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第17筆 真と裏(しん と うら)


「タギよ」

 王が重々しく口を開く。


「はい。陛下」

「事の重大さを理解しておるな?」


 大々的な婚約破棄。

 貴族諸侯たちの動揺。公爵家との関係にヒビが入るは必至。


「はい。どんな処罰でも受けます」

 タギの紫の目が、父王を真っ直ぐに見る。


「スミカ嬢との婚約を、お認めいただきたい」

「……ふむ」

 王が息を零した。


「スコット子爵家のスミカよ」

「はい。陛下」

「タギとは、身分が違うことを理解しておるな?」


 王位継承のあるタギと、財力も権力もない弱小貴族の娘。


「畏れながら、陛下。――『恋の金の矢に射抜かれたら、己の心に正直になるべき』と存じ上げます」

「〈白雪騎士物語〉か」

 ふっと、王が笑った。


「リット」

「はい、陛下」

 紫の瞳が、翠を威圧する。


「お前にも、責があるようだな」

「いや、ちょっと……。それは話が飛躍し過ぎかと思います」

「お前が紡いだ物語が、我が息子と可憐な令嬢を、結び付けてしまったのだぞ?」

「物語の力は怖いですねえ」

 リットが諦めたように肩をすくめた。


「陛下の姉君も、こんな感じでした?」

 ふふふ、と笑うのは王妃。


「そうですよ。私の愛しい親友イリカは、恋人のサフィルドと物語について、ずうっと二人で盛り上がっていました。

 親友を奪われたようで、それはそれは、恨みましたとも。ふふふふ」


「そのお蔭で、王妃様は陛下と結ばれた」


「巷で、イリカは悲劇の王女と言われておりますけれど。(まこと)は異なりますからねえ」

「首チョンパされた役人が生きていますからねえ」

 王妃と同じ口調で、リットが言った。


「……いろいろ問い質したいが」

 ジンが手で額を押さえる。

 盛大に頭が痛い。身体的に、精神的に、頭が痛い。


「リット」

「なんだ、ジン」

「王前での態度は後で説教するとして」

言葉(ワード)で頼む。長剣(ソード)は勘弁してくれ」

「お前が紡いだ物語とは、何のことだ?」

「〈白雪騎士物語〉のことだろ」

 あっさりと、リットが答えた。


「あっ、この場合は、恋愛ものの〈花の名は〉や〈世界の果てで真実を誓う〉のことか? 悪政を正す〈世直し伯爵~この紋章が目にはいらぬか~〉や〈獅子王が参る!〉ではなさそうだ」


 ズキズキと、頭痛がジンを襲う。キリキリと胃が泣く。


「どうした、ジン? 持ち前の頭痛か胃痛か」

「その両方だ!」

 ジンが一喝した。


「トリト・リュート卿は、お前だったのか!」

「敬称をつけるなよ。恥ずかしいだろ」


 否定しないことが肯定。

 トウリとスミカが絶句した。


「嘘だ!」

 トウリは認めない。


「あの素晴らしい物語を執筆したリュート卿が、紅茶ばかり飲んでちっとも働かないリット様だなんて……。僕は信じない!」

 トウリが目を据わらせる。


「おいこら、トウリ。宮廷書記官の役目は立派に果たしているだろ。

 どこぞの殿下が無茶ぶりをした招待状書きだって、()()の三日前に仕上げただろう」

「そうでした。締切りは守りましたね」

「いや。お蔭で()()()はギリギリだった」

 

 単語の使い分けに、トウリが眉を寄せた。


「ほら、城下にインクを仕入れにいっただろ? あの日が頼まれていた原稿の最終締切り日」

「あ!」

 クードに渡した文箱。


 ――頼まれていた長い恋文の代筆。俺が書いたことは伏せてくれ。

 インク屋での言葉が耳に蘇る。


「楽しみにしとけ。また一番に本を持って来てやる」

 刊行されると、すぐに手渡される最新本。

 どんなに人気でも、必ずリットは手に入れてくる。


「執筆者だから、いつも、本が届くのですね……」

「うん。ちなみに初版本な」


 トウリは気が遠くなった。

 麗しのご令嬢だったら、きっと気絶しているだろう――。


「サインをください! リット様!」

 目を輝かせたスミカが詰め寄った。


「あっ、たくましい」

 トウリの呟きに、ジンが苦笑した。

「すごいな。リットが気圧(けお)されているぞ?」


「――トリト・リュート卿とお呼びしたほうが? すべての物語を読みました! 名前しか知られていなかった貴方様にまさかお会いできるとは感無量ですわたくしのイチ押しは〈白雪騎士物語〉で何度も読み返していて特に気に入っている場面は――」


「待て。待て待て、スミカ嬢! わかったから。後でサインしてやるから!」

 手の平を向けて降参する。


「その言葉、まことか! ぼくにもサインを!」

「あああ、タギ殿下も同じか!」


 二人に挟まれ、リットが助けを求めるが、ジンはその様子を眺めているだけだ。


「おい、ジン!」

「リュート卿の正体は、おれの胸に留めよう。団員たちを失望させたくない」

「お前、恋文を代筆してやった恩を忘れたのか!」

「ああ。忘れた」

「薄情者!」

 リットの叫びが、格式高い紋章の間に響いた。


「――いろいろ後にしろ。この場はサイン会ではない」


 呆れたラウルの声に、はっとタギとスミカが我に返った。慌てて相好を正す。白銀の椅子に座する王を窺う。


「茶番は終わったようだな」

「し、失礼いたしました……」

 消え入りそうなタギの声に、スミカも頭を下げた。

 

 鷲のごとく、王がその目を光らせる。


「そこの人気物書きの言葉を借りるなら、本編も終幕(フィナーレ)だ」







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