Side: 王子 しょうもない思いつき
今日も私は、諸々の対応に追われてヘトヘトになっていた。
思えば最近の執務は、フィーネ・アレイドルに任せっきりであった。
何をしているかなどまったく把握していないが、1人の令嬢にこなせる業務などたかがしれているだろう。
それなのに……持ってこられた紙束を見て、思わず目を回したものだ。
「こんなときフィーネ様がいらっしゃれば……」
「第一王子ならこれぐらいこなせて当然だろう」
いま思い出しても、ムカムカしてくるひどい言いがかりである。
フィーネ・アレイドルの追放を私の失態とするための、第二王子派の陰謀だろう。
そう思うも、口々にこちらを非難してくる文官に言い返す気力もない。
今はまだ様子見で、私を支持したままという態度の貴族が大多数である。
しかし水面下では、どうなっているか分かったものではない。落ちぶれるときには、簡単に手のひらを返すだろう。
孤立しかけたこの状況で、いつまでも繋ぎ止めておけるとは思えなかった。
◇◆◇◆◇
私の癒しは、もはや愛しのカレイドル嬢のもとに通うときのみ。
今日もカレイドル嬢の部屋を私が訪れると、
「どういうことよ。
なんでフィーネ・アレイドルは、魔族領で幸せになっているのよ!」
部屋に入るなり視界に入ったのは、癇癪を起こすカレイドル嬢の姿であった。
「フィーネ・アレイドルが、魔族領で生きているだと……?」
「そうよ。魔王城での歓迎パーティーに参加していたわ」
カレイドル嬢は、遠見の魔法を得意とした。
「フィーネ・アレイドルが魔族領で幸せになっている」というのも、その魔法で見た発言であろう。
「それに……私のヴァルフレア様に、あんなに親しそうにしやがって。
たかが悪役令嬢の分際で、本当に目障りね」
ギリギリと歯ぎしりをしながらカレイドル嬢は、悔しそうにそう言った。
嫉妬にまみれた恐ろしい表情は、彼女が初めて見せる醜悪な表情であった。
「か、カレイドル嬢?」
もっとも次の瞬間には、いつもどおりの守りたくなる笑顔がそこにあったのだが。
――私も疲れているんだろうな……
よりにもよって、彼女にまで疑問を持つようなことを思ってしまうとは。
これほどまでに心優しい人間は、彼女のほかには誰もいないというのに。
私は自らのことを恥じた。
「フォード王子」
何かを言うか迷っているような素振りをみせるカレイドル嬢。
「いいえ、いくらフィーネ様でもこんなことをするはずがない。
何でもないです、忘れてください」
「私はいつでも君の味方だよ、カレイドル嬢。言っておくれ」
まったく何でもない表情を浮かべるカレイドル嬢に、私は優しく声をかける。
次の瞬間、「よっしゃかかった」と言わんばかりにカレイドル男爵令嬢の口元が歪んだが、それを見たものは不幸にもこの場にはいなかった。
「それでは……」
そうして彼女の口から語られたのは、驚愕の事実であった。
なんでもフィーネ・アレイドルが、魔王に取り入り――平和を望む魔王を唆して、戦争に踏み切らせようとしているとのことだ。
それが本当なら……国家反逆罪どころの話ではない。
――いくらあの女だってそんなことを?
「いくらフォード王子であっても、こんな話はやっぱり信じてもらえませんよね。
ごめんなさい。でも私には、ここでは敵しかいないんです。
フォード王子なら、もしかするとどうにかしてくれるかもって思って……」
「……俺に任せておけ」
勇気を出して告発してくれたのだ。
私が信じないで、誰が彼女を信じてやれるというのか。
この国を守る第一王子として「頼れるのはあなただけ」とまで言われたなら、私はそれに応えるしかない。
「……お手柄だ、カレイドル嬢。
フィーネ・アレイドルを呼び戻し、今度こそすべての罪を明らかにしよう。
私たちが、国を戦争の危機から救うのだ」
――それに、これは絶好の好機である。
フィーネ・アレイドルの追放が正当なものであることを示せる。
なによりも、今は喉から手が出るほどに手柄が欲しい。
――それは、しょうもないひらめきであった。
本当はフィーネ・アレイドルのことなど、もう忘れたかった。
しかし、国を守るため。なにより自らの地盤をガッツリと固めるため。
私はすぐに魔族領への手紙をしたためる。
『フィーネ・アレイドルという大罪人を、魔族領で匿っているのはどういうつもりか?』
そうだな……。
『フィーネ・アレイドルを引き渡せ。さもなくば……』
魔族が戦争に踏み切ろうとしていることには、あくまで気が付いていない体で。
私は書くべきことを全て書き、王族にのみ許される魔法を使い、一方的に魔王に対して手紙を送りつけるのだった。




