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39. 先代魔王は、人間に殺された

「ありのままの余の姿か」


 少しだけ考え込む魔王様。


 ――こういう言い方をしても悩ませてしまうのですね。


 もっと気負わずに接して欲しい。

 そう伝えたかっただけなのですが。

 言葉だけではうまく伝わらないものです。



「やはり貴様には、話しておくべきなのだろうな。

 余の人間に対する複雑な感情を……」


 後ろに控えていたリリーネさんが、驚いたように魔王様を見つめました。


「複雑な感情というには生温いな。

 余の中には――どうしても人間を恨む気持ちが残っている」


 魔王様は、言葉を選ぶようにポツリポツリと話をはじめました。



「人間への恨み、ですか……」


 二日酔いの看病のため、部屋まで来てくれたときの様子をふと思い出します。

 大切なものを奪うのなら容赦はしない、と人間族に対する怒りをあらわにしていました。


「ヴァルフレア様のこと、こうして聞くのは初めてですね。

 もっと詳しく聞きたいです」

「なぜ知りたがる? ……余は人間が憎いと言っているのだぞ。

 貴様は余が怖くはないのか?」


 私のことを試すような言葉です。 

 本当に恐ろしい方なら、そのような迷いは持ちません。


「その気になれば、貴様には身を守る術すらない。

 一瞬で消し炭にすることだって出来るのだぞ?」

 

 無理するように凄まれても。

 そんなことをする魔王様が、まるで想像できませんね。



「――今更何を怖がれと言うんですか」


 あなたは優しい人。


 魔王様の不安を笑い飛ばすように。

 私は笑みを浮かべて見せました。



「長年生きてきたヴァルフレア様にとって、人間と魔族の溝は深いのかもしれません。

 人間を恨む気持ち――人間と魔族の溝の深さ。

 そう簡単に拭えるものではないのでしょう」


 魔王様に人間を恨む気持ちがあるように。

 大半の人間は、魔族に怯え嫌悪します。

 あっさりと多くの魔族と仲良くなってしまった私は、だいぶ異端なのでしょう。


「あなたが優しい人だということは、もう嫌という程に分かっていますから。

 今更、どんな話を聞かされたとしても。

 ヴァルフレア様を怖がるなんてあり得ないです。

 迷うぐらいなら話してくださいよ?」


 もっとも、ヴァルフレア様が私をどう思うかは別ですね。

 少ししょんぼりしながら――

 


「ごめんなさい。

 私だって、あなたが嫌っている人間の1人ですよね」

「フィーネ嬢は特別だ。

 余が、貴様を嫌う筈がないであろう」


 食い気味に迷いなく返された言葉。

 当たり前のような顔をして言ってのけるなんて。

 頬がにやけそうになります。


「こほん。話の続きをお願いします」


 私はリリーネさんに紅茶のお変わりを要求。

 はいはいごちそうさま、などと言いながらもリリーネさんは丁寧に紅茶を注いでくれたのでした。



◇◆◇◆◇


 やがて魔王様は、何かを吹っ切ったように話し始めました。


「余の父――先代魔王は、人間に殺された。

 今でも鮮明に思い出せる。

 魔族領の権利を認めさせるためにと。

 護衛も連れずに交渉の場に来い、という条件を呑みこんで……」


 ――殺された。


 待ち受けていた人間たちに囲まれて命を落としたのだと。



「父は、人間を信じて旅立っていったな」


 そして魔族たちも信じていた。

 先代魔王が、平和な世界を作り出すことを。

 本気で和平交渉を結べると。



「ヴァルフレア様……」


 帰ってきたのは無残な魔王の死体。

 それは開戦の狼煙。



 ――そういうことですか


 私には返す言葉もありませんでした。

 またしても(・・・・・)余の大切なものを奪うのなら。

 思い出すのは、以前に吐き出された怒りに満ちた言葉。


 その意味がようやく分かりました。



「魔王を殺され、荒れ狂う魔族を止めることは出来なかった。

 否、余も感情を制御できなかった。

 感情のままに力を振るい、人間共を根絶やしにしようとした」


 魔王を打ち倒した今こそが好機だと。

 勢いに乗る人間と、復讐に燃える魔族の間で起こった全面戦争。

 その争いに決着が着くことはなく――




「……私が教わったのは、まったく別の歴史でした。

 魔族たちが突然、不可侵条約を破って人間を八つ裂きにしたと。

 それが人間と魔族の間で、戦争が起こったきっかけだったと」


「勝手に人間を殺すような者がいれば、厳罰に処されただろう。

 先代魔王は……とても厳格なお方だった」


 

 魔王様の話は、私が教育担当に教わった歴史とはまったくの別物でした。


 私が教わったのは、魔族が理不尽に襲い掛かってきたところから始まり。

 私たちの祖先は、必死にそれに抗ったと。

 散り散りになった人間たちが、命からがら逃げ延びて結界を張ることに成功。

 どうにかして魔族の脅威を逃れ、生きながらえたという歴史。



「それにしても、貴様は余の話を簡単に信じるのだな?」

「ヴァルフレア様は、嘘を付くような方だとは思えませんので」


 隠しても伝わってくる激情が、それが真実だと伝えています。


 魔族の寿命はとても長い。

 人間にとっては、もはや歴史上の出来事であっても。

 魔王様は父を殺された恨みを、いまだに昨日のことのように覚えているのです。

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