リンテ視点「宣告」
親切な御者さんが料金は後払いで良いと言ってくれたので、私は馬車に乗る事が出来ました。宿屋にラル様とレコス様宛の手紙を残し、王都に向けて出発です。棺桶無しでの馬車移動は久々で、窓から流れる景色を眺めるのは心地が良く、人生最期の思い出にはぴったりでした。
レコス様が信じられないという訳ではありません。研究に対する情熱や私に住む所を用意してくださった厚意は紛れもない本物だと思いますし、詳しい事情は聞けませんでしたが、かつてはさぞかし名のある司祭様だったのでしょう。
しかし、私には使命があるのです。
役立たずの私に呪縛を追わせる案は、私と婚約していた王太子レオルス様の提案であると聞きました。ダンジョンから戻った騎士様や冒険者様が呪縛を受け、苦しんでいる姿をご覧になられて、そのアイデアを思いつきになったそうです。
私はそれを嬉しく思います。
私の事などとっくにお忘れになっているかと思っていましたし、仮に覚えていても婚約を破棄する原因となった者の名前など、口に出したくもないはずです。更には呪縛の受け皿という重要な仕事まで任せてくださった。こんなに優しいお方は他にいません。
ですから私は、レコス様には申し訳ありませんが、まずはきちんとその期待に答えたいと思ったのです。王都に戻ったら、呪縛が消失した件については説明しますし、もし家族とレオルス様の許可が頂ければ、研究してくださっても構わないと思っています。ただ、黙って失踪する事だけは私が私自身を許せなくなります。それだけはしてはいけない事です。
町を出発して3時間程度が経過した頃、馬車が急に停まりました。座ったままうとうとしていた私は体勢を崩し、座席の上ではしたない格好になってしまいました。何が起きたのかと戸惑っていると扉が開けられ、そこにいたのレオルス様の兄であるザリク様でした。
ザリク様は私の姿を認めると、瞬時に馬車から出て片膝をつき、こう言いました。
「この時をお待ちしておりました。グレイスゾーン様」
何が何だか分かりません。グレイスゾーン……様? というお名前も初めて耳にしましたし、一応ザリク様とは王城にお邪魔した際に面識がありますから、間違われるはずが無いと思うのですが、しかしこの3年は会っていなかったので、人違いという可能性はあります。
私は慌てて姿勢を正し、答えました。
「私はリンテ・グレイシアです。お忘れかもしれませんが、過去にお会いした事があります」
ザリク様は立ち上がり、じっと私を見つめました。その気まずさに耐えきれず私は自分の方から状況を説明しました。
「呪縛を頂き、港町ポラストに運ばれる途中で色々とあって1人になりました。今は一旦王都に戻ろうとしていた所です。馬車に乗って」
ご迷惑をかけるのはまずいので、あえてラル様の事などは伏せました。
ザリク様は私の言葉を聞いてから、御者さんの方を向きました。
「……なるほど。おおよそ理解しました」
すると私に手を差し伸べます。エスコートされるのも久々で、そのジェスチャーが何なのか一瞬思い出せなかったのは恥ずかしい事ですが、私は手をザリク様の手に載せました。そして優しく引かれ、足元に気をつけながら馬車を降ります。
最初に目に入ったのは巨大なドラゴンです。長いマズルと凛々しい目をしたお顔に、筋肉質な太くてでっぷりとした下半身。全身が赤と青を帯びたまま透けており、その美しさは以前に見た時と変わらずでした。
「ドラゴンに乗って来られたのですね」
「……ええ、そうです」
ザリク様はそう答えると、おそらくドラゴンを初めて見たのであろう御者さんの方に近づいていきました。
「ここまでご苦労」
ザリク様はそう言って、腰から剣を抜き一瞬の内に御者さんの首を落としました。
「……え?」
目の前で何が起こったのか分からず、私はその場に立ち尽くします。ザリク様が、労いの言葉をかけた後、何の罪もない平民を殺した。目の前で起きた事実はそれでしかないのですが、そんな事あるはずが無いと、私の頭が拒否しているのです。御者さんの身体は支えを失ってゆっくりと倒れ、真っ赤な血が地面に溢れ出しました。
「これで邪魔者はいなくなりました。リンテのフリをする演技をしなくても問題ないかと思われます」
「演技……?」
ザリク様の仰っている事がさっぱり分かりません。グレイスゾーンという名は間違えて言った訳ではなく、私がそうだとザリク様は確信しておられるようなのです。私が本当はそのグレイスゾーンという人物であり、リンテを偽っていると、そう思っているようなのです。
ですがそんな事よりも私は、たった今目の前で殺された御者さんの事が気になって仕方ありませんでした。横目で見ると、完全に首と胴体が離れています。こうなってしまっては、どんな祝福があろうと元に戻す事は出来ません。
「惨い……何という事を……」
私がそう言うと、ザリク様は血に塗れた剣を鞘に収めながら、首を傾げました。
「演技はもう必要ありませんよ。グレイスゾーン様」
そして爽やかに微笑みながら、こう続けます。
「私はこの時を待っていたのです。祝福と呪縛の神、グレイスゾーン様。封印の経緯はこのドラゴンから全て聞いております。私は、あなたに忠誠を誓う為にここまでやってきました。ですから、完全に復活した暁には、私にこの国を任せて頂きたいと、そう考えています」
訳の分からない事を言うザリク様に、私ははっきりと申し上げます。
「ザリク様、あなたは人違いをされています。私はグレイスゾーンなどという名前ではありませんし、演技などもしておりません。そしてあなたが今行った行為は、王都に戻り次第すぐに報告させて頂きます。優しいレオルス様ならば決してあなたを許しはしないはずです!」
身体が熱くなっているのが分かります。これが怒りという物なのでしょうか。思わず私は過去にない程強い口調になってしまいました。
ザリク様は心底不可解そうな様子で、ドラゴンを見上げました。ドラゴンは頭をゆっくりと動かし、ザリク様の隣に持ってきます。そして私からは聞こえないくらいの小さな声で、何か言葉を交わしているようでした。
「……なるほど。その娘が邪魔で出てこれないんですね?」
それは質問の形を取っていましたが、決して私に向けられた物ではありませんでした。
「おいリンテ」
ザリク様がようやく私の名を呼びました。
「お前を壊す前に教えておいてやる。レオルスはお前の事なんざ気にかけちゃいない」
「そんな事……分かっています」
「むしろお前の祝福アレルギーが発覚して1番喜んでいたのはあいつだ。何故かって? 女が選び放題になるからな。器数20の女が妻にいたら側室を作るも許されないと以前に嘆いていたのを聞いた事がある」
「……」
物心つく前から、私はレオルス様と結婚するのだと言い聞かされてきました。
レオルス様にとってそれは、重荷でしかなかったのでしょうか。
「じゃ、そこどいてもらうぞ」
ドラゴンの姿が瞬時に消え、ザリク様の右手に光が集まります。
私は咄嗟に身構えましたが、もしザリク様が本気なら私に抗う術はありません。
こんな最期は予想外でしたが、死の覚悟自体は出来ていました。私はそれを受け入れます。
やがてザリク様の右手からドラゴンの形をした物が放たれました。それは私の身体を貫通し、私の意識は遥か後方へと吹き飛んで行ったのです。




