リンテ視点「詭弁」
「……つまりだな、ザリクとドラゴンは外国に向けて旅立ったんだ。だからお前は助かった」
目覚めると私は宿屋にいて、時刻は夜になっていました。最後に覚えているのはザリク様から攻撃を受けた事。私はその瞬間に死を覚悟しましたが、こうして無傷のまま生きており、今はラル様に見守られながら、レコス様の説明を受けています。
「元々だな、ザリクは騎士としての仕事に嫌気が差していたんだ。何もかも投げ出して逃げ出したいと思っていた。ただ奴にはドラゴンがいたし、ドラゴンはその祝福を含めて国の物だ。捨てる訳にはいかなかった。かといって個人で連れて行く訳にも行かない。ここまで分かるか?」
「えっと、はい」
確かに、逃げ出したいと思う気持ちは分からなくはありません。王族の方というのはそれだけで大変でしょうし、色々なしがらみがあるのでしょう。ザリク様の性格を考えると意外な選択肢ではありましたが、理解が出来ない訳ではありません。
「その時、現れたのがお前だった。器数20を持つ呪縛専用の肉体は、ドラゴンの子供を預けるのには持ってこいだったという訳だ」
レコス様は『祝福判定』を行い、私の身体にかかった新たな呪縛を明らかにします。
リンテの呪縛
『ドラゴンブリーディング』 コスト:5
摂取する栄養の半分がドラゴンに移動する。
さっきからやけにお腹が減ると思っていました。
「で、これがお前に託されたドラゴンという訳だ」
レコス様が机の上に置かれた大きな卵を軽くつつきました。
「……つまり、私はそのドラゴンの卵を育てて、王家の方に生まれてきたドラゴンをお返しする必要がある、と?」
「ああ、その通りだ。やっと理解してくれたか」
同じ説明を3回程受けて、ようやくレコス様がほっとしていました。
しかしまだ腑に落ちない事はあります。
「あの、ザリク様はいなくなる前に、私の中にグレイスゾーンなる者がいると仰っていたのですが、あれはどういう意味だったのでしょうか?」
「……そんな事言ってたか?」
レコス様は私から目を逸らしながら、口を手で覆っていました。
「はい、確かに仰っていました。私がいるから出てこれない、というような事も」
「……くそっ……な事言いやがって……」
レコス様の声が小さくて聞き取れませんでした。私が「え?」と聞き直します。
「ここだけの話だ」
「はい」
「ザリクは心を病んでいた。王族としての期待から来るプレッシャーで、現実にはありもしない物が見えていたんだ。実はな、外国に逃げるようにアドバイスしたのは俺なんだ。これ以上この国で騎士をやっていると、心が壊れてしまうと思ってな」
「まあ……そうだったのですか」
確かに、思い返してみれば私に迫るザリク様の口調や表情は、正常時のそれとは違いました。王子が国外に逃げたとなれば、それなりに非難も起こると思いますが、レコス様のしたアドバイスは正しかったのではないでしょうか。
「つまり、グレイスゾーンなる者は、現実には存在しないザリク様の想像上の物なんですか?」
「ああ、そうだ」
「でもレコス様。あなたを疑う訳ではないのですが、以前私がラル様に助けて頂いた時、ラル様も私の中に何かがいると仰っていたんです。後から気が動転していたとラル様は説明されたんですが、何となくそれが引っかかっていまして……」
私がそう言うと、レコス様はラル様の方を向いてしばらく黙っていました。私の角度からはその表情が見えないのですが、ラル様は何やら焦っている様子でした。レコス様は向き直り、しばらく頭を抱えていました。
「あの……大丈夫ですか?」
私が尋ねると同時に、部屋の扉が開きました。片手にパンの沢山入ったバスケットを持った女性が入って来て、にこにこしながら私にパンを渡します。
「リンテちゃん、お腹減ったでしょ? パン買ってきたから食べて食べて」
「えっと……」
私が戸惑っていると、レコス様が言います。
「娘のダミアだ」
「この町で探偵やってるの。よろしくね」
私はダミアさんと握手を交わしました。焼きたてパンの美味しそうな匂いに、恥ずかしながら私のお腹が鳴りました。
「遠慮せずに食べなって。もう1人の身体じゃないんだから」
その表現はちょっとどうかと思いましたが、爽やかで楽しそうな方です。私はいただきますをして、パンを口に運びました。
「美味しい……」
お腹が減ってる事もあって、素直な感想が口から零れました。
「私の行きつけの店のパンだからね。スープに浸して食べても絶品なんだよ。ほら、もっと食べなって」
それからしばらくの間、私は食事を楽しみました。ダミアさんはこの町の事とか、レコス様が元貴族で、その家を追い出されている事などを面白おかしく話してくれて、私は久々に笑ってしまいました。
呪縛の影響からか、いつもの2倍の量を食べ終わり、一息ついた後で私は改めて自分の考えを述べました。
「いずれにしても、1度は王都に戻らなければなりません」
「待て」と、レコス様。「……何故だ?」
「ザリク様がドラゴンの卵をお預けになったのなら、その事を王家の誰かに伝えなければ。それに私の身体をもっときちんと調べてもらわなければなりません。それによってしばらく私が生かされるかどうかは、私の判断する事ではありませんが」
私は命を捧げる。この点に関して変更はありません。
「うーん、残念だけど、それが正しいかもね」
頭を抱えるレコス様とは対照的に、ダミアさんはやけにあっさりとしていました。
「ダミア、お前……分かってるのか?」
レコス様の問いに、ダミアさんは「分かってるよ」と返しました。
「この子が殺されるのは可哀想だけどね」
そう言うと、ダミアさんは優しく卵を撫でました。
「え?」と、私は聞き返します。
「そりゃそうでしょ。ドラゴンは紛れも無くモンスターだし、この子はザリクと旅立った個体とは別。って事は『ドラゴンコーリング』の祝福でコントロール出来ないし、殺すしかない」
「いや、それは……」
「外国に行ったザリクにだってすぐ追っ手が出る。本人はともかくドラゴンは返してもらわないといけないしね。まあ、リンテちゃんがしばらく黙っていたら、捕まらない所まで逃げられるかもしれないけれど、1日遅れならすぐに船で追いつくでしょ」
閉口する私に、ダミアさんは更に続けます。
「ついでに言えば、私達も裁かれるかもね。ザリクが逃げるのを黙って見送った訳だから。まあ、リンテちゃんがそれを望むなら仕方ない。ああ、死刑は痛そうで嫌だなぁ……」
「そ、それはあり得ません。私は決してあなた達の事を言いませんから」
「馬車の御者は? この宿の主人は? さっき食べたパン屋さんにも見られてるかも。全員口封じして回るつもり?」
「う……」
「もう全員とっくに巻き込まれてるんだよね。きつい言い方になるけどさ、リンテちゃん、ちょっと認識が甘いんじゃない?」
目を瞑り、自分の浅はかさを反省しました。
「私は……私はこれからどうしたら良いのでしょうか」
「まあ、まずは身を隠す事だよね。せっかく私も倉庫の片付け手伝ったしさ」
そしてまた人懐っこい笑顔で笑うダミアさん。
その時、卵にヒビが入りました。




