外を鳥が横切った。

 灰色の空を、どこまでも飛んでいく。己の身ひとつ、翼のみ頼りに飛んでいく。


「リット。お前は」

「お待たせしました!」


 息を荒らげたトウリが駆け込んできた。


「すぐに紅茶をお持ちいたしますので!」

「いや、いい。執務に戻る」


 ラウルが席を立つ。開け放たれたままのドアへ向かう。


「休憩になった。お前も紅茶を飲んだらさっさと働け、リット」

 

 椅子から立ち上がり、リットが胸に手を当てる。深く頭を下げた。


「かしこまりました」

 窓の向こうから、微かな鳥の鳴き声。


「えっと……、リット様?」

 トウリだけが、場の雰囲気に取り残される。


「僕、間が悪かったですか?」

「いや? お邪魔虫を追い払ってくれてありがとう」

「あんた本当に不敬罪に問われますよ!」

「ははは。気を付けよう」


 リットが執務机の洋紙を丸め、紐で縛る。壁に立て掛ける。椅子に座り、引き出しを開けた。


「えっ。招待状書きをするのですか?」

「たった今、殿下直々に尻を叩かれただろ」


 王家の手紙洋紙を机上に積み上げる。

 インクと羽根ペンを準備する。


「その前に、リット様。湯をもらいに出た時、ミズハ様から手紙を託されました」

 トウリが封蝋で閉じられた封筒を手渡す。


「あいつから? 珍しいな」

 ぺり、と封蝋を剥がす。

 封筒の中には、洋紙が一枚。


「ふーん……」

 翠の目が眇められた。


「何ですか?」

 紅茶のカップを温めながら、トウリが訊ねる。


「恋文の代筆依頼。内緒だぞ」

「もちろんです」


 おもむろに手を伸ばし、リットが洋紙と羽根ペンを手に取る。さらさらと書きつけ、同じ封筒の中へ二枚の洋紙を入れた。

 蝋を垂らし、紋章を押さずに封をする。


「トウリ。紅茶を淹れたら、これをミズハに届けてくれ」

「さすが速記(はやい)ですね。わかりました」


 紅茶のカップと交換で、トウリが手紙を受け取った。







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