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57. こんな人生にはもう何の価値もないもの

 人間を滅ぼそうと魔族領から追放された者。

 そんな説明を聞いて、私は思わず悲鳴を上げました。 



「……それ、どう考えても危険人物じゃないですか?

 そんな魔族、人間界に送り込まないでくださいよ!」


「も、もちろん万全の対策は施したさ。

 追放する際には、念には念を入れて封印の枷を何重にもかけた」


 責めるような私の声に、魔王様はバツが悪そうにそう答えます。



「だとしても、こうしてジュリーヌさんに取りついていたじゃないですか。

 戦争を起こすだなんて、こんな危険な考え方に洗脳までして!」


 国に大きな混乱をもたらしたジュリーヌさん。

 その行動が、もし過激派の魔族に操られていたものだというのなら。

 私は何とも言えない気持ちで、ジュリーヌさんに視線を向けました。




「洗脳ですって? ここまでされて、私を治療までした挙句に同情すらしてみせると。

 ……本当に、反吐が出るぐらいの良い子ぶりね」


 ジュリーヌさんは、自らの傷が治っているのを不思議そうに確認していましたが。

 やがては忌々しそうに、こちらを見てくるのでした。



「……私は誰にも操られてなんていないわ。

 すべての行動は、自分の意志で選び取ったものよ」


 ――あ~あ、失敗しちゃったな


 ジュリーヌは、どこまでも気軽な口調で呟くと。

 壊れてしまったおもちゃでも見るような目線で、辺りを見渡しました。



「な? ジュリーヌよ。

 それはどういうことだ?」


 ジュリーヌさんの無事を喜んでいましたが、フォード王子は困惑したようにその顔を見つめました。

 恐る恐るジュリーヌに発言の真意を問いかけます。


「メディアルは、次期王になるために戦争で手柄が欲しかった。

 私は、とにかく戦争を起こしたかった。

 ――たまたま目的が一致したってだけの話よ」


 ジュリーヌさんは、つまらなそうにフォード王子を見返しました。



「そ、そんな……。嘘だろう?」

「フォード王子のせいよ、まさか裁判で言い負けるなんてね。

 ストーリーにも無かったこんなつまらない結末。

 できれば迎えたくはなかったわ」


 

 フォード王子の前では、これまで太陽のように無垢な笑みを浮かべていたジュリーヌさん。

 ここまで態度を急変させるなんて。

 取り繕う必要もない、とジュリーヌさんは思ったのでしょう。



「魔族と契約したのも。

 フィーネ・アレイドルを嵌めようとしたのも。

 この国で戦争を起こそうとしたのも。

 ぜんぶ、私が自分の意志でやったことよ!」


 バッと両手を広げて、ジュリーヌさんは堂々と自らの罪を告白しました。



「フィーネ・アレイドルが信頼を集めて、魔王との信頼関係を築いた。

 その魔王に戦闘の意志がない以上――私たちに未来はないわ。

 もう私たちはおしまいなのよ」


 絶句するフォード王子をよそに。

 何がおかしいのか、ジュリーヌさんはいつまでもケラケラと笑っているのでした。




◇◆◇◆◇


「ジュリーヌさん、いろいろと言いたいことはありますが。

 まずはご無事で何よりです」


 独特の存在感を出すジュリーヌさんに、私はそう声をかけました。


「あんな目に遭わされたのに、私を助けようなんて。

 私のことが憎くないわけ?」


 もともとフォード王子には、まったく未練はありませんでした。

 フォード王子のダメっぷりを見せつけられた今、一生尻拭いをさせられそうな未来しか想像できませんし。

 むしろジュリーヌさんのおかげで、こうして魔王様と出会えたんですよね。



「あれ? 私の幸せって、半分ぐらいはジュリーヌさんのおかげじゃないですか?」

「ハァ?」



 もっとも戦争を起こそうとしたことだけは、決して許すことはできませんが。



「私の感情なんて、どうでも良いんですよ。

 あなたには、きちんと真実を明らかにしてもらわないといけません」


 私がジュリーヌさんを治療したのは、結局のところそれだけの理由です。

 個人的な恨みでジュリーヌさんを見捨てるよりも、私は魔王様との未来を望みます。



「正しいことのために、正しい行動ができる。

 ……やっぱり、あんたのことが嫌いだわ」


 ジュリーヌさんは、淡々と言葉を吐き出します。



「何なのよ、本当に。

 公爵令嬢という恵まれた地位に生まれたくせに。ゲームとは違って非の付け所もない完璧な人間なんて、まるで付け入る隙もないじゃない」


「……そうでないと、第一王子の婚約者なんて務まりませんからね」


「私だって、本当ならこの世界で幸せになれるはずだったのよ。

 せっかく憧れの世界に来れたのに。

 こんなのおかしいじゃない」



 ジュリーヌさんは、歴代最悪の悪女として歴史に名を残すでしょう。

 冤罪・戦争を起こそうとしたこと・魔族との契約。

 真実を明らかにするために、一体どれほどの目に遭わされるのか――


 人ごとながら、その未来を想像すると憐れみすら覚えます。



「そうよ! その顔よ!」


 ジュリーヌさんが、叫び声をあげました。



「すべてを見下した顔よ!

 私のことなんて、どうせ最後の最後まで視界にも入ってなかったんでしょ。

 ……私はあんたに、敵と認められることすらなかった」



 ジュリーヌさんから見た私の姿。


 それは、あながち間違いではありません。

 何を言っても無駄ならば。

 フォード王子たちに深く関わるのも馬鹿らしい、そう思ってしまったのは事実でしたから。


 その結果、このような事態を巻き起こしてしまったのなら。



「ジュリーヌさん。

 ……私は、あなたとも向き合うべきだったのかしらね」



 

 ジュリーヌさんは、驚きと怒りのない交ぜになった表情を浮かべました。


「ここまで言っても、あなたの答えはそれなのね。

 どこまでも完璧で――作り物みたいに人間味のないキャラクター。

 あんたの気持ちなんて、もうどうでもいいの。もう全てが手遅れだから」



 ジュリーヌさんは、諦めたように笑みを浮かべると、



「メディアル。

 私の命を、すべて喰らいなさい。

 ――暴れ回れ、人間を皆殺しにしろ!」


 そう叫びました。


「良いのか?」

「ええ。こんな人生には、もう何の価値もないもの」


 感情を伺わせない声で、メディアルという魔族が尋ねました。

 対するジュリーヌさんの返答には、何の迷いもありませんでした。

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