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13. アビーは、ずっとそのままでいてね

『ヴィルとカーくんは、会場に先に行ってて。

 ぼくは、ひめさまをリリーネさんに預けていくから』


 リリーネさんというのは、侍女の名前らしいです。


「うむむ。やはり、私が出しゃばったばかりに、ややこしいことになってしまいましたかな。

 お詫びの気持ちを込めて、今度こそ絶対に外さない渾身の一発ギャグを……!」


 去り際のヴィルさん。

 アビーに「もう何もしないで早く行って!」と追い出されていました。

 ……彼は、何をしに来たのでしょうか。


『ヴィルの暴走も、ひめさまに感謝してのもので……。

 悪気があるわけじゃないんだ。

 気を悪くしないでね』

「はぁ……」


 感謝? 何も心当たりはありませんが……。

 私には、頷くことしか出来ませんでした。


「渾身の一発ギャグっていうのは?」

「おや、フィーネ様。気になりますかね?

 今度お見せするのは、首フライング・シュート、みたいな生半可なものではありませんよ。

 あなたの心に残ること間違いなしです」


 そんなコミカルな名前だったんですね……。

 腐った生首が飛来する光景は、一生モノのトラウマになりそうでした。


「全身急速腐敗によるドロドロ液状化! 行きます!」

『やめて!』


 とっさにアビーが飛び乗ってきて、私の顔に覆いかぶさります。

 あ、もふもふ……。

 心から堪能したいところですが


 ――ぐちゃぐちゃ……。

 ――ぐちゅ……。

 ――ゴボゴボ……。

 

 目の前から聞こえてくる、おどろおどろしい音がそれを妨害します。

 何が起きているか、これは想像してはいけないやつですね。


『ふう……。危ない、ひめさまに一生モノのトラウマを残すところだったよ。

 あれを直視した日は、食事が喉を通らなくて大変だったんだ……』


 同じ魔族のアビーですらそんな目に……。

 なんてものを、見せようとしてくれてるんですか!

 ヴィルには、本当に悪気がなかったんですかね!?


「アビーは、ずっとそのままでいてね……」


 私は、アビーの柔らかな毛並みを堪能します。

 もふもふ。ああ、もふもふだ。

 ……癒しはここにある。




◇◆◇◆◇


「これは、何の騒ぎですか……」

『あ、リリーネさん。ちょうど良いところに……』

「またこんなに汚して。誰が掃除すると思ってるの?」

 

 聞こえてきたのは、新たな女性の声。

 困惑するような、わずかな怒りを滲ませたそんな声。


『ヴィルがはしゃぎ過ぎちゃったみたいで、ごめんなさい』

「まあ、アビーさんを責めても仕方ないですけど……」


 ああヴィルか、と納得の呆れ声。


「門番としては優秀なんだけど、出迎え役としては考え物だねえ……。

 少なくとも人間を出迎えるのには向かないでしょう」

『ヴィルの強い要望があったからさ。

 止めたら拗ねるんだもん……』

「それを止めるのが、魔王様の側近のあなたの役割でしょうに……」


 ヴィルというゾンビ、魔王城でもなかなかに問題児扱いされているお方みたいですね。


「私は、これからフィーネ様を案内しないといけないから忙しいんですけど。

 ここの後片付けは……」

「あ、ならそこのゴミ掃除はウチがやっておくっすよ」


 さらに加わる元気の良さそうな声。


 なになに、何が起きてるの?

 アビーが張り付いていて、何も見えないんです。


「新入りにこんなものを掃除させることになるなんて……。

 ごめんなさいね、アンジュ」

「もう慣れたっすよ。こういうのは新人の仕事っす」


 シュッシュッシュと。

 ほうきで何かを掃き出すような音がします。


 状況が分からず混乱する私の手を


「フィーネ様、どうぞこちらへ」


 リリーネさんと呼ばれた侍女が取りました。


『ひめさま! それじゃあ、また後で!』


 ぴょんと私から飛び降り、私とは逆方向に歩き始めるアビーさん。

 私は思わず振り返り――


 ……シミになっている床を見てしまいました。

 次いで、シミに向かって「どりゃーー!」とモップを振り下ろすメイド服の女の子。 


 なんでしょう、あのシミ。

 シミの傍に置いてあった、もぞもぞと動く謎の塊は……!?


「フィーネ様、振り返ってはいけません。

 知らないほうが良いことが、この世にはあるのです」

「そうします」


 見なかった、私はなにも見なかった。

 あのシミの正体なんか、みじんも想像つかないんだ……。


 私は、先に歩き始めたリリーネさんを追いかけるのでした。

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