三人称「飛龍」
港町ポラストに生きる市民の内、実に90%が何らかの形で海に関わった仕事についているという統計がある。巨大な造船所の作業員であったり、商船を操る船乗りであったり、海路を使っての交易を取り仕切る商人であったり、近海で魚を撮る漁師であったり。残りの10%は娼婦か用心棒で、どちらも荒っぽい海の男達を制するだけの実力の持ち主達である。
そんなポラストの港で、1隻の船が今か今かと船出の時を待っていた、海軍保有の船であり、商売を行う訳でも無ければ漁を行う訳でもなく、海戦を行う為の船ではない。その船が行うのは、罪人の「死刑執行」だった。
船室にて、2人の男が対峙していた。
「陸軍の連中は何をやっとるんだ!?」
たっぷりと髭を蓄えた色黒な中年、船長のドロフがそう怒鳴って机を叩く。早朝の内に船出の準備を済ませていたのに、肝心の罪人がまだ街に到着していないのだ。
「近くの街に応援を呼んで捜索に当たらせていますが、見つかりませんね」
冷静に答えたのは、眼鏡をかけた長身の騎士。年は20代前半で、輝くような金髪に傷一つない鎧を纏っている。
「見失ったのか? 器数20もの呪縛を抱えた女を? お前らの管理は一体どうなってやがる」
「お言葉ですがねドロフさん。護衛と言うのはただ人数を増やせば良いという物ではないのです。今回の場合は先方の希望もあって、少人数で秘密裏に護送が行われていたんです」
「先方の希望だあ?」
「ええ、貴族同士は色々とあるんですよ」
「けっ。そうかい」
リンテの失踪はまだ大事にはなっていない。だが、ドロフの言う通り呪縛は非常に危険な物だ。ダンジョンから見つかった呪縛に苦しむ冒険者は後を絶たず、現在はそれを背負わせる罪人が足りていない状況にある。
特にコスト5の『正体不明』2つに関しては、引き受けられる罪人などおらず、冒険者にとってリンテは唯一の希望だった。それを失ったとなれば、確実に混乱が起きる。
「生きてさえいれば、捕らえますよ。確実にね」
男はそう呟くと、甲板に出た。そして自身の祝福スキルを発動する。
ザリクの祝福
『ドラゴンコーリング』 コスト:5
実体を持つドラゴンの精霊を召喚し、自由に使役する。
青と赤に煌くドラゴンが現出し、船の上ギリギリを横切る。次の瞬間にはその背中にザリクを乗せており、あっという間に空高く上昇していった。
一方、夜の明けた山賊のアジト付近で、その日3度目の小さな悲鳴が山の中に響いた。
「きゃあ!」
山を下りる道中、道の凹凸や木の根に足を取られて、リンテがよく転ぶのだ。そこまで険しい山道ではないし、ふもとまでの距離も大した事ない。山賊達なら戦利品を持って一気に駆け上がる事も出来るくらいだったが、温室育ちの上、実の家族から3年間も監禁されていたリンテにとっては、下りの斜面を歩くのは非常に困難な事だった。
どんくさい奴だ、とラルは内心思っていたが、決して口には出さなかった。リンテの中にいる何かを怒らせたくなかったからだ。
「もう少しでふもとだから。さっきも言ったけど、俺の歩いた所だけ歩いてれば転ばないはずだ」
「は、はい。ご迷惑をおかけしてすいません。……ひゃっ!」
リンテがまた転び、ラルは頭を抱えた。
いつもの3倍以上の時間をかけて街道まで出ると、既に日は真上まで昇っていた。リンテは息も絶え絶えと言う様子で、仕方なく近くにあった適当な石に腰掛けて体力の回復を待つ。
「……あのさ、本当に港に向かうのか?」
ラルはリンテと一定の距離を保ちつつそう尋ねた。リンテは、呼吸を整えつつも、しっかり「はい」と答える。
「それが私に与えられた使命であり、唯一出来る事です」
ラルはぽりぽりと頭をかいて、昨日言われた事を思い出す。
とにかく死にたがっているリンテを、生かす方向に誘導しろ、と。出来なければ殺すと脅された。実際、リンテの中にいる『あいつ』にとって、自分を殺す事など容易い事だろうとは思った。だからこそ今もこうして逃げられずにリンテの面倒を見ているのだ。
「でもさ、あんたが死ななければ呪縛が解き放たれる事はないんだろ? だったらわざわざ死に急がなくても、どっかの田舎でひっそり暮らして、寿命が近くなったら海の底に沈むってんでも良いんじゃないか?」
ラルの提案に、リンテは優しく首を振る。
「いえ、それは出来ないのです。私には『死する運命』という呪縛がかかっています。これは余命を3ヶ月とするものなので、その時が来れば死ぬのです。もしもこんな道端で死んでしまうと、通りがかった人に呪縛が降りかかります。それだけは避けねばなりません」
複雑な表情をするラル。リンテの中にいる奴が一体何なのか、ラルには分かるはずもなかったが、重要な呪縛の情報を知らないはずがないような気もした。つまり、リンテの考えは杞憂なのではないか。
「ちなみにだけど、他にはどんな呪縛がかかっているんだ?」
リンテは自身にかけられた呪縛を説明する。
『三感封印』『エンフィーブル』『死する運命』そして『正体不明』が2つ。
明らかにその『正体不明』が怪しいな、とラルは思ったが、口には出さない。代わりに、『三感封印』の方が気になった。
「……ん? でもお前今、目見えてるよな?」
「ええ、それが不思議なのです。気を失う前は確かに失明していたのですが……」
「それなら、他の呪縛も解けてるかもしれないじゃないか」
「それはどうでしょう。呪縛が勝手に解けるなんて話、聞いた事がありませんし……」
それを言うなら器数20も、祝福アレルギーも、リンテの中にいる『あいつ』のいずれもラルにとっては聞いた事のないくらい珍しい話だった。
「何にせよ、司祭様に見てもらって、1度ちゃんと確認した方が良いんじゃないか?」
「……確かに、それはそうかもしれませんね。ありがとうございますラル様。あなたの的確な助言は、本当に頼りになります」
正体不明の怪物に脅されて、ただ普通の事を言っているだけのラルだったが、感謝されて悪い気はしなかった。
「……じゃあ、ぼちぼち歩き始めるか。港に行くまでに小さな町があるから、そこで見てもらおう。もぐりの司祭にあてがあるんだ」
もぐりの司祭? と、リンテは疑問に思った。
ここまででとりあえず導入は終わった感じです。
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