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第13筆 名乗りと登場


 誰も座れない、豪奢(ごうしゃ)な白銀の椅子が二脚ある。


「どうして俺も呼ばれるんだ?」

 紋章の間の高い天井を見上げ、リットがぼやいた。


「関係する者、だからだろう」

 靴音を響かせて、ジンがリットの隣に並ぶ。

 

 王侯貴族たちの紋章を仰ぎ見つつ、リットは自分より上背のあるジンへ噛みつく。


「何故だ!」

「知らん。おれに当たるな。ラウル殿下に訊け」

 ジンが集められた面々を見回す。


 タギの傍には、スミカ嬢と、父であるスコット子爵。


 その三人に対して、目を怒らせているのはヴァローナとフィルバード公爵だった。


 下座の壁際に立っているスピルドは顔面蒼白で、バルドが気遣いの言葉をかけても返答しない。


 侍従のトウリが、小卓に紅茶やワインや果実酒を準備しても、誰も手をつけなかった。


 続きの間の扉が開かれる。

「団長」

 一番に入室してきた近衛騎士団団長に、ジンが振り向いた。


「見張りご苦労、ジン。配置につけ」

「はっ」

 マントを翻し、リットの隣を離れた。椅子の傍に控える。


 ラウルの後に、王と王妃が続く。

 ラウルが上座に立ち、王と王妃が豪奢な白銀の椅子に座った。


 紋章の間の空気が張り詰める。


銀雪の国(フルミア)に、月神(クーナ)の守護が永久(とこしえ)にあらんことを」


 頭を下げたラウルが、口上を述べた。

 王が頷く。


「聖なる氷鏡(つき)に、暗雲の一筋が映らねばよいが」

「つっ」

 スピルドが顔を強張らせた。

 バルドの目が、徐々に大きくなる。


「……まさか、スピルド。お主」

「王の御前である!」

 ラウルの声が朗々と響く。


「方々、名を名乗り給え!」

 一番に、タギが膝をついた。


「フルミア国が第二王子、タギ・フルミアです。これは――」

 すぐに彼女を促す。


「スコット子爵家が娘、スミカ・スコットでございます」

 居並ぶ面々に臆することのない、完璧な令嬢礼儀(カーテシー)。栗色の髪に挿した金細工が、しゃらんと鳴った。


「……ニルド・スコット子爵で、ござい、ます……」


 本来ならば、王へ謁見が許されない身分。

 唐突に呼び出され、その用件が娘のことでは、不安で声が震えても、いたしかたない。


 鷹揚にラウルが頷いた。

 無礼にならなかったことに、子爵が小さく胸を撫で下ろす。


「そちらは?」

 ラウルが手の平を上に向け、名乗りを許す。


「タギ殿下の婚約者、ヴァローナ・フィルバード公爵令嬢ですわ!」

「……王の義兄である、モンテランド・フィルバード公爵だ」

「わたくしの、血の繋がったお兄様」

 ふふふ、と王妃が笑う。


「母上。口を挟まないでください。全員の名乗りがまだです」

 顔をしかめるラウルへ、王妃は微笑んで黙った。


「胸に輝く片翼と三枚羽根。汝らの名は?」


 上座のラウルと、椅子に座った王と王妃へ、バルドとスピルドが膝をつく。


「不肖、宮廷書記官長を務めます。バルド・タロンでございます」

「い、一級宮廷書記官の、フラス侯爵家が嫡男、スピルドで、ござい、ます」

 怪訝そうに、ラウルの眉が跳ねた。


「フラス一級宮廷書記官。貴殿には、正しき王前名(おうぜんめい)があったはず」

「もっ申し訳ありません! 緊張のあまり、頭が真っ白になりました」


 普段の不遜な態度は何処へやら。

 ぶるぶるとその身を震わせて、名乗り直した。


「陛下より、栄誉の名をいただいて、おりました。スピルド・フラス・ヴァーチャスです」

「輝かしい隠し名(ヴァーチャス)持ちよ。臆するな。何ぞ後ろめたいことがなければ、堂々としておればよい」

「……はっ」

 ラウルに向け、深々とスピルドが(こうべ)を垂れた。


「さて」

 紫と翠の色がぶつかる。


「王前で膝をつかぬ汝は、何者か?」

「これは、たいへんなご無礼を。爵位なしの私めが、陛下に謁見できるなぞ、夢だと思っておりましたので」


 白々しい。


「殴って、目を覚ませてやろうか?」

 ジンが拳を握る。


「いやいや、近衛騎士団副団長のジン・ジキタリアどのの御手を煩わせるわけには、いきませぬ」


 飄々とした声音とは裏腹に、翠の目は銀鏡(つき)のように冴え切っていた。

 不敵な笑みとともに、名乗り上げる。


「ただの一級宮廷書記官。リトラルド・リトン・ヴァーチャスでございます」


 息を呑んだのは、スピルドだけではない。


 トウリをはじめ、バルド、フィルバード公爵家に、スコット子爵家。王族以外が、驚愕の表情を浮かべて固まった。


「そもそも、隠し名(ヴァーチャス)は隠すものですよ。方々、そんなに驚きなさるな」

「よく言う」

 ラウルが鼻を鳴らした。


「もっと驚く事実がありますぞ、ラウル殿下」

「何?」

 ラウルの紫の目が険しく光る。


「――なあ、スミカ嬢」

「はいっ!」

 場違いなまでに、リットに気安く呼ばれ、スミカは身を震わせた。


「俺の正式名(フル・ネーム)は?」

「はい?」

 ぱちくりと、小鳥のように目を瞬かせる。


「ええと、リトラルド・リトン様ですよね」

「正解」

 リットが優雅に長い脚で歩み寄る。


「だけど、スミカ嬢。どうして俺の正式名(フル・ネーム)を知っているんだ?」

「それは……。陛下の御前で、名乗りましたでしょう?」

「うん、名乗った。今、名乗った」

 リットが、スミカの目の前で立ち止まる。


「今より前に正式名(フル・ネーム)を知っていたのは、王族と、宮廷書記官長と、近衛騎士団副団長と、我が侍従だけだ。スピ坊は知らんだろう」


 トウリの目が大きく見開かれる。


「そういえば。図書室でも、その帰りに襲撃された時も……スミカ様は、リトラルド様、とお呼びになりました……」

 リットが首肯する。


「まっ、隠し名(ヴァーチャス)は王族しか知らんが」

「なんでそれを教えてくれなかったんですか!」

 トウリが食ってかかる。


隠し名(ヴァーチャス)! まさかの隠し名(ヴァーチャス)持ち!」

「ほらな。食いつくと思った」

 肩をすくめる。


「だからだ」

「リット様が、なんでもかんでも伏せるからです!」


「しょーがないだろ。天と地の(はざま)には、トウリが思っている以上のことがある」

「そうやって、なんでもかんでも(けむ)に巻く!」


「後で疑問を晴らしてやるよ。今は疑惑を晴らす時だ」

 全員の視線が一人に集まった。


「なあ? スミカ・スコット子爵令嬢サマ?」

「スミカで構いませんわ。リトラルド一級宮廷書記官様」

「リットで構わない。簡単にいこう」

 小首を傾げ、リットがおどけたように両腕を広げた。


「夜の帳が上がり切る前に、終幕(フィナーレ)としたい」

「詩人ですね」

 冷めた声で、スミカが返す。


「それとも。真実を書き綴る、物書き様かしら」

「ただの宮廷書記官ですよ」


 リットが畏まって胸に手を当てる。

 その簡易礼に、スミカは完璧な令嬢礼儀(カーテシー)で応えた。


 第二幕、開幕。







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― 新着の感想 ―
[良い点] 待ってました! 第二幕、楽しみです〜(*´∀`)
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