48. あなたの思い通りになんて絶対にさせない!
「まさか話も聞かずに、牢に入れられるなんて……」
凶悪犯罪者を捕えるために用意された地下牢の中で、私はぼやきます。
私を呼び戻してどうやって、自分たちの信頼度を上げるつもりなのかと疑問には思っていました。
更なる冤罪をかけられるとは予想外です。
魔族と組んで国を滅ぼそうとしている、というのは何ともお粗末な作り話ではありますが……。
「やられたわね」
――私が魔族との和平を主張しようものなら。
フォード王子たちの言い分が正しい、という方向に持っていかれそうです。
自らの潔白を証明しようとすると、魔族との和平は困難になってしまいます。
忌々しいことです。
◇◆◇◆◇
これから貴族裁判に向けてどうしようかと。
私が地下牢の中で考えていると、カレイドル男爵令嬢がやって来てきました。
「全てを持っていたのに、今や全てを失って牢屋暮らしで処刑を待つだけ。
ふふふ、本当に良い気味ですね」
「あらカレイドルさん。こんな小汚い牢まで、ようこそお越しくださいました。
……何の用ですか?」
勝ち誇ったような顔を浮かべるカレイドル嬢を、私はただ哀れに思います。
冷笑を浮かべ視線を向けると、癇癪を起こしたように地団駄。
「踏み台に過ぎないくせに!
貴族裁判、あなたに万が一でも勝ち目なんてないわよ。
その余裕は何なのよ。もっと泣きわめいて、取り乱しなさいよ!」
本当にフォード王子を次期国王にするつもりなら。
この女に、こんなところで油を売っている暇はないはずですが。
私を追放したことで、敵に回ってしまった勢力は少なくないでしょう。
フォード王子にかろうじて従っている人も、いつ手のひらを返すかはわかりません。いつまでも沈みゆく泥船に乗っている物ばかりではないでしょう。
それとも貴族裁判を終えれば、すべてが上手くいくとでも信じ切っているのでしょうか。
「まああなたたちが勝手に失脚する分には勝手ですが。
あなたは、これからどうするつもりですか?」
「ふん。地下牢の中でそんなことを言っても滑稽なだけね。
他人の前に、自分の心配をするべきでしょうに」
「ご忠告どうも。フォード王子がこのままでは失脚することは明らかでしょうに」
楽しそうでなによりです。
「魔族と手を組んでの国家転覆を図るところを見た、でしたっけ。
自分たちの判断が合っていたと見せるための、白々しい主張ですね。
遠見の魔法なんてものが、本当に物的証拠になると思っているわけではないでしょう?」
「悪役令嬢の分際で、ずいぶん偉そうなことを言うじゃない。
私のフォード王子の婚約者ってだけでも、気に喰わなかったのに……」
怒りに顔を歪ませ、ジュリーヌさんはそう毒づきました。
「いい? この世界は、私を中心に回っているの。
私の望みどおりに進まないことなんて、何もないわ」
そう自信満々にジュリーヌさんは、そう言い切ります。
――何言ってるんだこいつ?
頭がおかしくなってしまったのでしょうか。
理解できないものに遭遇したような気持ちで、私はマジマジと見つめ返してしまいました。
「それなのに、追放先で隠しキャラのヴァルフレア様を攻略してるですって。
そんなデタラメ、絶対に許さないわ」
悪役令嬢? 私のフォード王子?
だめだ、この女の言っていることがこれっぽちも分かりません。
ついでに言えば、分かりたくもない。
「ヴァルフレア様はね。戦争で配下の魔族を失った後の、孤独な姿が一番魅力的なのよ。
そこを優しく慰めるのが私の役割で、感動的なシナリオなの。
悪役令嬢ごときに出番はないわ」
カレイドル男爵令嬢は、魔王様のことをうっとりと語り始めます。
その様子は、まるで恋する乙女のようで。
ただし、話す内容は邪悪そのものでした。
「せ、戦争ですって?」
「人間と魔族の全面戦争を起こさないと、進めないルートもいっぱいあるのよ。
あなたの出番はもう終わったでしょう? これ以上、私の邪魔をしないでよ」
戦争を望んでいるとしか思えない発言。
魔王様に和平交渉を任された私には、決して聞き逃せない言葉。
「そんな自分本位な理由で。
この国と魔族たちに災いをもたらそうというのですか!?」
「そうよ。私が見たいルートでは、必須イベントなんだから」
好きなおもちゃをねだるような表情で。
――こいつは、敵だ。
私個人を嵌めようとしているだけではない。
国全体を混沌に陥れ、私と魔王様の願いも踏みにじろうとする敵だ。
「そんなことはさせません。
この国のために……いいえ、なにより魔王様の心を守るためにも。
あなたの思い通りになんて絶対にさせない!」
決意を新たにして。
私は、ギリッとカレイドル男爵令嬢を睨みつけました。
「ふん。そういう顔もできるのね……」
ジュリーヌさんは、なぜか意外そうな表情を浮かべましたが。
やがては好戦的な笑みを、その顔に貼り付けると
「貴族裁判を楽しみにしているわ」
立ち去りながら、そう言い残すのでした。




