三人称「捕食」
ラルは自身の人生が失敗するという事を5歳の頃には理解していた。
この世界において、器数は人間の価値を測る絶対的な基準である。
1人の人間が一生をかけて努力してようやく身につけられるような技術や、人智を超えた不思議な力を、教会でたった数分祈るだけで身につけられるのだからそれも当たり前の事だ。平民の中でも、器数1と2では大きな差があり、1ではどんな職につこうが出世など到底見込めないと思われている。それでも自分に合った祝福を選び、真面目に仕事をこなしていれば食いっぱぐれる事はない。それが平民にとっては最低限の希望だった。
しかしながら例外は存在する。器数20を持ちながら祝福アレルギーに生まれついたリンテよりは珍しくはないが、ごく稀に誕生するのだ。器数0の子供が。
ラルがまさしくそうだった。
平民ではあるが、両親共に器数は2であり、運が良ければ器数3の子が生まれるかもしれないと期待されていた。だからこそ失望も大きく、更に追い討ちをかけるように、ラルの母親はラルが3歳の頃に流行り病で死亡した。父親は後妻をもらい、その間に生まれた子の器数は2だった。
多くの家庭がそうであるように、器数の低い子供は何かと器数の高い子供よりも後まわしにされる。ましてや器数0で、義母との関係も悪かったラルにとって家は居心地の悪い場所だった。結局、12歳で家を出て放浪者になったラルを探す者は誰もいなかった。
それから1年の間、生きる為に盗みを働いたり、乞食の真似事をしたり、真面目に働いたりもしたが、結局行き着いたのは山賊の片棒を担ぐ事だった。そこですら器数0である事で役立たず扱いされていたが、まともに生きる事をとっくに諦めていたラルにとっては、家よりは居心地の良い場所だった。
ラルは恨んでいた。自身の運命や、器数で全てが決まる世界。貴族と平民の差、金、家族、土地、名声、安らぎ。ありとあらゆる自分には手の届かない物達。全てに失望していたし、揺るぎない諦観がそこにあった。
突然、訳の分からない物が棺桶の中から現れた。
それは美しい少女の形をしていた。
ラルは思った。
どんなに完璧に見えるであれ、いずれはこの世の悪意によって汚される。今がまさにそうだ。
綺麗な顔立ちをしたこの少女も、山賊達の手によって間違いなくそうなる。この世界はそういう風に出来ているのだ。
だが違った。少女は染まり難い漆黒を内に秘めていた。
何が起きたのか、少女の中にいる正体が何なのかはラルにもまだ分かっていない。
あるいは聖人君子のような振る舞いも、少女の演技なのかもしれないという疑いがある。
家を出た時と同じように、この場から逃げ出す事も考えた。だが、水を汲んでくると言ったラルに対して、少女はまるで疑う素振りを見せなかった。ラルの中で違和感が芽生えつつあった。
少女の名はリンテ。自分よりも不幸な人間の存在をラルは初めて知った。
ラルが川で水を汲んで戻ると、事態は急変していた。
騎士だ。騎士は貴族しかなれない。という事は最低でも器数は3以上であり、それが6人いる。
リンテが捕らえられている。いや、保護されていると見た方が正しいかもしれない。
次の瞬間、ラルは逃げ出した。ラル自身は山賊達を仲間だとは思っていなかったが、片棒を担ぐ事によって食わしてもらっていたのは事実だった。それを騎士達にどう解釈されるかは火を見るより明らかだった。
呆気なく捕まった。速く走れる祝福を持っていれば、馬相手でも逃げ切れたかもしれないが、器数0のラルにとってはあり得ない話だった。死刑が宣告され、ラルは思った。
ああ、ようやくこのロクでもない人生が終わるのだ、と。
「絶対に駄目です!!」
リンテが大声で叫んだ。
先程まで行儀良く、大人しかった少女の豹変に、騎士達はやや狼狽えていた。
「ラル様は私を助けてくださったのです。死刑になんて、なって良いはずがありません!」
「だが山賊に協力したのは事実だ。そして君を守る為に2人の騎士が死んだ」
「そ、それはそうですが……でも!」
「もういい。その世間知らずのお嬢様を黙らせておけ」
隊長格の男がそう言うと、リンテの側に立っていた男が動いた。
騎士Bの祝福
『強制睡眠』 コスト:2
片手を対象の両眼の前に5秒以上置く事で対象を眠らせる事が出来る。
がくっとリンテの姿勢が崩れ、騎士がそれを支えた。
「よし、こいつら2人を連れてさっさと戻るぞ」
すると、声が聞こえた。
「……少しは食い出のある奴らがきましたわね」
一瞬、誰にもその発言主は分からなかった。
だがその声は確実に、今眠りに落ちたばかりの少女だった。
全員がリンテを見る。リンテはゆっくりと顔を上げ、同時に黒いもやが上半身から吹き出た。
「な、何だこいつは!」
「下がれ! 呪縛の一瞬かもしれん! 距離を取るんだ!」
「馬鹿共の割には器数3か4って所かしら。盗賊よりは美味そうだわ」
リンテの全身には力が入っているように見えなかった。目もうっすらとしか開いていない、腹話術の人形のようにぱくぱくと口だけが動いている。それは実に奇妙な光景だったが、これで3度目となるラルだけは若干心に余裕があった。
「じゃ、遠慮なくいただきますわ」
黒もやが伸び、1人の騎士の身体を貫いた。




