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リンテ視点「研究」

 私に気を使ってくださったのか、ラル様に用意して頂いた部屋は2つのベッドの真ん中に仕切りがあり、お湯の出る浴室までついていました。鏡の前で髪に櫛を入れる事も出来ましたし、宿屋の方に替えの下着も頂きました。

 ラル様はとても紳士な方で、決して私の方を覗こうとはせずに出来るだけ部屋を開けてくださいました。教会で呪縛を受ける時など、相手にやましい気持ちが無い事は分かっていても司祭様に裸を見られるのは抵抗がありましたし、視線も気になっていたので、やっぱりラル様は良い人です。


 そのおかげで、きちんと支度をした状態で、例の「もぐりの司祭」様を出迎える事が出来ました。

「リンテ・グレイシアです。本日はわざわざお越し頂きありがとうございます」


 顔を上げると、司祭様はじっと私を見つめていました。あまり聖職者の方らしくないラフな格好で、一瞬人違いかなと思いました。落ち着いた雰囲気で、悪い事をするようには見えませんが、確かに少し陰のあるおじさまです。


「……俺の名前はレコスだ。この町で司祭をやってる」

「レコス様、素敵なお名前ですね。本日はよろしくお願いします」

 再び私は頭を下げます。


「……本当に何も覚えてないのか」

 ぽつりとレコス様がそう仰いました。私は不思議に思い、「どこかでお会いした事がありますでしょうか?」と尋ねましたが、レコス様は首を横に振りました。


「まあいい。とにかく、まずは『祝福判定』をさせてもらうぞ」

 そう言って、レコス様は私の頭に手をかざしました。「目を瞑れ」という指示に従います。


 少し間があきました。

「開けていい」私は瞼を開きます。「お前の中の呪縛が3つ消えている」


 覚悟していた事ではありましたが、実際に聞くとそれなりにショックでした。

「そうですか……しかし、1度かかった呪縛が勝手に消えてしまうなんて事、あり得るのでしょうか?」

「いや、無い。大変珍しい現象だろう」


 私自身も聞いた事ありませんし、司祭様が仰るのであれば間違いないでしょう。

 しかしこれで私の目的地は変わりました。このままポラストに行くのではなく、1度王都に戻って事情を説明し、新たな呪縛を受けなくてはなりません。そう考えていると、レコス様は一呼吸置いた後言いました。


「是非、研究したい」

「え?」

「呪縛が消える現象の原因を突き止めたい。しばらくこの町に滞在してくれないか?」

「ええっと……」

 レコス様の思いも寄らぬ提案に、私は少し困ってしまいました。


「原因が分かれば、呪縛を消す祝福を発現させる事が出来るかもしれない。そうすれば、罪人に呪縛をかけて沈める今の非人道的なやり方を変える事が可能になる。つまり呪縛に苦しむ者を多く救えるという事だ」

 そう語るレコス様の表情は真剣でした。まだ会って何分も経っていないですが、素晴らしいお人柄なのは分かりましたし、言っている事はごもっともです。


「ですが、私には呪縛を抱いて死ななければならないという使命が……」

「お前に死なれちゃ困るんだ!」

 レコス様が急に声を張り上げたので、私はビクっとしてしまいました。

「す、すまん」レコス様は少し慌てた様子で「いや、本当に珍しい現象なんだ。私はかつて教会所属の司祭として呪縛の研究をしていた事もある。だから頼む。研究をさせてくれ」


 それからレコス様は私の両肩を掴み、熱弁し始めました。

 新たな祝福の発現がいかに重要な物か。呪縛がいかに厄介な物か。


 いくら世間知らずの私でも、彼が嘘をついていない事くらい分かります。

 しかしだからこそ、レコス様の提案を軽はずみに了承するのはよくありません。呪縛の研究というのがどのくらいかかるかは分かりませんが、現状私はおそらく失踪した事になっています。街道でたまたま遭遇した騎士様達から生存している事は報告が行っているとは思いますが、このままポラストにも王都にも戻らずに何日も経過すれば、それなりの問題になります。まだ私が呪縛を抱えていると思われているはずですから。


 レコス様に良い返事が出来ないまま私が考え込んでいると、隣で見ていたラル様が言いました。

「なあ、リンテは家族の役に立ちたいんだろ? だったら、レコスの言う通りにして、研究の役に立てば、家族もお前の事を認めてくれるんじゃないか?」


 それを聞いた瞬間、私の中に何かが芽生えました。

 今までは、期待を裏切った事に対する謝罪の気持ちがいっぱいで、呪縛を抱えて死ぬ事によってその贖罪が果たせる。それだけが私の希望でした。しかしレコス様の仰る通りになれば、家族は再び私に価値を見出してくれるかもしれません。

 芽生えた物。それは別の形をした希望でした。


 私はレコス様の手を両手で握り、心を込めて、こう言いました。

「あなたは私に希望をくださいました。ありがとうございます」


「……ああ、分かってくれたなら何よりだ」

 レコス様は立ち上がり、ラル様に向かって言います。

「そうと決まったらこの宿は引き払うぞ。この町に俺が隠れ家兼倉庫に使っている家があるから、2人共しばらくそこで暮らせ。騎士共に見つかると説明が厄介だからな。ラル、お前片付け手伝え」

「何で俺が?」

 レコス様はラル様を睨みつけ、先程より低い声でこう言いました。

「『この件』に俺を巻き込んだのはお前だ。それに少し話もある。『奴』についてな」

「あ、ああ。分かった。手伝うよ」

「リンテはしばらくここで待っていてくれ。隠れ家の準備が出来そうになったらラルが呼びに来る」

「……はい、分かりました」


 私は生まれて初めて嘘をつきました。

 言い訳をするようですが、本当の事を言うのが心苦しかったのです。


 確かに、レコス様は私に希望をくださいました。しかし、私にとってのそれはもったいない物です。

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