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[2-30] その心は毒のように

「これで契約は果たされたわ」


 暖炉を模した暖房用魔動機械(アーティファクト)が放つ、炎のような明かりだけが朧に照らす部屋の中。

 ルネは半透明の男と向かい合っていた。

 今回の依頼人。エドフェルト侯爵配下の騎士、ユインの亡霊。

 息子に似てちょっと悪人めいたキザで鋭い目つきの男である。


 石像に何度も押し潰されて血だまりの中の肉片と化したラルフを見、ユインは唸る。


『本当にやってしまうとは』

「簡単よ」

『そうじゃない、半信半疑だったんだ。契約なんて言ったけど、ちゃんと俺の頼んだ通りにしてくれるのかって。だって……』


 言いそうで、言葉を探している様子のユイン。


「わたしがアンデッドだから? それともわたしが『薄汚い連邦のスパイ』だから?」


 皮肉めかしてルネがそう言うと、虚を突かれた表情になり、そしてユインはルネの前に膝を折った。


『申し訳ありません。私はあなた様を国の敵であり排除すべき害悪だと考えておりました。ですが、正義はあなたにこそあったのやも知れません』


 諸侯に任命された一代騎士にとって、王女は雲の上の存在だ。

 ユインは深く頭を垂れて、そんな雲の上の存在に対する礼を取っていた。


 真面目くさったユインの態度に、ルネは苦笑してしまいそうだった。


「国の敵っていうのは否定しないわ。()()国にとってはね」

『だとしても、あなた様は私の妻と子を救い、不正に罰を下されました』

「あなたがそう頼んだからよ」


 まあエドフェルト侯爵はヒルベルト派だったし、今回の事件はノアキュリオを利するものだったから、ルネも乗り気と言えば乗り気だった。

 しかし本質的にルネにとってはどうでもいいことで、ユインの魂を手に入れる代価としての労働でしかない。

 正義のための行動などではないのだ。決して。


「わたしはね、自分がすることを『正義』とか『正しさ』って枠に嵌めたくないの。だって、そんなことをしたら復讐のための悪事なんてできなくなっちゃうでしょ?」

『そうですか、ならば……お礼だけでも述べさせてください。家族を助けてくれてありがとうございます』

「いいのよ。代わりにあなたの魂をいただくのだから」


 ルネとユインを取りまくように、風が巻き起こり始めていた。

 それは本物の風ではない。魂だけに感じる引力の流れ。

 渦を巻くようにルネへ向かっている。


「あなたも魔術師なら、『魂を食べる』って事がどれだけ恐ろしいか分かるんじゃないかしら。

 あなたの魂は分解され、輪廻から永久に消え去ってわたしの構成物となる」

『構いはしません。ただ、もし思い残すことがあるとするなら……

 どうか私の家族が、あなた様の手に掛からず安寧な暮らしを送れるように、と』

「邪魔になれば殺すわ。そうならないように祈ってなさい」

『……はい』


 これ以上は求められないのだと悟ったように、ユインは口を固く結んだ。


 世界が滅んだとしたら当然ユインの家族も死ぬだろうが……ルネは自分の最終目的についてはユインに説明していなかった。まあ、仮にその成就が100年後とかだったらユインの家族は天寿を全うしているだろうけど。

 いずれにせよ、ルネの目の前に立ちふさがるようなことがなければ当面は平穏に暮らせるだろう。


「それじゃ、いただきます」


 ルネの胸から迸った魂の鎖がユインを捕らえた。

 己を絡め取った細い金の鎖に逆らわず、ユインは自ら飛び込んできた。

 怖れながらも、己は全てをやりきってもはや身を捧げる他にすることが無いのだと言わんばかりに満足して。


 青白い男の霊体がルネの身体に呑み込まれていく。温かなものがルネの魂に染みいった。

 ユインという存在は、消滅した。


「……ごちそうさま。全然抵抗されないってのも、ちょっと張り合い無いわね」


 自分という存在が永久にこの世界から消滅する……

 それも、邪神の力の一端に触れて分解され、最悪のアンデッドに食われるという考え得る限り最低に近いだろう結末なのに、ユインは比較的心穏やかだった。

 前回ミリアムのように土壇場で後悔し、わめくのではないかと思っていたが……


 家族。家族が救われたと思って、全ての憂いを断ったのだろうか。

 そもそもユインの恨みは半分くらい、家族を陥れられたことへの恨みだった。だからこそ『ユインの家族を助けること』がルネとの契約に含まれたわけで。


 魂をなげうってもいいと思えるほどの、愛。


「わたしのお父さんって、どんな人だったのかな……」


 ルネには父・エルバート王の記憶が無い。王宮のことだって覚えていないのだから当然だが。

 もし死ぬ前に父に会えていたら、彼はルネをどうしていただろう。

 膝に抱いて頭を撫でてくれたのだろうか。


「姫様……」

「あっ」


 言ってしまってから、ルネはこの場にトレイシーが居ることを思い出した。

 思わずルネは口元を覆う。


「あなたは何も聞かなかった。そうよね? トレイシー」

「……はーい」


 トレイシーの同情心がルネに突き刺さる。

 それを叩き返すような調子でルネは言った。


 復讐のため戦うことの辛さを知ったあの時から、ルネには優しささえも毒となった。

 同情なんてされたくない。どこかルネの知らないところで誰かが同情しているなら別にいいけれど、曲がりなりにも仲間である者から可哀想がられるのは嫌だ。

 その同情に甘えてしまえば、きっと、二度と立ち上がれなくなってしまうから。


 * * *


 静まりかえった宿からふたりは抜け出す。

 従業員たちはトレイシーのスパイアクション行為によって気絶させられている。残りの騎士はひとまず首を刎ねておいた。まあひとりかふたりくらい蘇生される可能性はあるが、仕方ない。持ち帰れたらいい材料になった所だが、ここで収納魔法を展開しようとしたら気配遮断が途切れてしまう。

 多少なら持って行けたのだが、その枠は()()のために空けておいた。


 辺りに衛兵や聖獣もおらず、まだ異変に気付かれた様子は無い。


「後は逃げるだけかな」

「待って。この聖獣の死体を持って行くわ。エヴェリスが解析してくれるかも」


 庭でルネが殺した聖獣。

 受肉していると言うことは当然死体が残っていると言うことであり、これを持ち帰れば敵の手の内を探れる可能性がある。


 トレイシーは口だけが広い、平たい鞄を取り出した。

 それを聖獣の死体に被せると、たいして大きくもないはずの鞄に手品のように死体が収まっていく。


「入るかなー。……ああ入る入る。収納魔法付きのバッグっていつ見ても不ー思議ー」


 いろいろと諜報活動に必要なアイテムを詰め込んできたマジックアイテムの鞄だ。

 聖獣の死体と混ぜたら残った中身が汚れてしまうが、まあ仕方ない。どうせ後は逃げるだけだ。


「持てる? 収納系のアイテムって重量はあんまり軽減されないのよね」


 戦利品……すなわち騎士たちの死体を諦めたのは、これが本命だからだ。


「まあ、これくらいなら……それより敵の動向は大丈夫?」

「探るわ。ちょっと待って……」


 ルネは感覚を研ぎ澄ませて周囲の気配を探りつつ、それを補助するため感情察知の範囲を最大限に広げた。

 まるで宇宙から見た夜景の写真のように、街に居る人々の感情反応がルネの認識下に捕捉される。


 ――この人工知能みたいな機械的な思考は聖獣のやつよね。警戒してる反応がいくつかあるのは……夜勤の衛兵も一緒に調べ回ってるのかしら。それと……


 感情察知の圏内に城も引っかかっていた。

 緊張状態の数人が、エドフェルト侯爵だったり偉い騎士だったりするのだろう。


 そして、白の絵の具で塗りつぶしたような奇怪な感情反応がひとつ。モルガナだ。


 ――やっぱり奇妙な反応……これ、なんなのかな?


 気にはなったが、まあ今はそれどころではない。問題になるのは彼女の精神性よりも能力の方だ。

 テイラカイネを陥とす段になって、首尾よく彼女を生け捕りにできたらその時に調べればいい。

 そう、ルネは考えた。


 だがその時。まるでルネの疑問に答えるように、モルガナの心が動いた。


 白く塗りつぶされたモルガナの心が、開いた。

 人の感情を読むアビススピリットであるからこそ、ルネはそれを見てしまった。

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