リンテ視点「少年」
目を覚ますと、そこは山の中でした。
頭がズキズキと痛く、瞼を持ち上げるのさえ一苦労でしたが、何とかそれをこなした私の視界に入ってきたのは形容し難い程の陰惨な光景でした。
男性達の死体があたりに散らばっていたのです。武装はそのままに、千切れた腕や捥げた首がそれはもう乱雑に置かれていました。悲鳴をあげようにも、過呼吸で声が出ず、私は再度意識を失いそうになりました。
頭は混乱していましたが、ふと不思議な事に気がつきました。
目の前の状況はまさに酷い物でしたが、それでも私にはそれが「見えて」いるのです。
自分の顔をぺたぺたと触り、そこにあるのが自分である事を確認しました。それから、鼻が正常に戻っている事にも気づきました。辺りに充満するのは血の匂いで、決して好んで嗅ぎたい物ではありませんでしたが、私の感覚は確かに戻っていたのです。
私は確かに呪縛『三感封印』を受けました。ならばこれは奇妙な話です。
呪縛は他人に移す事でしか離れる事が出来ないと聞いています。仮に呪縛を受けた人が死んだとしても呪縛は消えずに、その場に留まり続けると。という事は、誰かに私の呪縛が移ったという事でしょうか。
しかしよく考えてみると、奇妙といえばこの状況その物が奇妙です。
私を棺桶に入れて運んでいた馬車が、山賊の方達に襲われました。本当に悲しい事ですが、抵抗虚しく騎士の方達が殺され、私はここに運ばれてきました。それから私は一所懸命に盗賊の方達に事情を話しましたが、残念ながら理解して頂けず、山賊の方達は私を手篭めにしようとしました。
そこまでは覚えているのです。
ですが、そこからは何も覚えていません。起きたらこうなっていたのです。
もし誰かが助けてくださったのだとしたら、山賊の方達には申し訳ありませんが、私はその方に感謝してしまうでしょう。ですが、その助けてくれた方の姿は見当たりません。さて、どうしたものでしょうか。
私は身体を引きずるようにして立ち上がり、辺りを見回しました。見れば見るほど凄惨で、酷く心が痛みました。きっとこの方達にも両親がいて、止むに止まれぬ何らかの事情で犯罪行為に手を染めていたのでしょう。その事を思うと、自然に涙がぽろぽろと溢れました。
せめてお墓だけでも、そう思い立ちました。非力な私では全員分のお墓を作るのに何日かかかってしまうかもしれませんが、助けを呼ぶ訳にもいきません。1人で成し遂げなければなりません。
地面を掘るための道具を探しに、山賊の方達が使っていたと思われる洞窟に入りました。
中には簡易的な寝床や空の酒瓶や錆びた武器などが散らばっていました。道具を探していた時、奥から物音がしました。
「どなた?」
声をかけますが、返事はきません。
私は恐る恐る音のした方向を覗き込みます。
物陰にいたのは1人の少年でした。年齢は私と同じか、少し下くらいでしょうか。赤毛で癖っ毛の少しあどけなさが残る見た目をしています。怯え切った様子で身体を縮こまらせて、ぶるぶると震えています。その視線は私を確かに捉えており、はっきりとは聞き取れませんでしたが何かをぶつぶつと仰っていました。
「あの……大丈夫ですか?」
「こ……殺さないで。何でもする。だから、殺さないで……」
少年が何を言っているのかは分かりましたが、今度は誰に言っているのかが分かりませんでした。
ですがその様子からして、この方は何が起こったのか一部始終をご存知のようです。
「一体誰があんな事を……」
少年は信じられないような物を見る目で私を見ていました。
そこでようやく私は自分がしてしまった事に気付いたのです。
「申し訳ありません。初対面の方なのに挨拶がまだでしたね。私はリンテ・グレイシア。公爵であるオズマ・グレイシアの娘です。あ、でも勘当されてるんでした。とにかく、挨拶が遅れてしまった事をお詫びします」
少年から返事はありませんでした。
「あの……お名前を伺ってもよろしいですか?」
ちょっと間があいて、ようやく声が聞けました。
「……ラル。ただのラル……です」
「ラル様というのですね。とても素敵なお名前」
私はにっこりと笑いましたが、ラル様は更に怯えてしまったように見えました。
その後、ラル様を説得して何とか外に出てきてもらいました。一体ここで何があったのか、本当は詳しく伺いたかったのですが、彼はまだショック状態のようですし、お友達の死も受け入れられていないようでした。日も暮れてきましたし、まずは落ち着くためにアジトをお借りして休む事にしました。ラル様は慣れた様子で火を起こしました。
何から話そうかと迷った後、とりあえず山賊の方達の家族について尋ねましたが、何も知らないとの事でした。
「ラル様は亡くなったどなたかのお子さんではないのですか?」
するとラル様は声を荒げました。
「そんな訳あるか! 俺はつい3ヶ月前に親に捨てられたんだ。それで……行くあても無いし、腹も減って仕方ないから、あいつらに頼み込んだ。何でもするから食べ物をくれって……それから……ぐ……」
ラル様が涙を堪えているのが分かりました。きっと酷い扱いを受けたのでしょう。
どんな言葉をかけてあげれば、ラル様を慰められるのか、私には分かりませんでした。
だからせめて抱きしめて、1人ではない事を分かってもらおうとそっと近づいたのですが、これがどうやら失敗でした。
「わあ!!」
ラル様は飛び跳ねるように私を避けました。
「や、やっぱり殺すのか?」
それは確実に私への質問でした。
私が首を傾げると、ラル様はこう言ったのです。
「もしかしてお前……あれを自分でやった事を覚えてないのか?」