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31. どーんと大船に乗った気で任せてよ!

 最初はゾンビというだけで抵抗があったのですが、今はそんな苦手意識も薄れていました。

 私は、そっとヴィルの足を覗き込みます。

 腐り紫色に変色した皮膚の中で、何やら虫がゴソゴソと蠢いているのが見えます。


「この虫を取り除けばよいんですか?」

「本当にやるんですな?

 決してフィーネ様を信用していないというわけではないのですが。

 それはもう、治るなら有難くはありますが……」


 一発芸をやってたときの、根拠のないポジティブ具合はどこに行ったのでしょう。

 ものすごく不安そうな顔で、こちらを見てくるヴィル。

 ついでに言うと私も不安しかありません。


 うん、事故でヴィルを浄化してしまったら後味が悪すぎます。

 やっぱりやめておいた方が――


『どーんと大船に乗った気で任せてよ!』

「アビー!?」

「そ、そこまで言うのでしたら。

 吾輩、覚悟を決めますぞ……」


 どうにでもなれと言わんばかりに、目を閉じ何かを覚悟した様子のヴィル。

 その様子はまるで注射に怯える幼い子供のようでした。


 そこまで言うのでしたら仕方ありません。


「何かおかしいと思ったら、すぐに言ってくださいね。

 すぐに止めますから」


 そう断ってから、ヴィルの足に手をかざします。



「万物に宿りし癒しの力を――」


 すべての生命には、傷を自力で直すための癒しの力が宿っています。

 人間にも魔族にも、それこそ植物にだって。

 その生命力とも言えるエネルギーを触媒にして、自らの魔力を混ぜ込み願いを込める。

 ――これが、私の得意とする癒しの魔法。


 たとえ、どんな願いを込めたとしても。

 聖属性の魔法であるのなら、魔族相手には拒絶反応が出そうと不安に思っていましたが。


「虫喰いの痒みが引いていきますぞ」


 予想に反して、ヴィルは気持ちよさそうに目を細めたのでした。


 それを聞いた私は、本格的に治癒に移行。

 生命に宿る治癒力を、ほんの少し増幅してやり。

 生まれたエネルギーを、望む方向性に沿ってそっと曲げてあげます。


 ――この虫がヴィルさんにとって悪性のものなのであれば


 ヴィルがそれを願っていたのなら、除去することが出来るはずです。

 もともとはヴィルにも宿っていた力、私はそれに具体的な方向性を与えてあげただけ。


 やがてヴィルの足に巣食う蠢く虫が、完全消え去ったのを見て。


「うん、これで大丈夫だと思います」



 私は癒しの魔法を中断し、ヴィルにそう言いました。

 ヴィルは信じられないという表情で、自らの足をマジマジと眺めました。




◇◆◇◆◇


「信じられないですな~。

 ゾンビの宿命とも言える、長年の付き合いだったイガイガ虫との戦い。

 まさかこんな形で終わるとは夢でも見ているようですぞ!」


 私が消したのは、寄生虫の一種でしょうか。

 これまでは軽い傷を治す程度にしか使ったことがありませんでしたからね。

 傷を治すときと同じような魔法の使い方を少し応用するだけで、寄生虫の除去なんて使い方もできるというのは新発見でした。



「戦場ではいつ痒みに襲われるか、と不安の日々を送り。

 奴が最も嫌う腐り具合を、模索する日々もありましたな。

 そんな辛かった日々に、ついに終止符が打たれるんですな!」


 やたらとテンションの上がったヴィルは、こちらに躍りかからん勢いで身を乗り出しました。


 見ているだけで痒そうだった足は、今やすっかり綺麗な皮膚に戻っています。

 ゾンビなので腐ってはいますが。 



「本当に何ともありませんか?」

「ばっちりですぞ」


 うまくいったように見えたとしても。

 聖属性の魔力そのものは、魔族にとって猛毒なはずなので。

 やはり完全に不安はぬぐえません。


『ほら、やっぱりひめさまの力は本物だった!』



 私の不安をよそに、得意げなアビー。

 嬉しいですけど、過大評価するのは止めて欲しいです。

 応えられなかったときが悲しいですからね。



「フィーネ様。いいえ女神さまと呼ばせてください!

 さきほどは疑ってしまって、申し訳ありませんでした。

 これからはフィーネ様の力を、全力で語り継いでいきますぞ」


『姫様ファンクラブは、いつでも会員を募集中だよ!』


 一生着いていきます、とキラキラした眼差しで熱く語るヴィル。

 どさくさに紛れて、アビーはなにを悪乗りしてるんですかね!?


 見ているだけで痒そうでしたからね。

 治療したことを感謝されるのは分かります。

 だとしても、アビーもヴィルもあまりにオーバーリアクションです。



「あ、ありがとうございます

 控えめにお願いしますね……」


 困った私は、久々に得意の微笑を貼り付けたのでした。

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