三人称「覚醒」
山中にあった洞窟を改造して作られた山賊のアジトは、街道からはある程度の距離があり、そこを知る者でなければたどり着く事ほぼ不可能になっている。護衛の騎士達は既に死亡し、馬車も草陰に打ち捨てられた。港への到着は今日の夜を予定していたが、時間通りに来なかったとしても、捜索隊が出るのは明日の朝以降になるだろう。
これらの情報から導き出される結論はつまり、「リンテに助けはこない」という事だ。唐突に山賊達が改心するだとか、心臓麻痺で倒れるだとか、そんな奇跡が起きない限り、これからリンテが酷い目に合う事は確定していた。
「お、お願いします。私を港まで連れていって下さい!」
目が見えないながら、そこにいる全員に向かって精一杯頭を下げて頼むリンテに、山賊の1人が興味本位で尋ねる。
「なんで港に行きてえんだ?」
リンテは丁寧に言葉を選びつつ経緯を話した。
自分が貴族の生まれで、器数が20ある事。しかし祝福アレルギーによってそれが無駄になった事。家族に迷惑をかけてしまった事。そんな時、呪縛の受け皿として活用される事で生まれてきた意味が出来た事。それら全てを正直に話した。
「……という訳で、私の身体には『呪縛』がかかっているのです。どれも器数3以上で、大変に重いものです。だから私に関わるのはあなた達の生命に危険が及びます。私を解放して頂けないでしょうか? どうか、お願いします」
それまで黙って話を聞いていた山賊達は、耐えきれなくなった様子で1人、また1人と笑い始めた。
「器数20だって!? そんな馬鹿な話があるかよ。いくら貴族様とはいえ、そんな奴聞いた事もねえ」
「祝福アレルギーなんてのも初めて聞いたぜ? 全く訳の分からねえ話だ。器数が1でもありゃ誰だって祝福は受けられるだろ。ショボい奴だけどな」
全くもって荒唐無稽な話だと言い合う山賊達だったが、ただ1人山賊の頭だけは違った。
「……いや、前で器数20を持つ貴族の娘が生まれたという噂は聞いた事がある。それに棺桶に生きた人間を入れて運んでたのにも説明がつく。だが、仮にお前がその娘だったとしてもだ。1つだけ納得のいかねえ事がある」
「何でしょうか……?」
「何故お前はそんな理不尽な死を受け入れているのか、だ」
首を傾げるリンテに、山賊の頭は尋ねる。
「お前の体質とやらはお前のせいじゃねえだろ。そもそも器数20にしたって周りが勝手に期待しただけだ。それなのになんでお前が責任を感じて死ななきゃならねえんだ?」
リンテは詰まる事なく、こう返した。
「器数20は神様からの授かり物です。でも私の体質が、それを台無しにしてしまいました。だから少しでもお役にたてるのなら、それが私の使命だと思うのです」
少しの間があいた。非道を歩む山賊達にも、リンテの考え方は到底理解出来なかった。
山賊の頭はため息をついて、首を振った後、「くくく……」と声を漏らした。
「もしそれを本気で言っているんだとしたら、お前はとんだお人好しだ」
言い終わると同時に山賊の頭はリンテの身体を引き寄せる。
リンテの着ていた白い一枚布の服がずれて肌が露出されると、山賊達は歓声をあげた。
「器数20だあ!? とんでもねえお宝じゃねえか! 本当なら、俺らクズとの間にも器数10の化け物みたいなガキが生まれるはずだぜ! そいつを売っぱらえばいつまでも俺達は遊んで暮らせる! 最高じゃねえか、オイ!」
興奮しながらまくし立てる頭に、山賊達も同調して雄叫びをあげる。
「早速種付けと行こうや! 最初は当然俺だ!」
生まれながらにして大切に育てられてきたリンテには、山賊の頭が何を言っているのか半分程も理解出来なかった。しかしこれから何か恐ろしい事が起こる事は分かった。そして逃げる事が出来ない事も。
抗えぬ現実を前に、意識が遠くなっていくのがリンテには分かった。
その時だった。
「生きる価値のねえゴミ共が気安く触らないでくださる?」
リンテの口から、そんな言葉が溢れた。
「……あ?」
山賊の頭は、目を瞑ったままのリンテを見下ろしながら、その変化に気付いた。
黒いもやのような物が、リンテの両腕から背中にかけて、頭の周囲にもぼんやりと展開されていた。しかも徐々に濃くなっている。
「肥溜めみてえな所に住んでるだけあって、くっせえ奴らですわね。それでも祝福は持っているようだし、少しは腹の足しになりますわ」
それは紛れもなく先程まで怯えた様子で喋っていたリンテの声だったが、内容は真逆だった。下品な言葉選びに、不遜な物言い。そこに一切の遠慮はなく、どこまでも不気味だった。
「てめえ、これからどうなるか分かって……」
山賊の頭がそう凄んだ瞬間、リンテの右腕が僅かに動いた。連動するように黒いもやも瞬時にしなり、ぼっ、という音を立てて山賊の頭の肉体を貫いた。
「ぐばっ」
間抜けな声を立てて、山賊の頭がリンテに向かって倒れる。腹には大穴があいており、そこから臓腑が漏れていた。
周囲の山賊達は何が起きたのか分からないまま、呆然と立ち尽くしている。
一方でリンテから出る黒いもやは山賊の頭の傷痕に触れて、何かを引き摺り出した。
位置的には内臓しか考えがれなかったがそうではない。キラキラと光る白い何かだった。
「まっず。何だこりゃ。おふざけてになってるのかしら?」
リンテはそう呟いて身体を起こした。一見両脚で立っているように見えるが、よく見ると筋肉には力が入っておらず、身体は黒いもやによって支えられている。
「クソ不便ですわ」と言いながら、リンテの身体は次の犠牲者に手を出す。
一転、その意味不明な状況に、山賊達は恐怖に駆られた。ある者は逃げ出し、ある者は攻撃し、ある者は立ち尽くした。そしてその順番で殺されていった。7人もいた山賊達は、ラル1人を残して全滅した。
「まっじぃ-。使えねえ奴らばっかりですわね」
リンテの意識はまだ戻っていない。