『異世界ハーレム』ってこれであってますか?
いつも思うことがある。月曜日の学校というのはなんと憂鬱なものなのだろう。
昨日まで堕落した生活を送っていたと思ったら急に始まる勉強の日々。友人と顔を合わせられるのは嬉しくても、やはり一週間の初めから元気一杯に登校するのは俺にとって難しく、だからこそ昇降口で上履きを履いてる時、校庭の方から運動部がランニングしてる時の掛け声が聞こえたりなんかするとただただ尊敬の念を抱いてしまう。
月曜日の朝、正面ホールには疎らに生徒がいた。まだ朝も早く、話す相手もいない生徒達は揃いも揃ってなんだか気だるそうな表情をしていたが、その中でも特に気力のない生徒が一人、
「お、空じゃん、おはよう」
「…………………おう」
俺です。
「おいお前なんか疲れてんな、大丈夫か?」
「…二徹した」
「土日無睡!?」
大欠伸をしながらそうだと頷く。
「なんでそんな事したんだよ?」
「寝れない事情があったんだよ」
「よく分かんないけど…まぁ、体にお気をつけて」
「おう…」
言いたい、土日何があったか、今俺の家にどんなヤベェ奴がいるか、コイツに言いたい。でもなぁ、あんな事があったって言っても信じてくれないだろうしなぁ…。
◇
――土曜日
「…っと、こんな感じかな」
遅めの朝食を済ませた俺は、後片付けも早々に、ヤーシャに家の事を色々と説明していた。これからウチに住むのであればウチの設備やら何やら、色々知ってもらっておいた方が良いだろう。
「ほうほう…なるほど、よく分かりました!これで家事もバッチリこなせます!」
そう言って胸を張るヤーシャ。
「あ、その事なんだけどさ、家事は俺がやるから良いよ。今までも自分でやってたし」
「そういうわけにはいきません!私は空さんのお世話係なので!」
「気持ちは嬉しいんだけどな」
料理の件で分かった事だが、ヤーシャの行う家事は、上手いかどうか以前に文化の齟齬がある。あちらの世界では家事上手かもしれない彼女だが、その世界の文化に慣れてない俺からすると、見た事のない料理、見た事のない掃除を見せられると毎回ドキドキしてしまうだろう。
…と、いうわけで。
「やっぱ家事は俺がやるよ」
「空さんがそこまで言うなら…お言葉に甘えますが。じゃあ私は普段何をすれば良いのでしょうか?」
「まぁこの世界について調べてれば良いんじゃない?家の外に出てさ」
「そうですね、この世界の事を知るのも私の仕事ですし確かにそれが良いかもしれません!…ん?」
そんな事を言ってヤーシャは訝しげな表情をした。
「なんだか上手いこと空さんに距離を置かれてる気がします…」
「ナ、ナンノコトカナ〜?アハハ…」
人間の一番の安息地である自宅に、現状最も危険な人物が乗り込んでいる今、対象を出来る限り家から離れさせておきたいという心理は当然のことだった。
ヤーシャも俺の考えを察せない訳ではないらしく、彼女は俺の顔を見るなり頬を膨らませて、
「今日は家にいることにします!」
そう宣言した。
「絶対家から出ませんから今日は!」
「そうかそうかじゃあ俺は出かけるから留守番よろしく」
「ちょっと!?」
いや、まあ貴方が家にいるなら逆に俺は家にいなきゃ良い話だし。
「私に留守番頼んじゃって良いんですか!?」
「良いよ良いよ」
「外出中に異世界行きたくなっても行けませんよ!?」
「良いよ良いよ」
「空さんが見つけて欲しくない本とか画像とか色々探しますよ!?」
「良…それはダメだ」
うん、それはダメだ。
男子なら持っているあれやコレをヤーシャに探させる訳にはいかないが…背に腹はかえられぬ。今は彼女と距離をとり、一人で考える時間が何より必要なのだ。
「と、取り敢えず俺は出かけるから。本とか画像とか探すんじゃねぇぞ?探すんじゃねぇぞ!?」
「もう持ってるって言ってるようなもんじゃないですか、それはフリですか…」
珍しく呆れ顔のヤーシャを背に、俺は家を出た。
――数時間後。
近所の公園でこれからの対ヤーシャ作戦計画を考え続け、気がつけば陽も落ちていた。無計画にも手ぶらで家を出てきたので仕方なく家に帰ると…
「ただい…何これ」
玄関で俺を待っていたのはヤーシャ…ではなく謎の装置だった。仰々しい鉄の箱に幾つもの配線が絡み合い、その先端では、糸に吊るされていた五円玉が申し訳無さそうに振り子運動していた。
「あ、空さんおかえりなさい!」
「ただいま…ていうかこれ何?」
玄関の半分のスペースを占領するそのデカブツを指差し、質問する。
「それはですね、五円玉を振る機械ですね!」
思った以上に思ったまんまだった。
「なんでそんな機械を…」
「空さんが玄関来るたびにコレを見る事で、いつか催眠術が効いてエデンに来たくなるかなっと思って!」
思った以上に思った以下だった。
何時間もかけてこんな物を作ってたのか…拍子抜けと安堵が入り混じっている中、ヤーシャはドヤ顔で解説を続けた。
「実はこの機械、魔法を動力に中の歯車を動かしてるので電気代などがかからないすっごい機械なんですよ!拘りはこのカラーリングで塗りムラができないように丁寧に色をつけていて、空さんが出かけてから帰ってくるまでずっとこれを作ってて…」
「魔法で五円玉動かせばいいんじゃね?」
「え?」
「いや、魔法詳しくないけど、歯車動かすくらいだったら魔法で直接五円玉動かしとけば良いんじゃね?」
「あ…」
ヤーシャはポカンと口を開けていたが、暫くすると『四次元的なポケット』から金属バットを取り出し、
「よいしょ!よいしょお!」
思い切り機械を叩きまくった。機械がただの鉄塊になると先端につけてあった5円玉をビッと剥がし、セロハンテープで糸をそこら辺の壁にくっつけた。壁にぶら下がってる五円玉に魔法をかけて再び振り子運動をさせると…
「…これで良し!あんなでっかいの玄関にあってもしょうがないですからね!」
「こいつバカだ…行動力のあるバカだ…」
ヤーシャによって不遇な運命を辿った鉄塊は後で資源回収に出す事になった。
――夕食後
「ごちそうさまです!いやぁ今回の『ニョニョンガニョン』は力作でした!」
「お、おう…」
俺が出かけてる間ヤーシャがなんだかんだで作っていた夕食を腹に入れ、食器を片付けていた。やはりあの味を理解するにはまだ時間がかかるかもしれない。
「それじゃ私は寝る準備をしますが、どこで寝れば良いでしょうか?」
「そういえばそうだったな…てか昨日はどこで寝たんだ?」
「人をダメにするソファで寝ました!」
「あぁ」
なんかもうそれで良いんじゃねって思ったけど流石に酷なので口に出すのは止めた。
「そうだな、当分は俺の部屋の隣のベットを使ってくれ。親が使ってたやつだけどまあ大丈夫だろ」
「了解です!………」
「な、なんだよ…」
元気な返事をして数秒、ヤーシャがニヤニヤこっちを見てきた。
「役得だと思いません?こんな美少女と一つ屋根の下に…」
「早く寝なさい」
どんな奴だろうと俺を異世界に連れ込もうとしてる事には変わりない。異世界がどんなトコかについて、彼女の証言のみで客観的事実が無い時点で俺は警戒を緩めるわけにはいかないのだ。
「まだ空さんは私への警戒心が解けてないようですね?」
「まぁ、そうだな。実際そんなもんだと思うけどな現実でこんな状況になったら」
「問題ありません!時間はたっぷりあるのでゆっくり警戒心を解いて頂ければいいんです!」
「……」
その言葉で、心なしか今日は幾らか安心して寝られる気がした。
――深夜。
「…し、…で……おー…」
…ん?
ヤーシャのせいで相当疲れていたのか、それともヤーシャの言葉のおかげで安心できたのか、俺はベットに入るなりいつの間に寝ていたらしい。
「よーっし!完璧です!これで空さんをエデンに連れて来れます!」
…しかし、その睡眠は決して深いわけではなかったようだ。何やら聞こえてくる声が俺の意識を完全に覚醒させていた。
「…おい」
「しかし空さんぐっすり寝てますね!」
「…おい、起きてるぞ」
「これなら明日の朝には仕事が完璧に完了しそうです!」
「起きてるぞ!」
「うゎ!?ビックリしたぁ!こんな夜更けまでなんで起きてるんですか!?」
「起きたんだよ!ヤーシャの独り言がデカすぎて起きたんだよ!てかヤーシャの方こそなんで俺の部屋にいんだよ!」
なんて聞くが答えは明白だった。
…起きたら俺の部屋になんかでっかいのが置いてあった。ヤーシャが昼に破壊した催眠術マシーンくらいデカイのが。
「…それは?」
「い、いやぁコレは……加湿器!そう加湿器です!空さんの肌が夜中に乾燥してはいけないと思いまして!」
「そういう事か、それはありがとう」
「いえいえ、どういたしまして!」
「で、本当は?」
「空さんがエデンに行きたくなる匂いを出す機械です!……ッハ!?」
本当こういうトコは分かりやすいなぁ…。
「ヤーシャ、金属バット貸して」
「どうぞ、何するつもりですか…って、あー!」
ヤーシャから金属バットを受け取った俺は昼に彼女がやったように取り敢えず謎の機械をめった打ちにした。結果、うちの玄関にはリサイクルされる予定の鉄塊が二つ、仲良く並ぶことになった。
「酷いです…昼の間こっそり作ってたのに…」
こいつ、昼は催眠術機しか作ってないって言ってたよな…ダ、ダミーだったんだ。こいつしっかりダミーを作った上で寝込みを襲おうとしてきやがった…。
「ネットで『異世界に行きたくなる匂い』で検索して薬を調合したのに…」
「そんなピンポイントな匂いねぇよ!」
なんかやっぱり…コイツとの生活、いっぱいいっぱい不安だなぁ…。
◇
――日曜日も同じような事があり、俺は結局土日一睡もする事が出来なかった。
「ふぁぁ…」
そんなこんなで話は元に戻って今は学校。疲労度マックスの俺は、教室に入り自分の席に着くなり腕枕をして寝る体制に入った。
今日学校に行く事を言ったらヤーシャは、
『学校には流石に行けませんね…あ!なら私今日は外出してニンジャ探します!この世界のこの国にはニンジャっていう生き物がいるんですよね!?捕まえて、この世界の資料として上司に提出することにします!』
って言ってた。忍者をレアな虫か何かだと思ってるんですかね。
もしヤーシャが忍者を本当に捕まえてエデンに提出してくれたら俺は異世界に行く必要がなくなるんじゃね?そんなバカな期待を一瞬持つが、現実味は限りなく薄い。
まぁヤーシャが忍者を探してようが、本当は家で新兵器を準備してようが、たった今、学校にいる間は安全な事に変わりない。今は何も考えず寝る事にしよう。
「…いおいそら」
「…ん?」
「相生空」
土曜の夜と同じく、意識が飛びそうだという時に何者かの声が耳に入ってきた。
「…なんだ?」
少々不機嫌に顔を上げると目の前に立っていたのは、
「寝ている所申し訳ないわ」
漆原玲だった。
俺のクラスメイトで、綺麗に整えられたショートの黒髪に、何を考えてるか分からないミステリアスな瞳が特徴的、あまり多くを語らない性格の女子だ。
普段漆原と話すことはないんだがどうしたんだろう?
「今ちょっといいかしら。大事な話があるの」
…大事な話ってなんだ?




