三人称「再誕」
「馬車を止めろ、ここで待っててくれ」
レコスが御者にそう言ってチップを渡し、3人は馬車を降りた。ドラゴンが地上に降りているのが遠目からも分かったからだ。迂闊に近づけば危険があるのは明らかで、まずはこっそり様子を伺う。
対峙する2人。一撃が放たれた後、ドラゴンは形を取り戻してザリクの隣に座った。
ザリクの攻撃を喰らったリンテは、その場で仰向けに倒れるかと思いきや、頭が地面に直撃する寸前で持ち堪え、不自然な体勢のまま逆回ししたように上半身を起こした。グレイスゾーンに入れ替わったのだ。
「久しぶりですわね。ミトラステラ」
名を呼ばれたドラゴンは恭しく頭を垂れ、目を瞑った。
「あら、どうしましたの? 言葉は?」
ドラゴンは答えず、ただ沈黙を守る。
隣で片膝をついていたザリクが立ち上がり、告げる。
「グレイスゾーン様、ドラゴンは祝福を持つ私としか言葉を交わせません」
「はぁ?」
「王家に代々伝わる『ドラゴンコーリング』の祝福は、このドラゴンを使役する為の物です。私が許可した時のみ、ドラゴンはその言葉を私のみに伝える事が出来ます」
ザリクは普段の不遜な振る舞いとは打って変わって丁寧に続ける。
「私はこのドラゴンから、あなた様の存在を伝え聞きました。祝福と呪縛を作り、人間に与えた神、グレイスゾーン様。呪縛の形に分割されて封印されたそうですが、今はこうして復活なされた。これからは再びあなた様の時代です。私はそのお手伝いがしたい」
「さっきもそれ言ってましたわね」
「ええ。私は王の血筋に生まれながら、器数が5しかありません。よって王の器ではないと判断され、騎士団への所属を命じられました」
「で、王家への復讐がしたいと?」
「その通りです。神であるグレイスゾーン様の命令を忠実に実行し、国を治められる人物は私を置いて他におりません。どうか、私を第一の部下に……!」
熱弁を振るうザリクに対し、グレイスゾーンの眼差しは冷ややかだった。
「なーんか……気に食わねえですわ」
「……え?」
「てめえの個人的な恨みをワタクシの力を使って晴らそうというその性根。一言で言えばクソでございますわ。私の事を尊敬していると言いつつ、私が中に入っているリンテを遠慮なく攻撃した所も腹立ちますし、何より引っかかるのはミトラステラの扱いですわ」
「……説明させて下さい。リンテを攻撃したのは、グレイスゾーン様が表に出てこれないようだと察したからであって、決して傷つけるのが目的ではありません。それに、王家への復讐は個人的な恨みなどではなく……」
「しゃらくせえわよ!」
グレイスゾーンが叫ぶ。同時に黒いもやがザリクに向かって伸びた。
「お話はミトラステラの方から伺いますわ」
「待っ……ちょっ……うあ……やめろ……!」
ザリクの呪縛
『ヌル』 コスト:5
何の効果もない。
上げた叫びは断末魔に近かったが、ザリクは死んでいなかった。だがグレイスゾーンに触れられた事により、『ドラゴンコーリング』の祝福は『ヌル』の呪縛へと書き換えられた。ザリクは倒れそうになる身体を何とか支え、息を切らしながら目の前の少女を睨んだ。
「くっ……貴様ぁ……」
「あら、それが本性ですの? やっぱりクソでしたわね」
『ドラゴンコーリング』が消滅した事により、不死のドラゴン、ミトラステラも解放された。
「グレイスゾーン様、この時をお待ちしておりました」
地に伏せたドラゴンの頭を、グレイスゾーンがそっと撫でる。
それに促されるように、ミトラステラは経緯を語った。
「あなたが封印された後も私は残って人間達と戦いましたが、その内限界がやってきました。私の肉体は消滅し、長らく曖昧な存在のまま漂いました。その内、ある人間が私の存在を捉える祝福に目覚め、私は仮初の実体を得る代償に代々その者の子孫への忠誠を誓いました」
「それがこの男ですか。さぞかし屈辱だった事でしょうね」
「ええ、ですが私はあなた様の復活を信じておりました。その時、こうしてすぐに駆けつけられるように、少しずつ少しずつ子孫達への教育を行ってきたのです。虚栄心があり、家族を裏切る恥知らずで、世界に不満を持つ者。要するにこの男のような者になるべく長く使われるように仕向けました」
無論、ミトラステラの言葉はザリクにも聞こえている。本人は目の前のやりとりが信じられないという表情で眺めていたが、既に神と竜は彼への興味をほとんど失っておりちらりとも見ない。
「なるほど。大体流れは理解しましたわ。流石は私の右腕ミトラステラですわね」
「お褒めに預かり光栄です」
「でもそうなると、少しばかり困った事になるわね」
ミトラステラの頭に触れていたリンテの手が空を切った。『ドラゴンコーリング』の祝福により人と竜の隷属関係は解消されたが、同時に実体を与えていた効果も消えている。つまりこのままではミトラステラはただの幻影であり、ザリクの使用していた時のように大きな力は発揮出来ない。
「必要なのは、肉体ですわね」
グレイスゾーンがちらりと横目でザリクを見た後、わざとらしく言う。
「あら! こんな所にちょうど良い肉が!」
「……は?」
ザリクは意味が分からず、口を半開きにしている。
「一応は王家の人間です。生かしておけばそれなりに利用価値があるかとは思います」
そう述べるミトラステラだったが、ザリクを助けようという意図は無い。ただ、主君の為に淡々と事実を述べる。
「でもお前がそのままなのが不憫で仕方ないのですわ。まあ、王族なんていくらでもいるでしょうし、肉体を得るとなるとそれなりに時間もかかりますから、ここはサクっと行きましょうか。それにこいつめっちゃムカつきますし」
「……え? いや、ちょっと……」
戸惑うザリクの頭の上から、ドラゴンの幻影が覆いかぶさる。
今度は断末魔を上げる暇もなく、ザリクの肉体は異形の物に変わっていった。
「一体何が起きてるんだ……」
そこにちょうど到着したのは、リンテを追ってきた3人。
ドラゴンは消え、ザリクの姿もなく、グレイスゾーンは何故か高笑いをしている。何か良くない事が起きているのだろうというのはレコスにも分かった。リンテは無事なようだが、不安が解消した訳ではない。
巨大な卵があった。
大人が両手でかろうじて持ち上げられそうな卵だった。
「あ、お前らちょうど良い所に来ましたわね」
グレイスゾーンが3人の存在に気づき、手で招く。
「これ、ワタクシの部下」
卵を指してそう言うグレイスゾーン。3人とも意味が分からなかったが、聞き返せる雰囲気でもない。
「おい司祭。リンテの生命力で育てるので、適当にこじつけをよろしく頼みますわ」
グレイスゾーンの宣言に、見る見る不安が膨らんでいくレコスだった。




