41. 感謝はしても、謝られることなんて何もありませんよ
場に緊張が走りました。
手紙の差出人であるフォード・エルネスティアというのは。
私に婚約破棄を言い渡し、魔族領への追放を言い渡した王子の名前でした。
「ヴァルフレア様。
その手紙には、なんと書かれていたのですか?」
できれば思い出したくもない名前ですが、見て見ぬふりもできません。
『親愛なる魔族の王へ。
まずは、突然手紙を差し向ける非礼を詫びたい。
しかし魔族領が、我が国に敵意を持つと判断せざるを得ない情報を入手した。
よって、一刻も早く状況を確認する必要があると判断した』
ストレートに失礼な切り出し方ですね。
何様のつもりでしょう。
魔王様は特に表情を変化させることなく、続きを読み上げます。
『魔族領でフィーネ・アレイドルを匿っていることは、調べがついている。
彼女は我が国の未来の国母を暗殺しようとした。
国家を転覆させようとした歴史に残る大罪人である』
あ、これ国家反逆罪が適用されたやつだ。
怒りを通り越して、呆れしかありません。
今更どう思われようと知ったことではありませんが。
馬鹿王子は「どう考えてもその判断には無理がある」と考えていた貴族も多かったことに、気が付いているのでしょうか。
まだ婚約者のままだったら――尻拭いすることを考えただけで胃が痛くなります。
『我が国を滅ぼそうとした悪女を保護するというのは、明確に敵対の意志があると判断せざるを得ない。
このままでは我が国は自衛のために、魔族領に剣を向ける道しかない。
長年の友好関係を考えると、非常に残念な話だ』
リリーネさんが、困惑した表情でこちらを見てきます。
「フィーネ様。フォード王子は魔族領に宣戦布告したいのでしょうか?
自分の国を滅ぼそう、そう考えている様に見えるのですが……」
「わ、私に馬鹿王子の考えの説明を求めないでくださいよ!」
あの馬鹿王子に長年連れ添って来た私ですらも、まるで考えが読めません。
『そうなるのはお互いに好ましくないであろう。
ここで1つ提案をしたい』
手紙越しにも尊大な態度が目に入るようです。
自らの提案が拒否されることなどまるで考えていない、逆らうものなど居ないと信じ込むフォード王子。
『こちらの要求はただ1つ。
フィーネ・アレイドルを、我が国に引き渡すことだ。
それさえ果たされるなら、我れが貴様らに剣を向けることはないと約束しよう』
そのような要求をして、向こうに何のメリットが?
どうやら、私にはまだ利用価値があったということでしょう。
どちらにせよロクな目には合わなそうですが……。
私は少しだけ考え、すぐ結論を出しました。
「人間の王子から、このような交渉を持ちかけられた。
腹立たしい、考える必要もないだろう――」
「ええ。気に食わなくても、こちらの答えは1つしかあり得ませんね」
魔族領での生活は、気の良い魔族たちに囲まれて幸せでした。
ようやく魔王様とも分かり合えたところなのに。
今更、戻りたいなんて到底思えないです。
それでも――
自らの幸せと、魔族領全体の幸せを考えるなら。
天秤にかけるまでもなく、私の答えは決まっています。
「――ヴァルフレア様、そのような手紙が届いた事。
正直に伝えてくださったことに感謝します」
「フィーネ嬢。余は貴様の強さを信じ切れていなかったのかもしれない。
隠そうとしていてすまなかった」
私が頷くと、魔王様も頷き返しました。
私に手紙のことを隠し通し、眠ってる間にこっそりと人間領に届けることもできたでしょう。
魔王様が、魔族領にいる魔族の幸せのみを考えるならそうするべきです。
にも関わらずリスクを承知で、こうして打ち明けてくれたこと。
――感謝はしても、謝られることなんて何もありませんよ
「それで。いつですか?」
「ああ、明日にも始めようと考えている」
――ん、始めようと考えている?
魔王城から人間領までは半日で着く距離ですが。
国と国との正式な取引になりますからね。
たしかにそれなりの準備が必要かもしれません。
「分かりました。準備が必要ですものね」
「うむ」
私と魔王様は、すべてを分かり合ったように頷き合いました。
「私だけでは人間領まで辿り着けませんから。よろしくお願いします」
「人間との全面戦争に向けた準備をこれから進めるつもりだ」
――まるで何も分かりあえてなかった!?
私は内心で悲鳴を上げるのでした。




