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55. 余の眼の前で、何人たりともフィーネを害することは許さん

 突如として現れた魔王様に、会場内はしばらく凍り付いていましたが


 ――魔族だ!

 ――ついに魔族が攻め込んできたぞ!


 誰の叫び声でしょうか。

 悲鳴は次々に伝染し、あっという間に会場はパニックに包まれました。

 会場内の貴族たちは、なりふり構わず出口に向かうことを選択。


「ふん余を見ただけで逃げ惑うか。

 これでは、和平交渉なぞ望めるはずもないな」


 淡々と魔王様は呟きます。

 腕を出口に向け、魔力を込めて攻撃魔法を放つ構えをします。


 ここにいるのは曲がりなりにも、この国の重要なポストにいる貴族たちです。

 殺されたなら、確実にかたき討ちの機運が高まることでしょう。

 その果てには、間違いなく戦争が待っています。



「魔王様。何をする気ですか?」


 その破滅への決定的な一歩は、魔王様に引かせるわけにはいきません。

 まだ手遅れではないはず、と私は魔王様の前に立ちはだかります。



「最初から言っていたはずだ。

 貴様を傷つける者が現れたなら、余は人間を根絶やしにすると」



 それは大切にされていることが分かる、とても嬉しい言葉です。

 本当に行動に移されようとしているとても重たい言葉。



「私は無事です。このとおり傷1つありません。

 ヴァルフレア様が守ってくださいましたから」


 どうか落ち着いてください、と。

 どうにか事態を収拾しようと、こんな時だからこそ笑顔を浮かべてみせます。


「ジュリーヌ・カレイドルの放った魔法は、かなりの殺傷力を誇る魔法だ。

 余の宝玉がなければ、今頃は命を落としていたんだぞ!」


「……だとしても、そうはならなかった。

 私は魔王様のおかげで、今も傷一つなくここに立っています。

 その事実だけが全てです。

 あり得る可能性を恐れるのではなく――」


「……望む未来のために行動するべき、か」


 それは、いつぞやのやり取りの再現のようで。

 魔王様は私を見つめたまま、じっと考え込んでいましたが

 


「フィーネ、貴様の判断を信じよう」


 発動しかけた術を解除し、魔王様はそう決断したのでした。



◇◆◇◆◇


「こんなイベントあったっけ?

 フルコンプしたはずなのに、ちっとも見覚えがないわね」


 すっとぼけた声が割り込んできました。

 声の主はジュリーヌさん。


 その行動は、もはや不気味とも言えるものでした。



 私の命を奪うべく、ふたたび行動を起こすでもなく。

 魔王様を恐れて、ここから逃げようとするでもなく。

 舞台上の演劇でも見るように、静かに私と魔王様の会話を眺めていたのです。



「ま、どうでも良いか。

 こうして早く会えるなら大歓迎だもん」


 彼女の中で、何か答えが出たのでしょう。

 制止するフォード王子の声も聞こえない様子。

 


「こんなところまで、私に会いに来てくれたんですね!!

 こうして会えて嬉しいです」



 幸せそうに微笑むジュリーヌさん。

 もはや私のことなど視界にも入らないと言わんばかりに、完璧に私の存在を無視しています。

 彼女の視線は、魔王様を見ているようで……全く見ていない空虚なものでした。



 ――あなたには、いったい何が見えているの?



 恍惚とした顔で「戦争が起きた後のヴァルフレア様が素敵なの」と語る姿を、否が応でも思い出してしまいます。

 背筋が寒くなり、思わず後ずさる私。

 さり気なく庇うように魔王様が一歩踏み出し、



「貴様がジュリーヌ・カレイドルだな?」



 冷たい声でそう言い放ちました。 



「はい! あなたのジュリーヌ・カレイドルですよ!」


 怯えるかと思いきや、ジュリーヌさんは余裕の表情。

 ニコニコと魔王様を見つめ返します。

 なんとも、頭のネジが何本も外れているのでしょう。



「貴様のことは、フィーネから良く聞いている」

「可哀そうに。

 ヴァルフレア様も、その女に騙されてるんですね。

 平和を望んでいると言っても――そんなものは口ばかりに決まってます。

 本当は、いつでも魔族を殺す機会を伺っているんです」



 好き勝手なことを言ってくれますね。

 人間たちには、魔族と手を組んで戦争を起こしているとささやき。

 魔王様には、魔族を殺そうとしていると疑いを植え付けようとする。


 まるで一貫性の無い主張です。

 苦し紛れにもほどがありますよ。

 


「……貴様には、一生フィーネを理解できぬだろうな。

 人の足を引っ張り、人を騙すことだけに喜びを覚える貴様ではな。

 ――死にたくなければ、今すぐその汚い口を閉じろ」


 静かな言葉から伝わってくるのは、これ以上ないほどの怒り。

 殺気のこもった魔力を向けられて、ジュリーヌさんもようやく危機感を覚えたのでしょう。



「……本当は八つ裂きにしてやりたいぐらいだが。

 余とフィーネが目指す未来のためにも、ここで貴様を殺すわけにはいかない。

 二度は言わぬ。速やかに立ち去り二度とフィーネに近づくな」


「な、なんでそんなことを言うんですか?」


「二度は言わぬと言ったはずだが。

 それとも自殺願望でもあるのか?」



 ショックを受けた様子で涙をこぼすジュリーヌさん。

 そんな様子を、魔王様はどこまでもつまらなそうに見届けました。



 なおも未練がましく涙をこぼすジュリーヌさんでしたが、やがては諦めたように背中を向け――




「おまえのせいで、私の計画は台無しよ。

 邪魔者は邪魔者らしく、最後ぐらいおとなしく……」


 ――私の幸せのために死ね!



 くるりと振り向き、ジュリーヌさんは禍々しい魔力を身に(まと)いました。

 勢いそのままに、私に向かって攻撃魔法を放とうとした刹那


 


 ――ジュリーヌさんの胸を黒い十字架が貫きました



「な、なんで……」


 信じられない、とばかりに目を大きく見開いて。

 ゴボッと口から血を吐き出しました。


 ひとめ見て命に関わる重傷だと分かります。




「……余の眼の前で、何人たりともフィーネを害することは許さん」



 反射的に放たれた魔法なのでしょう。

 人間領で、魔族が人間を殺害してしまうことの意味を理解していても。

 これまでの和平を目指す行動が無駄になるかもしれない、としても。


 ――魔王様に、一切の後悔は見られませんでした

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