19. 会場はすっかりお祭りムード
「はい?」
ドレス選びのセンスを褒められたのでしょうか?
予想もしていなかった突然のひと言。
不意打ちを喰らった私は、きょとんと聞き返しました。
「うむ。余の城にあるのは、一級品のドレスばかりだ。
遠慮なく使うが良い」
一方の魔王様は、満足気にそう答えると。
スタスタと歩き去ろうとしているではありませんか!
「魔王様、こんな会場でフィーネちゃんをおひとりにするつもりですか?
傍にいてあげなさいよ~」
「む、無茶を言うでない。
余が、初対面の人間を気遣えるほど、器用ではないのは知っておるだろう?
それにフィーネ嬢も、貴様といた方が楽しかろう?」
またしても、リリーネさんと魔王様が何やらコソコソと話しています。
人には聞かせられない話なのでしょう。
おふたりの信頼関係が少しだけ羨ましいです。
◇◆◇◆◇
私の隣には、やはり表情の読めないヴァルフレア様。
う、沈黙が痛いです。
そんな気まずい空間を打ち破ったのは、ちょこちょこっとやって来た癒しの猫。
もふもふのアビーさん!
『ひめさま、楽しんでる?
このパーティーはひめさまが主役なんだ。
今までのことは全て忘れてさ、楽しんじゃおうよ』
今までのことは全て忘れて、ですか。
私の脳裏をよぎったのは、今日突きつけられた婚約破棄でした。
魔族領への追放は、間違いなく私を殺すつもりの一手でした。
「ありがとうございます。アビーにヴァルフレア様。
このような素敵な歓迎パーティーを開いていただいて、本当に感謝しています」
……ええ、そんなことは忘れてしまうに限ります。
ここでの出会いに感謝を、今を楽しみましょう。
これからは、ここで暮らしていくんです。
『お堅いよ~!
魔王様だってそう思うよね?』
「ああ。繕ったようなその笑み、好きではない。
ここでは人間の貴族爵位など意味を持たぬ。
貴族としての外聞も捨て去るが良い」
そう言われた私は、回りを見渡します。
歓迎パーティに集まった魔族たちは、みな笑顔です。
しがらみも何も無く、あるのは刹那のお祭りを楽しむ喜びだけ。
これまで貴族令嬢として育てられてきた私には、真似たくても真似られない生き方。
……難しいことをおっしゃいます。
――それでも、そこまで言うのなら
この場を、無邪気に楽しむ努力をしてみましょう。
「リリーネさん。一杯、強めのやつ貰えますか?」
「フィーネ様は、お酒も嗜まれるので?」
「お酒は好きです。今日は、遠慮しないことにしました」
にっこりと微笑みます。
「分かりました。それでは、魔王様は何になさいますか?」
「い、いや。余はそろそろ戻ろうかと……」
断ろうとするヴァルフレア様に、リリーネさんが素早く駆け寄り説得。
「このタイミングで帰って、フィーネちゃんを1人にするとか有り得ないですから!
パーティーを企画したなら、楽しめるよう最後まで気配りするものです!」
「あ、あの。私なら大丈夫ですよ?」
騒がしい場は好まない、と仰っていましたからね。
冷たい印象を与えるけれど、思いやりに溢れた優しい魔王様。
できればもっと話がしたいです。
せっかくのパーティー、一緒に過ごしたいと思います。
だとしても、歓迎パーティという大げさなもてなしを受けた身で。
これ以上のわがままを言うわけにはいきません。
「リリーネ、今日の貴様は活き活きと無茶ぶりをするな?」
「……無茶ぶりと受け取られるのが心外ですよ」
――いいえ、違いますね
今日は、この場を無邪気に楽しむとさっき決めたではありませんか。
「ヴァルフレア様、一杯ご一緒願えませんか?」
これは、ちょっとしたわがまま。
「……ああ、付き合おう」
魔王様の返事は、変わらぬ口調でのひと言でしたが。
私の勘違いでなければ、小さく微笑みを浮かべたのでした。




