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第二章・その1

       1




「本日は転校生がいます」


 翌日、眠い目をこすって高校へ行ったら、朝のホームルームで担任の目黒先生が言ってきた。――この人も、渋谷先生と同様、勇者同盟の人間である。その目黒先生が、ちらっと俺のほうを見た。


「?」


 なんだ? と思って見返したが、目黒先生は軽くため息をついただけだった。


「入ってきて」


「はい」


 という返事は聞き覚えがあった。あれ、どこで聞いたかな、と思っている俺の前で、教室の扉が開かれる。


 俺は仰天した。入ってきたのは、この学校の制服を着たユーファだったのである!


「あ、外国人なんだ」


「綺麗な人」


 事情を知らない、ほかの生徒が小さい声でひそひそ言いだした。綺麗なのは俺も認めるよ。人じゃないけどな。


「皆さん、はじめまして」


 ユーファが目黒先生の隣に立って、教室内を見まわした。


「ユーファ・エルルケーニッヒと言います。イギリスからきました」


 平然と嘘八百を並べる。イギリス人が自分の国をイギリスなんて言うわけあるか。あそこの正式名称は、確か、ユナイテッドキングダムオブグレートブリテンナントカカントカって長い名前である。しかもエルルケーニッヒはドイツ語だ。無茶苦茶なことを言うユーファに気づいた生徒がいる気配はない。ひょっとしたら、魔王の力で疑問に思わないようにしているのかもしれなかった。


「こっちで、いろいろ勉強させてもらおうと思っています。皆さん、仲良くしてください」


 行ってユーファが頭を下げた。


「へえ、イギリスとかアメリカでは、あいさつに頭を下げるんじゃなくて、握手をするもんだと思ってたんだけどな」


「勉強したんだろう。日本語もうまいし」


 ほかの生徒たちが小さい声で言う。まあ、魔王の娘だってことで無意味に恐れられるよりはマシか。


「じゃ、一番後ろの、空いている席に座ってください」


「はい」


 目黒先生に返事をして、ユーファが歩きだした。俺のそばを通るとき、ちょっとだけ笑いかける。俺も小さく手を振っておいた。笑いはしなかったが。


 ホームルームはすぐ終わって、目黒先生がでて行った。教室中の女子がユーファの座っている机に集まる。


「イギリスからきたのって、いつごろ?」


「日本語うまいけど、むこうでも学習してたの?」


「日本だと、お好み焼きにイカ玉とかあるし、タコ焼きとかもあるんだけど、イカとかタコって平気?」


「ペペロンチーノ好き?」


「ペペロンチーノはフランス料理でしょ」


 ペペロンチーノはイタリア料理だろう。外国ならなんでも同じなのかうちの学校の女子は。俺は心のなかで突っ込みを入れたがリアルでは口を閉じておいた。用があったらユーファのほうから話しかけてくるはずである。


 で、普通に授業をこなして、昼飯の時間になった。


「あのさ、話があるんだけど」


 購買部でラーメンでも食おうかなと思いながら教室をでたら、案の定、後ろからユーファの声が聞こえてきた。振りむくと、天真爛漫なユーファの笑顔が俺を見ている。


「話って?」


「あのさ、どこに行くの?」


「昼飯を食いに行くんだ」


「じゃ、私も行くから」


 言われて、俺はユーファの手元を見た。弁当箱を持っていない。


「一緒に食いに行くか」


「ありがとう」


 礼を言って、ユーファが俺の隣を歩きだした。


「それで、どうしてこの学校にきたんだ?」


「いろいろ勉強したかったから」


 なんとなく聞いたら、あたりまえの返事がきた。まあ、これは当然だろう。


「で、俺のクラスに転校してきたのは?」


「渋谷先生にお願いしたの」


 なるほど。偶然じゃなかったわけか。


「で、どうして、俺のクラスにきたんだ?」


「いろいろ教えてほしかったから」


「さっきと同じ返事だな。いろいろって、具体的には?」


「勇者になるための修行とか」


「ふうん。――はあ?」


 歩きながら俺は横をむいた。ユーファは笑顔だったが、視線は大真面目だった。


「冗談で言ってるわけじゃなさそうだな」


「もちろんよ。昨日も言ったじゃない」


「まあ、確かに言ってたな」


 俺は少し考えた。


「それで、勇者同盟の上も、それを受け入れたってことか。喜ばしいことだな」


 昔は、親が犯罪者なら子供も、という目で見られたりしたそうだが、いまは時代が違う。親は親、子供は子供だ。もし勇者同盟の上層部が、ユーファのことを、魔王の娘というだけで追い返すようなことがあったら、俺も意見しなければならないと思っていたのだ。そうならなくてほっとなった。


「それで、そのこと、魔王軍の残党には?」


「言ってないけど? 言う必要なんてないことだし」


「あのなあ」


 ほっとした直後に、あきれて俺はユーファのほうをむいた。


「君、本当はいくつなんだ?」


「十六歳よ」


「あ、普通なのか。――だったら、余計に問題だ。十六歳の女の子が家出して、しかも連絡をまったくよこさないなんて、大変な話だぞ。お父さんたちも心配してるはずだ。ちゃんと帰って、安心させて、言うことをよく聞いて――」


 と言ってから、俺は、あれ? と思った。ここから先のセリフが口からだせない。どうしようと思う俺の横顔をユーファがのぞいてきた。


「言うことをよく聞いて、立派な後継者として魔王になって、魔王軍を再興しろって言いたいの?」


 代わりに言ってくる。やっぱり、理屈から言ったら、そういうことになるよな。こりゃまずい。


「前言撤回。お父さんの言うことを聞くっていうのは、なしだ。ただ、せめて、ちゃんと連絡をして、元気だってことくらいは言ってやれ」


「うーん」


 俺の隣を歩きながら、ユーファが少し考えた。


「わかったわ。それくらいは、やっても問題ないでしょうね。それに、ほかならぬ恭一師匠の言うことだし」


 なんか、またひっかかることを言ってきた。


「なんだ師匠って?」


「だって、私、勇者の見習いとして、あなたに弟子入りするから」


「はあ?」


「今日の夜、勇者同盟の集会所に行ったらわかると思うけど。渋谷先生が正式に命令をだしてくるはずだから」


「ちょっと待て。なんで俺が君の師匠にならなくちゃならないんだ?」


「あなたが、魔王軍の残党も、妖魔も滅ぼさないって聞いたから」


 あたりまえのことを言うような顔でユーファが返事をした。


「ほかの勇者の子孫たちって、妖魔も魔王軍の残党も、巡回中に見つけたら、問答無用で斬りかかるって聞いたのよ。だったら、私だって、何されるかわからないし。でも、あなたは違うって聞いたから」


「俺は、ただ、勇者の子孫ってだけでこういう仕事をしているだけで、そこまでがんばろうとは思ってないんだ。無理にがんばって名声をあげようなんて野望もないし、何がなんでも勇者として悪を成敗しようなんて根性もない。だから、だらだらやってるだけなんだよ」


「昼行燈ってこと?」


「そうそう。難しい言葉を知ってるな」


「渋谷先生が言ってたのよ。あの子は昼行燈だって」


「へえ、そんなこと言われてたのか」


 まあ、間違った話でもないから反論もできない。というか、ひょっとして俺、面倒事を押しつけられたのか?


「一応、話はわかった。じゃ、俺、聖菜とのコンビは解消か」


「ううん、これからはトリオで行動しなさいって。放課後、渋谷先生から、正式にそういう命令がくるはずよ」


「あ、そう」


 勇者なんて面倒臭いと思っていたけど、もっと面倒なことになりそうな予感がプンプン漂ってきた。

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