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40. 魔王様が、魔王で良かった

「どうして戦争は収まったんですか?」


 復讐が火種になった戦争は、どちらがを徹底的に蹂躙するまでは止まらない。

 それは人間の歴史だけを見ても分かる事実だと思います。

 しかし、人間と魔族は一定の距離を置いたまま平和に暮らしています。

 たとえ危うい均衡の上であっても。



「人間が生み出した結界が厄介でな。

 侵入できなかっただけの話だ」


 ()しくも、今まで習って来た歴史と一致する回答です。


「それは嘘ですね。

 人間の結界は、魔族には効果がないとアビーから聞きましたよ」


 人間たちの心の拠り所となっている魔族の侵入を防ぐための結界。

 しかし、私はそれが嘘だということを既に知っています。

 アビーが猫の姿で、フラフラっと結界内に紛れ込んでましたからね。




 本当のことを言ってください。

 じーっと魔王様を見つめると、


「……アビーから諭されただけだ。

 先代魔王の遺志を無駄にするのかと、ものすごい剣幕でな」


 ――父から魔王の名を継いだ者として、あまりに情けなかった

 

 ばつが悪そうに。

 魔王様は、そう小声で答えたのでした。



「アビーは、もともと父を陰ながら支えていた魔族の1人でな。

 父からの信頼も厚く、着任したばかりの余も支えてもらったものだ」


 魔王様は懐かしそうにそう語ります。



「それなのに、アビーはヴァルフレア様を止めたのですか?」

「ああ。アビーは、父が掲げている人間と魔族の共存に賛同していた。

 誰も成し遂げたことがない目標を掲げる先代魔王に忠誠を誓っていてな。

 いつか実現してみせると、熱いものを抱えていた」


 あのアビーがですか。

 私の腕の中でのんびりと毛を整えていた姿からは、まるで想像できません。

 いいえ。その害意の無さもまた、アビーの生き様なのでしょう。



「騙し討ちで先代魔王を殺された無念。

 敵討ちではなく、理想を実現することで晴らそうとしたのだ」


 ――強い、強い生き様だ



 静かな語り口。

 そこに渦巻く感情を読み取ることはできませんでした。


「余よりもアビーの方が、魔王に向いているのではないかと思うときがある」

「ヴァルフレア様だって、魔族たちには慕われていますよ」

「だと良いのだがな……」


 自嘲するように笑う魔王様に



「ここに住んでる人は、みな魔王城に勤めていることを誇らしく思っています。

 みなさん楽しそうです。

 自信を持ってくださいよ」


 私は強く断言します。


 アビーの忠告に従い、取り返しのつかない事態になる前に戦争を途中でやめる判断をしたこと。

 何より荒れ狂う魔族を説得して、戦争を止められる人望。


 ――魔王様が、魔王で良かった


 愚かなことをした人間の先祖を恨みつつ。

 魔王様が、魔王になっていて本当に良かったと思います。

 自身の感情を切り離した、その冷静な判断力。

 何も考えずに婚約者を追放などという暴挙に出たフォード王子にも見習わせたい。




「余が優秀な魔王ではないことは、自分が誰よりも知っている。

 今この国があるのは、アビーをはじめ国を支えてくれている皆のおかげだ」


 心からそう思えるのが、既に上に立つ者の素質です。


「そして何より、人間という生き物に最後の希望を見せてくれた。

 フィーネ――貴様のお陰だ」


 うん……?

 それは関係ないですよね?



「アビーを助けてくれた時から、気になってずっと見ていた。

 どんな人物が、見ず知らずの魔族を助けたのかと。

 菩薩のような人物か、はたまた世界を滅ぼそうとしている狂人か――」


 いったいどんな期待をかけられていたのか。

 なんでしょう、こんな普通の令嬢でごめんなさい。



「貴様は、いつも余の予想を超えてきた。

 結界の中での立ち振る舞いも――想像していた貴族像とはまるで別物」


 公の場で、私は徹底的に完璧な令嬢として振る舞っているつもりです。

 これ以上ないほどに貴族らしい人間だと思っていましたが、失敗していたのでしょうか。

 ……まさかプライベートまで覗き見られていたとでもいうのでしょうか?


 そこまでは流石に……?

 ジトーっとした私の内心を余所に、魔王様は言葉を続けます。



「貴様は、本当にどこまでも余の予想を超えていった。

 余が距離を測りかねている間に、どんどんと魔族たちと親しくなって。

 当たり前ような顔で、魔族の王たる"魔王"とお茶会を楽しんでいる」


 そう言われてみると、随分と常識はずれなことをしている気がしてきますね。



「余にはもう、貴様を手放すことが考えられない」


 紡がれたストレートな好意。

 紅茶を口にしていたら、またむせてしまいそうです。

 無意識に危険な言葉を口にするのはやめてほしい。



「余はどうすればよいのか、迷っているのだ」


 私の内心の動揺をまるで読み取ることもなく。

 魔王様は、ひたすら何かを考え込むように言葉を続けるのでした。




「そこまで話して隠し事は無しですよ?」

「フィーネ嬢なら、そう言うに決まっているよな。

 すまない、余は卑怯者だ」 


 謝るぐらいなら、最初から素直に話せば良いんですよ。


「人間から、手紙が届いたのだ。

 ……間違っても貴様に見せるべきものではないと、そう思っていたのだがな」


 魔王様はテーブルの下から装飾された手紙を取り出したのでした。



 差出人は『フォード・エルネスティア』

 ――私の元・婚約者の王子でした。

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