三人称「邪神」
刻一刻と増えていく死体の前で、ラルは「比較的」冷静だった。
何との比較かと言えば、リンテに蹂躙されていく騎士達と比べてであったし、山賊達の惨殺された1度目と比べてでもあった。あるいは、まだリンテの中に存在する者の正体を知らない世界中の全員と比べて。
「ぎゃははははは! 美味え! こいつは美味えですわーーー!」
騎士達が手持ちの祝福スキルを駆使して立ち向かう一方で、リンテから出た黒いもやは自由自在に動き回って騎士達を蹂躙していた。その戦力差は明らかだが、騎士達にもプライドという物がある。相手は罪人のような扱いを受けている小娘であり、逃げて生き残れば恥になる。その判断が致命的だった。
一方、ラルは観察していた。自身の安全が絶対に確保されている訳ではないが、殺す意味が無いとは確かに言われた。だから少しだけ余裕があった。
リンテから出る黒いもやは、騎士達の身体を貫いてその中から白く光る「何か」を奪っている。良く見ると、もやが身体に侵入した段階では破壊は起きず、中から出る「何か」を引っ張り出す際に、それに釣られるようにして傷が発生し、血が出ている。
引っ張り出された白い光は、少しの間の後で黒く変わって、もやに取り込まれている。これが「あいつ」にとっての捕食であり、目的である事は間違いない。
騎士達の突き出す槍の切っ先はリンテの身体に届く前にもやに捕らえられてへし折られていた。これはもやが見た目こそ不定形であるが、実体を持っている事を意味している。実体があるなら押さえ込む事も出来るはず。だがそれはもっと多くで取り囲めばの話だ。騎士6人ごときでは全く対抗出来ていない事が分かる。
リンテが『強制睡眠』を受けてから僅か2分。
5人が既に死に、1人が今まさに殺されそうになっている。
既に酷い状況だし、取り返しがつかないかもしれないとは思ったがラルは大声で叫んだ。
「殺すな! お前が死ぬぞ!」
それはラルにとって一生分の勇気を振り絞った一言だった。
「……あぁ?」
もやが捕まえていた騎士を地面に落とし、リンテの身体を使ってラルの方に向かってきた。歩いてはいるが不自然で、それはさながら不格好なあやつり人形のように足を操作されている感じだった。
「おいてめえ、わたくしに向かって何ておっしゃったの?」
今度こそ殺される。ラルはそう思ったが、失ったとて惜しくはない人生だと考え直した。
「これ以上騎士が死ねば、確実に追手が来るぞ。こいつらはただの捜索隊だが、次に来るのは討伐隊だ」
「んなこたあ分かってますし望む所ですわ。ワタクシがこんなゴミ共に負けるとでも思ってますの?」
「あんた、まだリンテの身体をきちんと操れていないんだろ?」
ラルは既に、目の前にいるのがリンテだとは思っていない。その向こう側にいる正体不明の誰かに話しかけている。
「それに、リンテに意識がある内は外に出てこれない中途半端な状態だ。もしリンテが起きている間に、騎士達がリンテを殺しに来たらどうするんだ? リンテが死んだらお前は困るんじゃないのか?」
もやがぞわぞわと広がり、その中に僅かな赤が混じり始めていた。怒っている。それはラルにも分かったが、今更後ろには引き下がれなかった。
「……ほう。雑魚の癖に意外と真っ当な事を言いますわね」
リンテが不自然な体勢で後ろを向き、騎士の1人を掴んだ。そして再び黒いもやが伸びて、騎士の胸の中に侵入した。ラルは思った。こんな化け物を説得するなんて、土台無理な話だったかと。だが違った。
「面倒くせえですわあ〜」
リンテはそう言いながら、しばらく騎士の胸に手を置いていた。数十秒かかって、解放された騎士の目は虚ろで、口の端からぶくぶくと泡を吹いていた。
騎士Fの呪縛
『記憶封印』 コスト:3
この呪縛を受けた前後1日の記憶が喪失する。呪縛が無くなっても戻らない。
「おいクズ。さっさと帰れですわ」
リンテがそう言うと、騎士は意思の篭っていない目で剣を拾うと、それを腰に納めてふらふらと歩き出した。乗ってきた馬さえもまるで認識していない様子だった。
「あ、あの騎士に何をしたんだ?」
ラルが尋ねると、リンテが答える。
「奴の中にある祝福だけ吸い取って、代わりに呪縛をくれてやったのですわ。殺してもないし足もつかない。これなら問題解決でしょう?」
祝福を吸い取り呪縛をくれてやる。そんな事が出来るなんて聞いた事がない。ラルは思ったが、それを言い出せばそもそもリンテの中にいる存在自体にも説明がつかない。
「お前、なかなか役に立ちそうですわ。引き続きワタクシが眠っている間はとにかくリンテを守ってくださる?」
「いやちょっと待ってくれ。お前は一体……何者なんだ?」
「あ? お気づきになって無かったんですの?」
ラルは息を飲み込む。
「わたくしはグレイスゾーン。全ての祝福と呪縛の生みの親ですわ」
「グレイス……ゾーン?」
「様をつけなさいこの腐れ下民が」
ラルの口から思わず本音が溢れた。
「えっと……誰?」
「はぁ!?」
グレイスゾーンと名乗った怪物は、若干焦りつつ続ける。
「いやだから、お前ら人間に器数を開けて祝福と呪縛を作った存在ですわ」
「それってつまり……神様って事か?」
「そう! 愚民にしては良い表現ですわね。ワタクシは神。あっはっはっはっは!」
爆笑する自称神に疑いの目を向けるラル。貴族のようにきちんと教育を受けた訳ではないが、祝福の由来に関しては教会が熱心に説いているのを見た事があった。だが目の前にいるのは余りにも司祭の説明とはかけ離れていたからだ。
「それで、その神様が何でリンテの身体の中に?」
ラルの質問を聞いて、グレイスゾーンはまたも不機嫌になった。
「せっかく力をくれてやった人間に土壇場で裏切られましたの。でも人間ごときにワタクシを完全に殺す事など出来ませんから、苦肉の策として4つの呪縛に分けて地中奥深くに埋めたみたいね。その内2つがたまたまリンテの中で揃ったから、こうしてまた食事をする事が可能になったのですわ」
4つの呪縛に分けて封じ込まれた神。それが事実だとするならば、神と言うよりは……。
「邪神じゃないか……」
ラルがぽつりと言ったのを、グレイスゾーンは聞き逃さなかった。
「邪神! 良い響きですわね。気に入ったわ。あっはっはっはっは!」
上機嫌になる邪神を前に、ラルの中では自分がとんでもない事に巻き込まれているのではないかという不安がふつふつと湧き上がっていた。




