三人称「着陸」
元山賊見習いのラル、もぐりの司祭レコス、その娘で探偵のダミア。
3人を乗せた馬車は街道を西に走っていた。相場の2倍の金を払って依頼し、御者の持つ『馬術』の祝福を使って馬を急がせる。世の中は祝福スキルありきで回っている。
「でもさお父さん、仮にリンテちゃんを無事に保護出来たとしても、それからどうするつもりなの?」
ダミアの鋭くも素朴な質問に、レコスはやや鬱陶しそうに答える。
「……呪縛を解くあてが見つかるまではリンテを近くに置く他あるまい」
「それって一緒に暮らすって事? 中に邪神がいる子と?」
「俺だって死にたくはないからな。それしかないだろう。それに邪神と上手く交渉すれば奴本人に呪縛を解いてもらえるかもしれない」
「えー、そんな上手く行くかな。話に聞く限りだと邪神さん相当クレイジーみたいだけど」
レコスは不機嫌そうに黙る。ダミアの見解に対して反論する根拠が全く無かったからだ。
そんな父に気遣う事なく、ダミアは平気で続ける。
「そもそもさ、リンテちゃん自身が死にたがっているんだったら、止めようがなくない? 縄か何かで縛って1日中倉庫にでも置いておく気なの?」
「そんな事出来るはずがないだろう」
「でしょう? じゃあまず、どうやってリンテちゃんに生きてもらうのさ」
3人が沈黙する。車輪が道を噛んでいく音だけがしばらく車内に響いた。
「……多分、リンテは誰かの役に立ちたいんだと思う」
ぽつりと零すようにラルが呟く。
「とにかく家族の期待を裏切った事を悔いてたし、呪縛を受けるのも自分が役に立てる方法がそれしかないからだと思いこんでるからだ。本当はそうじゃなくて、生きているだけでも良いって事を教えてあげないといけないんだけど……」
ダミアは「おおー」と言いながらラルの肩をぽんぽんと叩いた。
「少年、山賊の割には意外と良い事言うね」
からかわれていると感じたラルは、ダミアから目を逸らして外を見た。だがレコスの意見は少しシビアだった。
「……そんな事は分かっている。だから『研究』させてくれと嘘をついて頼んだ。無駄だったが」
「リンテちゃんに信じてもらえなかったんじゃない? お父さん、見た目うさんくさいし」
「何だと? どこがうさんくさいんだ」
「あ、自覚無かったんだ」
親子が遠慮のない会話を交わしている一方で、ラルは馬車の窓から景色を眺めていた。漠然とリンテの事を考えてはいるが、答えが出る訳ではない。あの頑固な死にたがりに生きる希望を抱かせる事は、呪縛を解く事よりも難しいように思えた。
「……ん?」
その時、馬車の下を流れる地面に影が横切った。鳥にしては大きすぎるし、形も妙だ。そう思ったラルは、窓から身を乗り出して上を向いた。
「な……!」
ラルが絶句したのも無理はない。
空を飛んでいたのは、紛うことなきドラゴンの姿だった。本来なら、ダンジョンの奥深くにしか生息しないモンスターであり、地上に現れる事など滅多にない。事実、ラルも実際に見たのは初めてだった。
「え……何あれ? 誰か乗ってない?」
ラルの頭の上に頭を乗っけたダミアが指摘した通り、背中には鎧を着た騎士が乗っている。
反対側の窓からレコスが見て、その正体に気づく。
「あの祝福は間違いなくザリクだ。奴は確か騎士団の中でもダンジョン関連の仕事をしていた。方向からしても狙いはおそらく……リンテの回収だ」
「それってまずくない?」
「まずいに決まってる」
3人は首を引っ込めた後、沈黙。
「……えっと、戦いとなると私は専門外なんだけど」
ダミアがレコスの顔を覗き込む。
レコスは『福音』の祝福を自前で持っており、なおかつ器数も5と多いので、いざとなったら戦闘の役に立つ祝福を上書きして命を守るという事が出来た。ただし今はグレイスゾーンのせいで『福音』が呪縛化しており、祝福の上書きが出来ない。つまり戦闘能力はゼロに等しい。
「ラル君は? 何か戦いに使える祝福ある?」
急に名前を呼ばれ、硬直するラルにレコスが助け舟を出してそのまま轢いた。
「無い。そいつは器数0の無能だ」
「お父さん言い方酷いよー気をつけて。でも困ったね、どうしようか」
レコスは考えを纏めつつ答える。
「リンテが気絶せずに捕縛されて連行された場合、間違いなく幽閉される。そうなれば後からグレイスゾーンが発現しても脱出は難しいだろう。あるいは何かの拍子にリンテが気を失ってくれれば、グレイスゾーンが発現する。そうなればザリクの『ドラゴンコーリング』が相手でも逃げるくらいは出来るかもしれない」
「ザリクってそんな強いの?」と、ダミア。
「というより『ドラゴンコーリング』が強い。王族のみが継承出来る祝福だからな」
そんな会話をしている間に、空を飛ぶドラゴンの姿は見えなくなった。
「とにかく……今はリンテに追いつくしかない」
レコスは半ば諦めたような語調でそう言った。
数分後、馬車の前にドラゴンが着陸した。
御者が慌てて馬車を止める。ドラゴンの背から降りてきたザリクは、御者には一瞥もくれずに馬車の扉を開いた。
中にはリンテがいた。
急に馬車が止まったせいで席の上でひっくり返って間抜けな格好になっているが、ザリクはリンテの前で片膝をつき敬意を込めた視線を向けた。
「この時をお待ちしておりました。グレイスゾーン様」




