オンラインの僕とオフラインの俺
声劇用台本です
必要事項:なし
禁止事項:無断転載・自作発言・過ぎた改変
登場人物
・ヒロ(21歳♂):人と話す時は明るい口調。表向きの人当たりはいい。
・リュウ(18歳♂):ヒロが贔屓にしている配信主。怠そうでニヒルな話し方をする。
役表(2:0)
・ヒロ(♂)
・リュウ(♂)ナレーション(♂)テレビ(♂)
N…ナレーション
M…モノローグ
『』…劇中配信のコメント
ヒロ「…ヤベ、また寝過ぎた」
N「掛け布団を雑に蹴やって上体を起こす。カーテンから差し込む陽は既に随分と高い位置から彼を照らしている」
ヒロ「まーた休日の午前中を」
ヒロM「無駄にした。折角学校もバイトもないフリーの日を。ゆっくり立ち上がって整容に洗面所へ行く。いや、その前にテレビを点けるか」
テレビ「小黒選手が見事大会1位の座に輝きました。…」
ヒロM「なんとも思わない」
テレビ「都内の小学校に通う11歳の男子児童カズキ君が、アパートの裏手で死亡しているのが発見されました。被害者は自宅のベランダから転落死したとして、警察は事故と殺人の両面で捜査を進めているということです。…」
ヒロM「なんとも思わない。顔も名前も知らない他人がどうなろうが知ったことじゃない。今ここで俺があの小学生を悼んだところで何も起こらないし変わらない」
ヒロ「そんなことよりライブだ」
ヒロM「朝昼兼用の飯の準備もそこそこに、俺はスマホを手に取ると慣れた手つきでライブ配信アプリを起動させる。学校もバイトもないこの時期俺はこの動作がほぼ日課のようになっている」
ヒロ「お、珍し。今日は昼からやってんだ」
ヒロM「俺にはお気に入りの配信者が何人かいる。その中でも最近よく凸をして親しくなったのが、これからお邪魔する枠主のリュウ。挨拶代わりに茶化すか」
リュウ「はあ人来ねえし。もうそろギターに移るかな」
ヒロ『(:3|にゅっ』
リュウ「あ、にゅって。お、来たねヒロさん」
ヒロM「ヒロは俺のアプリでのユーザーネームだ」
ヒロ『おはよう』
リュウ「おはよって今もう昼過ぎだぞ。いくらなんでも寝過ぎだ」
ヒロ『昨日あれだけ夜更かししてこの時間からよく枠開けるね』
リュウ「別に。普通に目が覚めただけだぜ。どうする、やってくか」
ヒロ『まだ僕全然喉寝てるんだけど笑』
ヒロM「配信にはリスナーが電話凸をかけて配信に声を出して参加することができる。主と直接話す雑談や相談の凸や台本を読み合わせる声劇凸だったりと様々だが、俺は今後者の沼にドップリと浸かってしまっている。今回もそのために来たのだ」
リュウ「じゃあ慣れるまでしばらく雑談でもすっか」
ヒロ『はいはーい。それじゃコール』
リュウ「ん。…はいこんにちは」
ヒロ「おはよう(笑)」
N「数時間後」
リュウ「夜開くかも。そんじゃまた、お疲れ様」
ヒロ「お疲れ様でした。っと、はあ疲れた」
N「ライブが終わりヒロは端末と脚を布団に投げ出す。長時間凸をした疲労感と達成感が一気に吹きだし、また眠ってしまいそうになる。消音で映像を流し続けるテレビの時刻は夕方に差し掛かる。今日一度目の飯をさえ待たずしてではあるが、お昼寝には丁度よい時間帯である」
N「その日の夜のライブ。いつものように劇をして、休憩に他愛のない話をしている」
リュウ「今日風強くね。窓閉めるわ」
ヒロ「この季節に窓開けてるの!?閉めろ閉めろなんで開けてるんだ」
リュウ「こっちはまあまあ暖かくなってきてるぜ」
ヒロ「ああ関東だもんね。こっちは中部だからな。ウチから山脈越えてそっち側行く時にはもう雨雲雪雲軽くなってんだわ」
リュウ「はは、そうだな」
ヒロ「はー、どうする?演者来ないけど。もうしばらく繋ぐ?」
リュウ「フッどうする、もう閉じるか?」
ヒロ「…いや?もうちょっと待ってみようよ」
リュウ「ん、そうすっか」
ヒロM「それからも俺達は、コメントを拾いつつ無駄話を続けた。劇のフィードバック、今日食べたものの話。時間は深くなり話題はおかしな方向にもいく。ブサイクな声優について。下ネタをちょこちょこブっ込んだり。下らなくて楽しい時間だ。俺達の関係はどうみても順調だ。リュウのことはだいたい分かっている。都内に住まいがあることや未成年であること、夢がミュージシャンであることや家庭環境が複雑なことも。そして…扱いやすい。リアルに友人なんていないが人付き合いなんて軽いものだ。先ほどの閉じるかの提案を返してきたのは恐らく、閉じてほしくないと必要とされたい心の表れだ。つまり相手の欲しがっている言葉をやればいい。歳は俺の方が上だ、大人は子どもに優しくしなきゃならないだろう?人付き合いはお互いを少し見下している時が良好だとはよく言ったものだ。心の余裕は大切だからな。うん、俺達は順調だ」
ヒロ「お、リュウさん初見さんいらっしゃってますよ。『処刑です』って(笑)。多分初見の誤字なのかな?でもいとんを打ち間違えるかね(笑)」
リュウ「つーか初見じゃねーし」
ヒロ「ん、おお『話しかけんなカス』って言われちゃいました。これは、主様の声目当てで来てくださったのかな、ちょっと僕大人しくしてますね?」
リュウ「…」
ヒロ「あは、さっきのどうすればよかったのかな。コメ拾ったら話しかけたことになると思って黙ったらいなくなっちゃったから、どうするのが正解だったんだろうね」
ヒロM「なんだったんだアイツ。ふんまあ案の定会話回さずスルーしたら帰りやがった、ザマー見やがれ」
リュウ「普通の凸の時はあんなカンジじゃないんだけど。…なんかヒロさんにああいうこと言うと思ったらあいつもう嫌いになったわ」
ヒロ「えっ」
リュウ「もう今はあいつもう、敵としか見えない、俺」
ヒロ「あー、嬉しいような、複雑なような」
リュウ「俺の仲間にあんな言い方しやがってムカついたし」
ヒロ「仲間…。こっこれが、嬉しいという気持ち…?」
リュウ「何言ってんの」
ヒロ「仲間というワードでほら、感情が芽生えたよ」
リュウ「芽生えたってこれまで感情なかったのかよ(笑)」
ヒロ「(笑)」
ヒロM「仲間ってw臭いなー。あんなザコの暴言真に受けて傷つくかってんだよ。ネットの暴言厨なんてリアルの学歴カスなヤツばっかなんだから。まあ丁度いい、気丈に振る舞ってリスナーからも同情が買える」
ヒロ「そうだね、我々は『( °∀°)人(°∀° )』ナカーマ(笑)だね」
リュウ「…?ああ、俺達は、仲ー間だな」
ヒロ「あ、初見さん来ましたよリュウさん」
リュウ「ん、いらっしゃい。またいらっしゃい」
ヒロ「お次々と。誰かのライブが終わって流れて来たのかな?」
リュウ「悪ィな、もう今日劇はしねえんだ。…ってなんだこれ」
ヒロ「どうしました?コメント?…『お前に対するタレコミがあった』?」
リュウ「何これ、つーかタレコミって何」
ヒロ「えと告発、密告みたいなカンジ?あまりいい意味では使われないというか」
リュウ「枠主の闇を募ったら俺の名前が出てきた、だと…?」
ヒロ「えリュウさん、まさか後ろ暗いことなんてないですよねえ」
ヒロM「なんだこいつ急に。ライブの雰囲気ブチ壊しじゃねえかよ」
リュウ「心当たりなんてねえし。つーかいきなりなんだこいつ。…は、『コイツも燃やしとくか』って、何だよ…?」
N「それからコメント欄は先ほど同時にやってきたリスナー達の糾弾の言葉と意味のない羅列で埋め尽くされていった」
リュウ「これもうこいつら荒らしだろ。ブロックするわ。はい終わり」
ヒロ「それがいいね。変に刺激するよりずっといいと思うよ」
リュウ「………はあああ」
ヒロ「リュウ、あんなヤツらの(言うことなんて)」
リュウ「なんなんだよおおおアイツらー…!」(セリフ被せ)
ヒロ「!」
リュウ「密告ってなんだよ!誰だよしたヤツ!なんで俺がこんな目に遭わなきゃいけねえんだよおおお!!」
ヒロ「……」
リュウ「他人の枠!荒らしやがってえ…!」
ヒロ「……」
リュウ「はあああ……」
ヒロ「……」
N「そこには激情に駆られた友人を前にただ驚くことしかできない、人付き合いの得意な大人の姿があった」
ヒロ「リュウ、えとまずは、気持ちを落ち着けて」
リュウ「落ち着いてられっかよ、こんなことがあって」
ヒロM「何ガッツリ落ち込んでんだよ。あんなの…」
リュウ「……はあ……」
ヒロM「…こんなの、どうすれば」
リュウM「これからどうすりゃいいのか」
ヒロM「何を言ったらいいのか」
ヒロM&リュウM「分からねえ…!!」
N「いつの間にかほとんど閲覧者もおらず、ただただ静かに時間だけが過ぎていく。僅かに残ったリスナーの励ましの言葉を余所に、絶句から憐憫を感じたらしいリュウが再び口を開いた」
リュウ「ヒロさん。ここじゃない、二人きりで話したいことがあるんだけどさ」
ヒロ「…そしたら、少しは気分が楽になる?」
リュウ「どうかな、分からないけど共有したい、気持ちがあるんだ」
ヒロ「教えてくれ。話して楽になることがあるかもしれない。”俺”でよかったら、聞かせてくれ」
リュウ「”俺”?…ああそんじゃ、また後で」
N「二人は別のアプリに移って通話を始めた」
ヒロM「それからリュウは話してくれた。以前にもネットで私刑に遭ったことがあること、本当は自分の心は弱いこと、大切だと思っていた人に裏切られたこと…。どれも聞くに堪えない話だった。今回の件も密告があったということはすなわち、少なからずリュウと交流のあった人間だからできるということを示す。彼はもうネットで何度裏切りられたのか。気取って聞こえる話し方が疲れ果てた結果だとは誰も思うまい。そんなリュウに俺はどんな言葉を掛けたらいいのか。なんだか、何を言っても薄っぺらい気がして」
リュウ「ゴメンな。急にこんな話して」
ヒロ「気にすんなよ」
ヒロM「ダメだ、聞いているばかりで気の利いた言葉のひとつも出て来やしない。普段劇をやったりセリフをやったりしていながら俺は───」
リュウ「……」
ヒロM「俺、何も知らない。お前の顔も、お前の名前も、お前が今どんなに辛いのかも。聞き上手ってのはどういうことなんだ、えー話を聞くってことは相手からうまく引き出すってことだからよく聞いて質問を入れることを指すのかじゃなくって!」
リュウ「……」
ヒロM「沈黙が重く圧し掛かる。今何かを言うべきなのは俺だ。だけど何を言えばいいのかが分からない…!」
リュウ「……」
ヒロM「敵を貶す文句は散々使った。あんなの気にするだけ時間の無駄だって。でも自分は軽く処理できるとしても他人は違う。まさかここまで脆かっただなんて。もっと早く教えてくれよ!俺達は!」
ヒロ「!」
リュウ「…ヒロさん、聞いてる?」
ヒロM「今あいつが欲しがっている言葉。いや、俺が言いたいことは」
リュウ「…やっぱこんな話するべき(じゃなかったかも)」
ヒロ「気にすんなよ。俺達、”仲間”だろ」(セリフ被せ)
リュウ「───」
ヒロ「仲間だから気にすんな。仲間だから安心してぶつけろ。俺は仲間だから大丈夫だ」
リュウ「……ぐ」(静かにすすり泣く声)
ヒロM「相手が下だから欲しい言葉をやるなんて自己欺瞞だった。俺はただ勇気が出なかっただけじゃないか。俺達はようやく今同じラインに立てたのかも」
リュウ「キザったらしいセリフだな」
ヒロ「声を作ってたら、もっとかっこよくできたかも」
リュウ「素人が声作ったところでたかが知れてるってそれ」
ヒロ&リュウ「(同時に小さく笑う)」
リュウ「あっ空明る。もう朝が近いのか」
ヒロ「ホントだ。少し白みかけて」
リュウ「はは、こんな話したこのタイミングで夜明けとか、アニメかよって。ハハハ」
ヒロ「6時だな。冬じゃなかったらもっと明るくてドラマチックだったろう」
ヒロM「もうリュウは大丈夫だ。なんとなくそんな確信のようなものを感じたんだが」
リュウ「俺、やっぱり休むよ」
ヒロ「そうか残念だけどな。待ってるよ、仲間だから」
リュウ「ありがとう、ホントに。話して、よかった」
ヒロM「リュウに感化されたのを理由に柄にもない口調やセリフを吐いたことに苦悶するのは、このくすぐったい言葉に安心してついた眠りから覚めた後の話」
リュウ「そんじゃ、ね」
ヒロM「だが俺はこの日初めてであろう、リュウの締めの言葉”また”をついに聞かなかった」
ヒロ「…ヤベ、また寝過ぎた」
ヒロM「最近では最早いつも通りの昼起き。昨日との差なんて朝まで駄弁っていたか朝までキザなセリフの練習をしていたかくらいのものだ。一頻り悶えてから習慣のままに俺はテレビを点けて洗面所に向かう」
テレビ「続いてのニュースです。今朝7時頃、都内に住む17歳の高校生タツヤさんが自宅で死亡しているのが発見されました。現場に荒らされた形跡がなかったことから、警察は自殺の可能性が高いと見て捜査を進めているということです」
ヒロM「俺はなんとも思わない。リュウには今休憩のための時間が要るから俺は待つ、ただそれだけ。配信アプリを起動させフォロー欄をなんとなくチェックする。するとなぜだろうな。彼のアカウントにアクセスできなくなったことに俺は驚かなかった」
ヒロ「そんなことより飯だ」
N「ヒロはアプリを閉じると、そのアイコンを長押しした。テレビの時刻は昨日の起床よりも早い時間を刻んでいる。これから生活リズムは元の健康なものに戻っていくことだろう」
ヒロM「そういえばだ。あれからだいたい1年が経った後の話になる。俺は何番の希望かはともかく新卒で就職し、都内で再び一人暮らしを始めた。その仕事帰りに雑踏する駅の一角で、聞き憶えのある声の弾き語りを聞いたことがある。少しかっこつけなニヒルを気取った歌い方だった。俺の予想と比べて表情があまりに晴れやかだったから、きっとあれは別人だったんだろう」