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リンテ視点「裏面」

「きゅきゅきゅい? きゅいぅーん!」


 ステラが私の両腕の中で愛くるしい表情で鳴いています。

 何と言っているかは分かりませんが、幸いな事に懐いてはくれているようで、マズルを私の首に擦り付けながら楽しそうにじゃれてくれるのです。私もステラの頭を撫で、頬擦りを返しました。

 誕生から2週間目で最初の脱皮を終え、あっという間にひと回り大きくなったので、抱き抱えられるのは今の内だけかもしれません。しかし大人しい子ですしまだしばらくはこの隠れ家で育てていて大丈夫だとは思います。でもいつかは出て行かなければなりません。


「そろそろお腹すいた?」

「きゅうぃーん」

 まだのようです。

「一緒にお風呂入る?」

「きゅうきゅう!」

 小さな羽をパタパタさせて喜んでいます。


 そんなやりとりをする私達の様子を、レコス様はまるでとてつもなく不気味な物を見るような目で見てらっしゃいました。まあ、幼体とはいえドラゴン自体が珍しい存在ですし、ましてや呪縛によって飼育されているのを考えると、不審がられるのも無理はない事だと思います。

 私がつきっきりなせいもあってか、ステラはまだ私以外の人間には慣れていないようで、レコス様やラル様には近づこうとすらしません。ダミアさんが撫でた時も露骨に嫌そうな顔をしていたので、やはり私はこの子の為にもまだしばらく生きなければならないようです。


 とはいえ、やはり心にしこりは残っています。ラル様が持ってきた新聞には、私の名前と顔が捜索中の行方不明者として大々的に宣伝されていましたし、多額の賞金もかかっているようです。当然、それだけ家族には迷惑がかかっています。


 私はこれから一体どうすれば良いのでしょうか。このまま自分の役割を全う出来ず、情けなくとも皆様の好意に甘えて生活していくべきなのでしょうか。そんな不安が首をもたげ、私は思わずステラを強く抱きしめました。


「きゅう?」


 私の葛藤を察してか、ステラは慰めるような声で鳴きました。


「かなり仲良くなったみたいだね」

 顔をあげると、そこにダミアさんが立っていました。

 探偵のお仕事でこの街を離れていたので、会うのは1週間ぶりです。


「ダミアさん、おかえりなさい。お仕事は無事に終わりまりたか?」

「うーん、まあ半分って所かな」

 そう言って、さりげなくステラの頭を撫でようとしましたが、ステラは器用に首を動かして避けました。やっぱりまだ私以外の人には慣れていないようです。


「ちょっとお父さん借りるね」

 今日の祝福判定を終えたレコス様を連れて、ダミア様は外に出て行きました。何か私に聞かれたく無い話があるのでしょうか。詮索するのはいけない事ですが、少し気になるのも事実です。


 ちょうど良いタイミングなので、私はステラと一緒に湯浴みをしました。


 服を着替えて部屋に戻ると、今日の食事をラル様が運んできてくださっており、私はいつものように感謝しました。


「……あのさ、ちょっと良いか?」

 ラル様が、少し気まずそうに私に訪ねました。2人きりで話がしたいという意味でしょう。私は「もちろんです」と答えましたが、なかなかラル様は話を始めようとしません。

「えっと……出来れば、ステラを別の部屋に置いて欲しいんだけど」

 湯浴み中も食事中も相変わらず私にべったりのステラ。ラル様の要望なら是非答えたいのですが、ステラはぎゅっとしがみついて私を離してくれそうにありません。


「ステラはまだそんなに人間の言葉が分からないと思うので、大丈夫だと思いますよ」

 2人きりで話がしたいという事は、何か秘密にしたい事があるのでしょう。

 私の言葉にラル様は納得はしていませんでしたが、諦めたようにこんな前置きをしました。

「これはあくまでも知り合いの話なんだけど、リンテなりの考えが聞きたい。いいか?」


「ええ、私に答えられる事なら何でも」

 ラル様は一瞬ステラを見た後、意を決したように話を切り出します。


「その女の子は、ある事情で家族に見捨てられて、身寄りが無い。まあ、言ってみれば今のリンテに近い境遇だ」

「心細いでしょうね。気持ちは分かります」

「うん。でも、その女の子にはちょっと秘密があって……何て言ったら良いのかな。二重人格? その子が眠ってる時とか意識の無い時に、表に出てきて悪さをする奴がいて、要するにその子の中にもう1人の人間が入っているような状況なんだ。しかもそれがかなりの悪人」

 詳しくはありませんが、そういう方がいるのは何かの本で読んだ事があります。


「でも当然その子は裏の人格には気づいてない。悪い事をしている自覚はないし、実際その子が悪い訳ではないと思う。むしろ良い子だし。こういう場合ってさ、周囲の人間は裏の人格が存在する事をその子に伝えた方が良いと思うか?」


「きゅ」

 ステラが小さく鳴きました。じっとラル様の方を見ていますが、ラル様は続けます。


「最悪の場合、それを伝えるとその子は自分がしてきた事に気づいて自殺してしまうかもしれない。いや、ていうか多分するだろう。それを止める手段はないし、まあ……その前にバラした奴が殺されるかもしれない」

 ラル様はステラをじっと見ていました。ステラも視線を外しません。仲良くなってきたのかな?


 とにかく、ラル様の相談には真剣に答えたいです。私の答えが役に立つかは分かりませんが、ラル様が私を頼ってくれたのですから、偽りや誤魔化しではなく、正直かつ出来る限り丁寧に私なりの答えを返しましょう。


「その裏の人格という方と、どうにか仲良くはなれないのでしょうか?」

「……は?」

 反応からして、どうやら全く予想外の答えだったようです。


「いくら二重人格で、なおかつ悪い人だったとしても、きっとそうなった原因があるはずです。本人に伝えるのがまずいと言うのなら、周囲の人がその裏の人格と話し合った上でお互いに理解を深め、悪事をやめさせる事が出来ればそれが理想だと私は思います」


 ラル様はしばらく固まっていました。

 私はそんなにおかしな事を言ったでしょうか。ちょっと不安になったので詮索にならない範囲を探りつつ尋ねてみます。


「あの、その方がする悪い事というのは一体何なのでしょう? 差し支えなければ聞かせて頂けると助かるのですが」

「多分……世界征服、なのかな」

「きゅ」

「嘘。ごめん。何でもない。俺の話はあんまり気にしないでくれ」


 そう言うと、ラル様はそそくさと部屋から出ていきました。


 世の中には不思議な事がある物です。そのラル様の知り合いの方の身の上には同情してしまいますが、その方も、そしてその方の裏の人格の方も、どうか幸せであるように祈っておきましょう。

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