三人称「方針」
卵の異変に気づいた4人は、慌ててそれに布を被せて宿を出た。ドラゴンの幼体がどんな性質を持っているかは誰も知らなかったが、それゆえ他人に目撃されるのは危険だ。片付けはまだ途中で、人が住める状態ではなかったものの、レコスの隠れ家へと急いで移動してきた。
布を取ると、卵に入ったヒビは全体の半分ほどまでに広がっていた。
「……あのさ、生まれた瞬間いきなり俺達食べられるなんて事、無いよな?」
不安そうにラルが尋ねると、誰もそれを否定も肯定もしなかった。可能性としてはあり得るが、あり得る事を信じたくなかったからだ。
天辺が割れ、そこから紫の鱗に覆われた頭部が僅かに見えた。小さな鼻の穴は既に機能しているようで、ひくひくと動いている。
「何か用意した方が良いのでしょうか? お湯とか、タオルとか」
リンテが不安げにそう言うと、「一応そうしようか」と言ってダミアが取りに行った。
「くそっ……何でこんな事に……」
とレコスは呟く。巻き込まれたまま、仕方なくやれる事をしてきたが、本来は一銭にもならない仕事はしない主義だ。自分の命がかかっているとなれば話は別だったが、気分の良い物ではないのは確かだ。
卵が大きく揺れ、危うく倒れそうになった。ドラゴンが中で身体を捻ったのだろう。慌ててリンテが支えたが、仮に倒れても問題はなかった。既に生えている爪が卵の隙間から飛び出し、殻を弾ける程にドラゴンの肉体は出来上がっていたからだ。
「ラル、ちょっと来い」
レコスがラルを呼び出し、隣の部屋に行く。
「お前、これからどうするつもりだ?」
そう問われ、ラルは考えてみた。
呪縛で縛られているレコスとは違い、ラルは幸いな事に器数が0なので、リンテから離れても命の心配はない。かと言って、ここで逃げ出すのは目の前にいるレコスが許さないだろうし、山賊達も殺されてしまって行く宛も特に無い。
「リンテに付き合うよ。どうなるかは分からないけど」
「そんなのは当たり前だ。お前が俺を巻き込んだんだからな」
そう言われるのはラルも分かっていた。
「俺が聞いてるのは、どうやってリンテをここに留めておくか、だ」
レコスとしては、昨日のようにリンテが勝手に逃げ出すと非常にまずい事になる。ダミアの協力もあって捕まえる事が出来たが、それこそ自らのついた嘘のように、ドラゴンに乗って外国に逃げられたらいよいよ打てる手がない。この状況から脱出するには呪縛を移動させる先を探す必要もあり、四六時中リンテを見張っている訳にもいかない。何か足止めさせる手段が必要だ。
「でもさっきダミアさんが、これから生まれて来るドラゴンを人質にとってたじゃないか」
ダミアの機転により、王都に戻るというリンテの主張は1度退けられている。
「そんな物、いつ気が変わるか分からないだろう。ドラゴンなんてどうなろうがリンテにとっては関係ない」
だがそれは一時しのぎだとレコスは見ていた。
「いや……それは違うんじゃないか」ラルが反論する。「そこまで長い付き合いじゃないけど、リンテは多分自分のせいで誰かが死ぬのに耐えられないと思う。それが人間だろうがドラゴンだろうが」
「何故そう言える?」
「グレイスゾーンが、自分の正体を隠すからだ」
レコスにはラルの言いたい事が分かった。
グレイスゾーンは今、リンテの肉体の中におり、リンテ本人の意識がある間は表に出てこれないが、その口ぶりからしてリンテが見ている物や考えている事は把握している。そんな存在が自分の正体をリンテに明かさないという事は、それをするとリンテが自殺しかねないと分かっているのだ。そしてそれはレコスにとって非常に具合が悪い。
「……器数20なんて怪物、あと1万年待っても1人出るかどうかだろうからな」
「ああ、だから奴としては、何としでもリンテに死んでもらう訳にはいかない。自分の中に邪神がいる事に気づいたら、そうなる可能性が高いと判断してるんだ。リンテは……何というかその……度を越えて優しいから」
扉を僅かに開けて、レコスはリンテの様子を伺った。卵の前で両手を交差し、必死に祈っているリンテの姿が見えた。
「それにぶっちゃけた話、そもそも俺達に判断する権力は無くないか?」
ラルに核心を突かれ、レコスが頭を抱えた。
グレイスゾーンはレコスに呪縛をかけた時、「奴隷にする」とはっきり宣言した。その言葉が本気ならば、少なくとも命を握られている間は抗う手段は無い。
「ああ……そうだな。とにかく奴が次に起きるのを待つしかない、か」
「ラル様! レコス様!」
リンテに呼ばれ、2人は部屋に戻る。
卵が割れ、ドラゴンの半身が露出していた。リンテは恐る恐るではあるが手を差し伸べる。
相手はモンスターであり、本来なら危険を理由に止めるべきだとレコスは思ったが、目の前の光景があまりにも神々しく、出遅れた。
ドラゴンは生まれてすぐにリンテを認識しているようだった。
リンテの手に頬を擦りつけ、まだ飛ぶ機能はない小さな羽をパタパタと動かしている。
「なんて美しい生き物なのでしょう……」
リンテは感慨深げにそう言いながらドラゴンの身体を抱き起こす。
ドラゴンは目を細め、リンテの胸の中で完全にリラックスしているようだった。
丸めたしなやかな身体は、尻尾の先まで欠損が無く、完璧な個体だった。
「リンテ、名前はどうする?」
ラルが尋ねた。
「私が決めても良い物なのでしょうか」
「栄養を与えるのはお前の呪縛だし、親みたいな物じゃないか」
「確かに、それもそうかもしれません」
リンテは少し考え、言った。
「ステラ……というのはどうでしょう? 特に意味は無いんですが、何となく今思いついたので」
「あ、ああ。良いんじゃないか」
ステラと名づけられたドラゴンが、気持ち良さそうに頷いたように見えた。
「ステラ、これからよろしくね」




