三人称「稽古」
この世界において絶対的なルールが2つある。
それは死んだ者は生き返らないという事と「器数」の中でしかスキルは習得出来ないという事。
リンテ・グレイシア12歳の誕生日。
その日もリンテは王城内にある訓練場にて、兄アッシュと婚約者であるレオルス王太子の稽古を見学していた。
2人が稽古をする時、見学者席はいつも満員だった。
2人は若く、生まれも顔も良くて、そして何より強かった。
剣と盾を持った黒い短髪がリンテの兄アッシュであり、妹が婚約してからというもの王城への自由な出入りを許可されていた。同い年のレオルスと仲良くなるのも半ば必然的であり、今ではこうしてちょうど良い剣術の稽古相手となっている。
耳までかかった銀髪の方がその王太子レオルスである。現在の正当な王位継承者ではあるが、実は長男ではない。1つ年上の兄ザリクの器数は「5」であり、王家の器数は「6」を下回ってはならないと決められている。レオルスは文句なしの器数「6」。よって、現在の王位継承権は彼が持っている。
対峙するアッシュとレオルスの2人。
その間に立った騎士が、試合開始の合図を出した。
まずはアッシュが動く。
アッシュの祝福
『ジーベ流剣術・極意』 コスト:3
攻守に渡ってバランスが良い剣術「ジーベ流」を極めた状態となる。
『万能オートガード』 コスト:2
盾を持っている限り、あらゆる角度の攻撃に対して自動で防御する。
右手の剣で攻撃を行い、左手の盾で防御を行うというごく一般的なスタイルではあるが、平民出の兵士の場合はこれらのどちらか、あるいはこれより劣化した祝福スキルを覚えるのでやっとなので、貴族ならではの戦い方とも言える。
アッシュの器数「5」を有効活用しており、この2つの祝福スキルがあればほとんどの相手には1対1で負ける事はない。だが、今アッシュが対している相手、レオルス王太子の器数は「6」である。
レオルスの祝福
『ジーベ流剣術・極意』 コスト:3
攻守に渡ってバランスが良い剣術「ジーベ流」を極めた状態となる。
アッシュと同じく右手には訓練用の模造剣を握っているが、もう片方の手は空いている。側から見れば盾によるガードが出来ない分不利に見えるが、実際は違う。
攻めて来たアッシュを片方の剣でいなし、レオルスは後方に跳んだ。
レオルスの祝福
『遠隔爆破術・改』 コスト:3
手の平で標準を合わせた位置に小規模な爆発を発生させる。
「さて、凌ぎ切れるかな?」
2人の距離が開いた瞬間を狙って、レオルスは左手の人さし指と中指を立てて空中を切った。すると、アッシュの身体のすぐ近くで小さな爆発が起こる。アッシュがそれに気を取られてバランスを崩した所を、レオルスは見逃さなかった。
「そこだ!」
レオルスが踏み込む。かろうじて盾で防御したアッシュだったが、再び距離が空いてしまった。
「ほらもう1回だ」
再びレオルスは2本指で空中を切る。今度はアッシュの足元で爆破が起きた。
『遠隔爆破術・改』は、ある程度の距離が開いていても、指定した場所に爆発を起こす事が出来る。人間の体内や物陰などの術者が認識出来ていない場所は不可能だが、それでも中距離攻撃として非常に優秀なスキルである。
それに加えてアッシュと同じ剣術のスキルがあれば、距離を使って相手を翻弄する事など容易い。
「参った参った。レオルス様の勝ちです」
アッシュも盾を使ってしばらく凌いでいたが、レオルスの『遠隔爆破術・改』を前に距離を詰めるのは不可能と判断し、潔く投了した。
「うん。やはり剣と爆破の組み合わせは良いな。レンジが広いし相手の意識を散らせる」
「コスト3のスキルを2つ。王族ならではの戦い方でしょうね」
「ああ、そうだな。だが……」
レオルスはちらりと横目で見学者席の方を確認する。
その視線に気づいて見学者席を埋め尽くす貴族令嬢のほとんどが黄色い声を上げたが、レオルスが見ていたのはその中の1人だった。
レオルスの婚約者にしてアッシュの妹であるリンテの器数は王族を遥かに凌ぐ「20」。もし仮にその全てを戦闘系のスキルで埋めたとすれば、誰も敵わない存在となる。
「上には上がいる」
レオルスは諦めたようにそう言って、剣を鞘に納めた。
「全く、神は何故俺ではなく妹を選んだのか、今でも不思議ですよ」
アッシュが愚痴ると、レオルスは答えた。
「お前とじゃあ王である俺が結婚出来ないからだろうな」
「まあ、それもそうですね」
冗談を言って笑い合う2人を見学者の女子全員が羨望の眼差しで眺めていた。
リンテ以外の女子の狙いは、既にリンテと婚約を交わしているレオルスではなく、高い器数を持つアッシュだった。
本来なら、王太子であるレオルスと婚約しているリンテは嫉妬の対象になっていてもおかしくはないのだが、その圧倒的な器数のせいで勝負にならない事は明白であり、リンテに意地悪な事をすれば兄であるアッシュからも嫌われる。なので見学席においても、わざわざ先に来ていた令嬢がリンテに席を譲るのが当たり前になっていた。
それほどまでに器数というのは絶対的な指標であり、人間関係の根拠となっている物だった。
「リンテ様、いよいよ1週間後ですわね」
稽古が休憩になったのを見計らって、1人の令嬢がそう声をかけた。
「ええ、とっても不安ですわ」
「あら、司祭様は皆お優しいですし、そんなに心配しなくても大丈夫ですわ。私も1年前に済ませましたが、全く問題は起きませんでしたよ。良かったら付き添いましょうか?」
「それはそれはとても心強いです。是非お願いしますわ」
1週間後に12歳の誕生日を迎えるリンテは初めて祝福を得る事になる。
貴族は司祭からその人に合った祝福を授かる事になっている。
12歳以下でも祝福自体を受ける事は不可能ではないが、初祝福は儀礼上の特別な意味を持ち、それまできちんと待つというのが貴族のしきたりだった。
「リンテ様は、何の祝福を授かるのですか?」
別の令嬢が横から尋ねた。リンテは丁寧に答える。
「人の受けた傷を癒せる祝福『ホーリーヒール』が相応しいのではないか、と司祭様には仰って頂きました」
「まあ」「凄い」「とても良くお似合いですわね」
周りの令嬢達は口々にリンテを褒めちぎった。
「確か『ホーリーヒール』の必要コストは『5』だったかしら。相手が死亡さえしていなければ全ての外傷や病気を癒せるんでしたわね。素晴らしい祝福です」
「リンテ様は本当に優しい方ですから、ぴったりだと思います。それに器数を5も使ったとしても、まだ15も余裕があるのですから、本当に羨ましい限りですわ」
目に見えてリンテを持ち上げる令嬢達だったが、リンテ本人は決して奢らずに謙遜する。
「そんな事はありません。確かに器数が多ければより多くの祝福スキルを使う事が出来ますが、結局は使い手次第だとお兄様も仰っていましたので……」
それでもしばらく令嬢達からの褒めそやしは続いたが、稽古が再開されてようやくそれは収まった。やたらと持ち上げる周囲からの扱いにリンテは少し疲れていたが、そんな様子は微塵も見せずに、実の兄と将来の夫の稽古を凛とした面持ちで 見学し続けた。