32. そーーーっと酒瓶を背中に
ヴィルの足の虫喰いの治療が終わり。
私たちはヴィルに見送られながら、アビーの先導に従って兵舎に向かいます。
「兵舎には、どのような魔族がいるんですか?」
『そうだね。
基本的に空を飛べない兵士は、大抵兵舎にいると思うよ』
ということは空を飛べる兵士の集団が住む場所も、また別にあるということでしょうか。
軍がある、ということは魔族領内でも戦いが発生しているのでしょうか。
間違っても人間に対する兵力ではない、と思いたいところです。
「色々な種族の魔族が一緒に住んでいるんですね。
色々と大変じゃないですか?」
『種族は違っても、魔王様に忠誠を誓った仲間だからね。
ときどきトラブルは起きるけど、大事な時には結束できるんだよ』
そんなことを話ながら歩いているうちに。
『ひめさま、着いたよ!』
たどり着いたのは荒々しい岩の材質がそのままみられる、巨大な建物でした。
様々な大きさの扉があり、少なくない種族の魔族がここに住んでいることを伺わせます。
「あの? あそこにいるゴブリンは、何をしてるんでしょう」
真っ先に気が付いたのは、酒瓶を担えて歩くゴブリンでした。
小柄な体に見合わぬ巨大な酒瓶を持っています。
それはもう満面の笑顔で、兵舎に戻っていき――
「……本当に、真っ昼間から何をやってるんですかね」
呆れを隠そうともせず、頭を抑えながらリリーネさんが答えました。
こんなことで、本当にここは大丈夫なのでしょうか。
「アビー。兵士たちは、普段からこうなんですか?」
魔族を人間の物差しで測るのは間違っています。
もしかすると文化の違いなのかもしれない。
『そんなことはないよ。
お祭りの後で、浮かれてるんだろうね』
そろそろ通常営業に戻って貰わないと困るんだけどな~、とアビー。
『陸軍は気性は荒いけど、職務には忠実。
誇りを持ってると思ってたんだけどな~。
職務時間中に、堂々とお酒を持ち込んでるなんて――』
しゅんと下がった尻尾は悲しそうで、思わず撫でまわしたくなります。
見られているとも知らない吞気なゴブリンは、そのまま部屋に戻っていき。
それを迎え入れたのは、これまた頬を上気させた上機嫌なオークでした。
◇◆◇◆◇
リリーネさん、凍り付いた笑顔のまま先ほどの部屋を襲撃。
私はアビーを抱きかかえ、その後に続きます。
「随分と楽しそうなことをしていますね~?」
「ゲッ、リリーネさん……」
ノックを受け、ニコニコと仲間を迎え入れようとしたオーク。
リリーネさんの姿を確認すると、扉を開けたまま固まり青ざめました。
それから隠そうとするように、そーーーっと酒瓶を背中に持っていきました。
「いやいや今更隠せないですからね?
持ち込まれたところ、バッチリ観ましたからね!」
はっ。
リリーネさんを差し置いて、思わず突っ込んでしまいました。
オークが怪訝そうな表情を浮かべます。
「なんで、フィーネ様がこんなところにいるんです?」
兵舎なんて、たしかにお客人が来る場所ではありませんからね……。
「ええっと。
アビーに頼まれて、ブヒータさんの二日酔いを治しに来たんですが……」
思わず半眼になってしまいます。
お城で人手不足を悩んでる傍らでは、宴会延長の真っ只中なんて。
リリーネさんの苦労が偲ばれます。
「癒しの魔法は、ここでは必要なさそうですね……」
部屋の奥の方では、ゴブリンとオークが陽気に歌っている姿が確認できます。
あのテンションは、歓迎パーティーの後もずっと続いているのでしょうか。
「まさか、兵士を束ねる立場にあるブヒータさんともあろう方が。
サボって酒盛りに加わってたりなんて。
そんなことあるはずありませんよね?」
リリーネさんの笑顔が怖いです。
「ぶ、ブヒータさんなら訓練場に――」
「嘘はいけませんよ?
フィーネ様は、ブヒータさんを心配して"わざわざ"病み上がりの中、ブヒータさんのためにやって来たんですよ。
それなのに。ま~さか、居留守何て使いませんよね?」
ニコニコ、ニコニコ。
リリーネさんから漂う凍り付くような空気。怖い。
私は、思わず暖を求めてアビーを強く抱きしめてしまいました。
この柔らか毛並みは、どのような状況でも心を癒してくれます。
「ブヒータ兵士長~! リリーネさんです。
何しでかしたんですか? 何しでかしたんですか??
滅茶苦茶怒ってそうですよ~~?」
「ば、ハルニアの馬鹿。俺がここに居ることは内緒だって……!」
プレッシャーに耐えかねたオーク、ブヒータさんを売る。
ハルニアと呼ばれたオークに連れられ、ブヒータさんが顔を覗かせました。




