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58. 取り戻したばかりの力で、余と渡り合うつもりか?

「そ、そこまでして、戦争を起こしたいのですか。

 なんでそんな命令を?」


「あっはっは!

 良い表情ね、フィーネ・アレイドル」


 ジュリーヌさんは、狂ったように笑い続けます。



「フィーネ・アレイドル、これはあんたに捧げる戦争よ。

 ……こうでもしないと、あなたは私を見ないでしょう?」


 ――苦しめ

 ――そして私という存在がいたことを思い出せ


 まるで呪詛のような。

 それでいて切なる願いが込められているような。

 それが、ジュリーヌさんの最後の言葉でした。




「いただきます」


 メディアルはふわふわと浮遊すると、ジュリーヌさんに近づきます。

 ジュリーヌさんが黙って腕を差し出すと、ガブリとその腕にかぶりつきました。


「――ッ!」



 契約に基づく生命エネルギーの譲渡。

 

 ――止めなければいけない


 そう思っていても、ジュリーヌさんの迫力に呑まれたように動くことができず。

 私は、その光景を呆然と見守ることしか出来ませんでした。


 

 やがてパタリと糸が切れたように。

 ジュリーヌさんは、地に倒れ伏しました。




◇◆◇◆◇


「くだらねえ最期を迎えやがって」


 なんとも言えない表情で、メディアルは倒れたジュリーヌさんを見つめていました。

 やがてふわっと浮き上がると、私たちの方を見て歪な笑みを浮かべます。


「人間を皆殺しにか。

 どうすっかねえ。手始めに、ここにいる人間を血祭りに上げれば良いよなあ?」


 全方位にまき散らされた強烈な殺意に、肌が粟立ちます。

 もともと人間を滅ぼしたがっていた過激派です。



「メディアルよ、人間と契約してまで戦争を望むか。

 ……そんな取り戻したばかりの力で、余と渡り合うつもりか?」


「ふん、和平協定なんて手段を取りたがる腑抜けが相手だ。

 むしろ、ちょうど良いハンデだろう?」


 禍々しいオーラをまとった熊のぬいぐるみ。

 臨戦態勢に入ったメディアルを前にしても、魔王様は涼しい笑みを浮かべています。


「余と戦うというのなら、そのふざけた着ぐるみから出てきたらどうだ?」


「余計なお世話だ!

 これは……あの女が依り代として渡してきたものだしな」


 互いに睨み合ったまま動きません。


 

「……俺が力を取り戻すための、くだらん共犯関係だったけどな。

 いなくなっちまうと寂しいもんだな」


 メディアルは、小さくつぶやきました。



 両者は互いに一歩も動かぬままに、バチバチと互いの魔力をぶつけ合っています。

 強力な魔力が相殺されている余波か、行き先を失った黒い雷となって裁判所を駆け巡ります。




 あまりにも強大な魔族同士のぶつかり合い。

 こんなものに巻き込まれたら、か弱い人間はひとたまりもありません。


「ひめさまはお下がりください」


 どこからともなく、私を守るように魔族が現れます。

 それは地下牢で話したアルテという魔族の兵を束ねる者でした。


 さらにアルテに率いられた魔族の兵たちが、裁判所に駆けつけていました。

 その数はざっと見て100を超えるでしょうか。

 これほどの魔族が人間領で活動を行っていたと思うと冷や汗が出てきます。



「アルテさん。メディアルという魔族は強いのですか?」

「ああ。メディアルは魔族の中でも、魔王様に次ぐ実力の持ち主だよ」


 畏怖を込めて、アルテが肯定します。



「……それは大規模な争いになりそうですね。

 申し訳ありませんが、なるべく被害が出ないよう。

 どうかよろしくお願いします」


「もちろんそのつもりさ」



 私の言葉を聞いたアルテの行動はとても迅速でした。

 テキパキと配下の魔族に指示を出すと、裁判所内の人間を守るように兵たちが配置されます。



「な、何だって魔族がこんなところにいるんだ!?」


 急転する事態についていけない人々は、ただただ魔族に怯えていましたが。


「死にてえのか、そんなのは後回しだ!

 死にたくなけりゃ、俺たちの後ろに隠れてやがれ!」


 対する魔族たちは、キレ気味にそう返します。

 そうしながらも、きちんと人間を庇うような体制を整えました。



「裁判所のみなさん。

 魔王様は味方です。ここにいる魔族の兵士たちも味方です。

 信じて、どうか取り乱さないで――」


 ここでパニックを起こさないことが重要です。

 私が使ったのは、言葉を直接相手の心まで届ける神聖魔法。


 上位の回復魔法に、広範囲の伝心魔法。

 使いどころがなかった神聖魔法ですが、これまで真面目に学んできておいて良かったです。

 


「フィーネ様が、そうおっしゃるなら……」

「まさか、魔族に守ってもらう日が来るとはね」


 巻き添えを喰らってはたまらない。

 背に腹は代えられないという判断でしょうか。


 ――それとも私の呼びかけが、少しは届いたのでしょうか?


 

 混乱のさなかにいる裁判所の貴族たちでしたが。

 やがては、魔族による守りを受け入れることを選択したのでした。




◇◆◇◆◇


 一方、睨み合う魔王様たち。

 実力が拮抗しているのか、隙を見せぬよう鋭い睨み合いがつづきます。


 魔族の頂点同士の争いが、いつ始まるかと。

 そう固唾を飲んで見守っていましたが……



 状況を動かしたのは、どちらの魔族でもありませんでした。



「時は満ちた。

 今こそ、儀式魔法の発動条件は満たされた」


 響く厳かな声。

 倒れたジュリーヌさんの体から、神聖属性の魔力が溢れだします。



『清浄なる鎖よ。邪なるものを戒めよ』


 場を自然と支配するような声。

 静まり返った空間に響き渡る、神聖魔法の詠唱文。


 ジュリーヌさんからは、際限なく魔力が溢れだし。

 やがて詠唱に応て、その魔力は音もなく光り輝く黄金の鎖となりました。

 その鎖は音もなく魔王様とメディアルに近づくと、戒めるように縛り上げました。



 ――な、何? この魔法は?


 トップクラスの魔族を、2人も抑え込む大規模な魔法。

 おそらく専門家が何か月もかけて準備を行うような、儀式魔法にカテゴライズされるものでしょう。



 そしてこの魔法は目の錯覚でなければ、ジュリーヌさんの肉体を触媒として発動しました。

 さらには『儀式魔法の発動条件』という言葉の意味するもの。

 


 ――ジュリーヌさんの死?



 そんなトリガーを持つ魔法が仕掛けられていたのなら。

 まるで、全てを予想していたようではありませんか?


 ゾクッとします。



 私は、その魔法の発動者――国王に視線を向けました。

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