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三人称「家従」

 掻き毟った髪の絡んだ手で机を叩き、ギリギリと歯軋りをしながら、グレイシア家の当主であるオズマ・グレイシアはメイドのメリーを睨んだ。喉元から出かかった罵声が堪えられたのは、決して彼が冷静だったからではなく、怒りによる興奮で呼吸が崩れていたからだ。そんな夫の代わりに妻のシュナルがありとあらゆる汚い言葉をメリーにぶつけていたが、それでもオズマの気が晴れる事はなかった。叶う事なら今すぐに剣を抜き、目の前の女を殺したい。そんな暗い感情が怒気を纏っていたが、生憎か幸いかメリーの隣には騎士のシジマがついていた。


 始まりはリンテの失踪だった。呪縛を背負わせ、馬車に乗せて出棺した所までは見送ったが、その2日後に到着しないという知らせが港町ポラストから届いた。オズマにとっては早く忘れたかったのと、呪縛請負の礼で王宮の晩餐会に呼ばれていた事もあって、すぐには対策を打たなかったのが最初の悪手であり、事故か何かで遅れているのだろう、騎士達がその内見つけるだろうと高を括っていたのも今にして思えば間抜けな話だった。

 

 5日が経ち、馬車も棺桶もリンテも発見されず、捜索に出た騎士達すら行方不明になった。

 そこでもまだオズマは事態の深刻さに気づいていなかった。仮に道中、何者かに襲われてリンテが死んでいたとしても、それはグレイシア家の責任ではない。護送を計画した陸軍の落ち度であり、グレイシア家の名に傷がつく事ではない。


 続けて王子であり騎士であるザリクがリンテの捜索中に消えた。

 ここにきてオズマもいよいよ手を打たなければならなくなった。


 オズマも人探しの祝福として『物証追跡』が存在している事は知っていた。身につけていた物さえあれば、その人物が今どこにいるかが分かるという便利な祝福だ。それさえあればリンテを見つける事が出来る。

 ここで問題が発生する。リンテを教会に連れて行った際に、持ち物は全て処分してしまったのだ。家具も使用人が使っているし、衣服の類も全て売った。それ程までにリンテの存在はグレイシア家の名前に傷をつけたとオズマは考えていたし、存在を消したかった。


 実際、グレイシア家はそこまで歴史の長い貴族ではなく、中堅より少し下が良い所だった。その状況が変わったのは、器数20のリンテが生まれた時からだった。周りの貴族達の扱いは露骨に良くなり、一目を置かれる存在になった。リンテと王太子レオルスの婚約が破棄された瞬間にそれが元に戻っただけだ。


 所有物が無いのでリンテの『物証追跡』が出来ない。だがその問題は、グレイシア家長男のアッシュが解決した。


 リンテを出棺した際に回収したアクセサリーが、かろうじてゴミ箱の中に残っていた。それはリンテが地下牢で過ごした3年間常に身につけていた物であり、リンテの心の支えだった。


 オズマはアッシュにリンテの追跡を命じ、要求された金を払ったが、アッシュはその金を裏ダンジョンに入る為に使った。


 そしてアッシュは海底洞窟で呪縛をかけられて戻ってこれなくなった。


 これらの経緯がメリーから語られ、オズマが平気でいられるはずがない。妻のシュナルも同様であり、少し冷静になった風を装ってこう告げる。


「メリー、私はあなたを絶対に許さないわ。全てを明らかにして、あなたは処刑される」


 メリーは答える。

「全てですか? あなた達がリンテ様にしてきた事も? アッシュ様が違法なダンジョンに入った事も? 処刑されるのは果たして私だけで済みますか?」


 いつも従順で、沈黙を守る使用人が初めて剥いた牙に、2人は狼狽えていた。

「ク、クビよ! もうあなたの顔は見たくないわ!」

 激昂するシュナル。その言葉を聞いて退出しようとするメリー。その両者をシジマが止める。


「まあまあ落ち着いてください2人とも。ここで僕達が争っても何の問題解決にもならない。そうでしょう? 裏ダンジョンの件がバレるのは僕としてもまずいですし」

「そんな事、知った事じゃないわ。とにかく軍に頼んで、急いでアッシュを救出しないと……」

「いやあ、それはどうかなあ」


 シジマがオズマの前に移動する。この場において誰を押さえるべきか分かっている動きだった。

「アッシュがかけられたコスト5の呪縛は、軍でもどうにもならない物ですよ。ご存知の通り器数5を持つ罪人なんてここ十年出てません。だからこそリンテが貴重だった訳でね。

 まあアッシュが超幸運で、たまたま、急に、唐突に、器数5の罪人が現れたとしましょう。でもそいつを海底まで連れて行って、その場で『呪縛移動』をするのは至難の技ですよ。罪人側の同意が無くちゃ出来ませんしね。拷問で説得するにしても時間がかかる。

 それに、軍がもし裏ダンジョンの件を知ったら、呪縛持ちの騎士1人の命なんて気にしてる場合じゃないでしょう。今のグレイシア家は貴族としてそこまで重要な家じゃない。率直に言いましょうか? アッシュは見捨てられます」


「……」

 オズマは黙ったままシジマの言葉を聞いていた。怒りはあるがそれとは別に、どうすればいいかを模索している。

「問題を解決する方法は1つです」

 オズマが顔を上げ、シジマを見る。

「リンテを見つけて、彼女を海底洞窟まで連れて行く。そこでアッシュの呪縛をリンテに移し、リンテにはそこで死んでもらう。それしかありません」


「……仮にリンテを見つけても、そこへ連れて行くにはどうする? 海底に辿り着くまでにリンテは死ぬぞ」

「僕の知り合いの船乗りが、ある呪縛を知っています。『魚態化』地上で呼吸が出来なくなる代わりに、ある程度の水深までは耐える事が出来るそうです。まずそれをリンテに移動し、海底まで連れて行きます」


 リンテを見つけて、アッシュを救う。そのままリンテは処分し、アッシュが罰を受ける事はない。オズマにとってそれは理想的な状況と言えた。


「だが、どうやってリンテを見つける?」


 シジマが視線をメリーに向けた。

「少なくとも、彼女に協力してもらうしかないでしょうね」

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