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[2-21] ラララランランラン ジ・アルティメット

「第二騎士団長、バーティル・ラーゲルベック。護国の英雄ローレンス・ラインハルトを陰で支えた軍師型騎士団長。両腕無くしながらも王都の戦いから生還したシエル=テイラの希望が、まさか……」


 蜂蜜色の長い髪と白磁の肌の少女。

 ……の、姿をした男性。

 愛嬌ある夕焼け色の目を落胆にすぼめ、トレイシーは大げさに深々と溜息をついた。


「姫様の軍門に降っていようとはああああああ……」

「こらこら、取引相手と言ってくれよ。つーか俺も驚いたぞ。

 トレイシーつったら、俺でも名前知ってる冒険者だぜ。まっさかルネちゃんに取っ捕まって操り人形とはなあ」

「返す言葉もございましぇーん」


 バーティルは鋼のスケルトンみたいな魔動機械アーティファクトの義手で茶を飲んで唇を湿す。

 シンプルな家具がいくつか置かれた、一見すると入居前の家具付きアパートみたいな部屋。ここはテイラカイネ市街にある中程度の等級の宿。バーティルに割り当てられた部屋だった。

 バーティルに相対して座るトレイシーは、いかにも盗賊シーフの仕事着らしい身体のラインが出る装備。バーティルが『何者か』に接触したことを気取られないよう、夜陰に乗じてここまで忍び込んだのである。

 トレイシーはルネの指示を受けて、バーティルに協力を要請するため来ていた。


 部下たちはこの場所に居ない。

 バーティルの『決意』を知るのはバーティル自身とルネの一党だけだ。


「この街に居る理由は、やっぱアレなの? ジスラン殿下」

「それだ。まあ俺が話聞かされたのはこっち来てからなんだけど。

 俺も立場上、唯一の皇太子候補となりゃ張り付かざるを得ないわけでな」

「だよねー。王室警備も王宮騎士団の仕事だもん」

「……で、だ。姫様は殿下の首をお望みってわけかい」

「誠に遺憾ながらその通りです。ハイ。もちろん侯爵様もね」


 そりゃそうだよなあ、とバーティルは口の中で呟いた。

 ヒルベルトが死んですぐ、また代わりの王を立てて性懲りも無くノアキュリオと手を結ぼうとしている。

 ルネからしたら許し難いのは当然だ。


 しかし、だからって易々とジスランを売り渡すわけにはいかない。


「俺が協力するのは、それで死人を減らせると判断した場合の話だ。食い付きたくなる餌を持ってきてくれたなら嬉しいんだけどな」

「んー、侯爵様と殿下をつつがなく殺せたなら市民の虐殺は控えてくれるんじゃないかな」

「それが交渉材料になったのは、ノアキュリオ軍が出張ってくるまでの話だ。俺はあくまで、民の犠牲が減れば良いって立場なんでね。ルネちゃんが負けるならそれはそれで良しだ」

「眩しい……自由の輝きが眩しい……」


 がっくりとトレイシーが項垂れると、一本に縛った髪がだらりと垂れた。


「でも、職務怠慢は許されないんでボクも言うことは言うよ。

 姫様は聖獣対策を準備中。それとノアキュリオ軍は……えーとね、作戦の第一段階が進行中なんだけど気付いてた?」


 真剣な顔で人差し指を立てるトレイシー。

 脳天気そうで感情表現豊かな彼がこういう仕草をすると、その落差から周囲の空気まで一気に塗り替えられていくようだった。


 言われてすぐにバーティルは、ある事件に思い当たる。


「……あー。あれ不自然な気はしてたけどやっぱりかよ。ルネちゃん好みの展開だとは思ってたんだよな」

「ちなみに! 騎士さんが正当防衛なのは嘘じゃないからね!」


 ユインという騎士がノアキュリオ兵と揉め事を起こして殺めてしまい処刑された。

 この件バーティルは完全に蚊帳の外だったが、常識外れのスピード処刑からその後にすぐ流れ始めた『悪いのはノアキュリオ兵だった』という噂まで、きな臭いニオイを感じていた。


 バーティルは悪態を呑み込む。

 トレイシーが言う通りなら、まず第一に不祥事を起こしたノアキュリオ軍とそれを隠蔽した侯爵が酷い。

 そして、それを付け入る隙と見て即座に手を打ったルネに舌を巻くばかりだ。えげつない。


「それとね。今頃、『謎の商人』が動き始めてるはずだよ。食料品と飼い葉を相場の2倍3倍の値段で買い集める謎の商人がね」

「うへえ……

 ノアキュリオ軍の大所帯を維持するには必要な物資を現地で買う必要がある。ところが食糧が買い占められたら日干しになるのを待つだけだ。

 そう言えばアンデッドの軍勢に攻め落とされた王城には、金貨やら宝石がそこそこ残されてたはずだよなー。いやー、偶然だなー」


 どんな軍隊も活動し続けるための補給を要する。

 海や河川を利用した本国からの大規模輸送、そこから陸路で輸送を行う輜重隊。列強諸国であれば収納魔法と空行騎兵を用いた機動空輸も選択肢に入る。

 だが、重い荷物を運ぶのはとんでもなく人手と金が掛かる。なるべく現地調達するのが筋だ。


 現地調達が比較的容易なのは水と食糧、馬に食わせる飼い葉だ。市場や農村から買う、あるいは略奪することになる。

 全軍アンデッドとかいう冗談みたいな軍隊を除けば絶対に必要なものだが、しかしこれらは消費量が膨大で、遠距離を運ぼうと思うととんでもなくかさばる。

 ノアキュリオ軍もシエル=テイラ国内で買い集めているはずだが……


「姫様が居る以上、ノアキュリオ軍に帰られたら困るって言うのが市民の総意だと思うんだけどネ。だからちょっと無理しても協力する可能性はあるよ。

 でーもー、もしここでノアキュリオ軍に疑念を抱いたら……」

「未来のために自分だけでも金を抱え込んでおきたいって思うよな。

 しっかり金払う辺りが憎いね。ルネちゃんが焦土作戦をやっちまったら残った国民はますますノアキュリオに縋りたがるだろうが、穏便に済ませりゃそうはならない。

 はっはっは、買い占めが終わって補給ができなくなったらいよいよ兵糧庫襲撃でトドメかな?」

「ご愁傷様。生きてる軍隊は食べ物が必要だから大変だね」

「ちくしょう! 食糧が要らない敵軍なんて嫌いだ!」

 

 バーティルは半ば自棄で、空になったティーカップを机に叩き付けた。


「しかしノアキュリオはお隣だしな、食糧もある程度は本国から送れるだろうが……いや、どうなるかな。

 もしルネちゃんご本人が輸送線の破壊に動いたら為す術無いわ。ひとりで身軽く動き回ればいいんだから輸送隊の護衛が追いつかねえ。陣地無しにあの子と戦えるような輸送護衛隊をホイホイ出せるなら苦労はねえんだっつーの。

 いや、でもノアキュリオなら収納魔法と空行騎兵を使った機動輸送だって……ダメだ、ゾンビが増える!」


 バーティルは頭を振った。

 王都上空での戦いは未だ、記憶に色濃い。下手に飛ぶ奴を出したら、ルネの軍勢にアンデッド空行騎兵が増えるだけだ。


 何か楽観的な要素は無いかと思い巡らすバーティルだが、考えれば考えるほどにまずい気がしてくる。


「むしろノアキュリオ軍は『隣だからまあなんとかなるだろ』で準備もそこそこに出てきた節もあるしな。そりゃグラセルム鉱脈を押さえる好機なんだから無理を押して出てくるのも当然だろうけど。

 ……くそったれ、ただでさえ冬場の戦争なんて無茶なんだぞ。補給が滞るなりなんなりで、ちょっとでも士気が落ちたらやべえことになる。

 いいよなー! スケルトンは暖を取る必要も無いし、延々と雪の中歩かせても文句言わないし、金属装備で凍傷になったりしないもんなー!」


 頭をかきむしるバーティルを見て、トレイシーも痛ましげだった。


「士気って言ったらさ、ノアキュリオ軍は戦争って言うより魔物退治をしに来たつもりなんじゃないかな。

 雰囲気とか緊張感がこう、『軍を相手にしてる』って感じじゃないんだよね。ぶっちゃけ舐めてない?」

「つまり……今のノアキュリオ軍は『気楽さ』に支えられて辛うじて形になってるって言いたいのか?」


 トレイシーは確信に満ちていた。

 いつの間にどうやってそんなものを把握したのかと呆れざるを得ない。


「冬に戦争はしないけど、魔物退治なら一年中やってるでしょ? そういう話。

 自分らが来た時、ほぼ戦わずに姫様が逃げたことも気楽さに拍車を掛けてる気がする。

 『これは戦争だ』って兵士ひとりひとりが自覚した時、軍がバラバラにならない保証は無いと思う。だって誰も冬に戦争なんてしたくないんだしさー」


 あり得る話だとバーティルは思った。


 王都を襲ったアンデッド達が力任せに暴れる『群れ』ではなく、まともに攻城戦を行い、計略を以て王都を陥落せしめた『軍隊』であること、バーティルは身をもって知っている。

 そしてバーティルは王都の戦いの経緯についてノアキュリオ軍にも伝えている。


 だがノアキュリオ軍の上層部は、“怨獄の薔薇姫”の脅威についてわざわざ兵に触れ回ったりはしていないだろう。状況を正確に理解しているのは上層部だけという可能性もある。いや、下手したら上層部すら……


 士気を保てなくなった軍隊はあっけないほど容易く統率を欠き、崩壊する。

 戦って負けるまでもなく、ルネに手こずらされただけでノアキュリオ軍がしっちゃかめっちゃかになるかも知れないのだ。


「ノアキュリオ軍が撤退、あるいは一時的にでも機能不全にしちゃえばその間に姫様は全部済ませるよ」

「……ヤバそうなのは充分に分かった。問題はその先だ」


 ここまでの会話で既にバーティルは、ジスランとノアキュリオを柱とするシエル=テイラの立て直しをほぼ諦めていた。

 しかし、だとしたらどうすれば良いのか。


「国を建て直さなきゃ人はじわじわ死んでく。エドフェルト侯爵の動機には権力欲もあろうが、上手くいけば結果的に民を守ることに繋がってたんだ。

 この短期間でバラバラになりかけた諸侯を纏め上げてノアキュリオと話を付け、殿下まで引っ張り出してきたあの辣腕は余人を以て代えがたい」

「分かってる。ボクも侯爵様とはそれなりに付き合い長いから心苦しいよ。

 侯爵様は下々の悲哀にまで想いを馳せてはくれないけれど、『数』としての民は愛しているから情け容赦ない一殺多生で所領を栄えさせてる。

 これで姫様に喧嘩売ってさえいなければなぁー」

「それだ、下手な動きをしたら姫様の逆鱗に触れると来た。さて、俺はどうすりゃルネちゃんを怒らせないで良い感じに民を救えるんだ?」


 バーティルの目的はあくまでも国と民を救うこと。

 国を建て直そうとするたびにルネに叩き潰され、民が死んでいくのを見ているしかないのだとしたら……

 ルネと取引をする理由も無い。どれほど絶望的だろうとバーティルは戦わねばならない。


 トレイシーは腕を組んで、アイデアを物理的に絞り出すかのように身をよじった。


「うーん……要するに姫様はさあ、自分を死に追いやった人らが報われちゃうのが許せないみたいだからね。旧ヒルベルト派が権勢を握るのもそうだし、クーデターを支援した四大国が鉱山利権を得るのもそうだよ。

 だから結局のとこ『国民みんながシエル=テイラの国土から逃げ出して死の国になりましたー!』みたいになったら、逃げ切れた人はひとまず安全だと思う。逃げる先はできればシエル=テイラと無関係な中小国家か連邦がいいとこかな。四大国だと危ない」

「君は、ルネちゃんがそのうち四大国を滅ぼすと考えているのかな?」

「可能性はあると思うよ。理由は詳しく言えないけどさ」

「……なるほど。わざわざ君の口を封じるだけの何かがあるのか」

「にゃは」


 トレイシーはぺろりと舌を出した。

 隷従のマジックアイテムで言動を縛られているという彼だが、情報収集を任務とするため裁量幅も大きいらしい。

 おそらく、あれはトレイシーに許された中でギリギリの『仄めかし』だ。

 警告であり、情報提供だ。


「でなきゃ、シエル=テイラがまるっと連邦の一部になったりすれば、そういうのもありかな?

 少なくとも、この国が連邦のものになっちゃえば他の四大国は口出せなくなるんだから」

「やっぱり、何をどうするにしても連邦だよなあ……」


 ジレシュハタール連邦。

 シエル=テイラとは縁浅からぬ国だ。


 ルネは別に連邦と親しいわけではないようだが、しかしクーデターと支援した他の列強と異なり、ルネにとって連邦は『どうでもいい』。

 怨んでいるのと『どうでもいい』は大きすぎる違いだった。


「連邦は反クーデター派諸侯に接触してると思うんだけど」

「もちろんそうしてる。

 ここだけの話、連邦内には『シエル=テイラ()構想』なんてのもあるんだ」

「連邦東端のラクリマ王国辺りからこっちの暫定元首に公爵位を贈って取り込むって意味かな?」

「ご明察。こちとら政府機能を喪失してるからな、そこをラクリマの政府に補ってもらおうって話だ。

 ただ、それだとラクリマだけがシエル=テイラの利権を独り占めして美味い汁吸うことになるだろ?

 連邦内で不平等だって突っ込まれてるそうだから実現は厳しいだろう」

「そりゃそうか」

「やっぱり、ルネちゃんとの戦いを避けるならどうにかして国家の体裁を保ったまま連邦の属国になるっきゃない気がするんだ。そのためには政府の再建と、みんなが納得する王様が必要なわけだが」


 盗み聞きはされていないだろうけれど、それでもバーティルは少し声を低めた。

 それはバーティルの立場で口に出してはいけない言葉だから。


「……実は、今の動きがこっぴどく潰されれば目はあると思ってんだ。

 その後、旧ヒルベルト派が身動き取れねえうちに反対派諸侯が結託して連邦寄りの皇太子を擁立、そんで多少荒っぽい手を使ってでも国内を纏められれば……」

「ひとまず連邦との条約締結まで押し切っちゃえば政府の再建はゆっくりで良いだろうし、連邦も堂々と手を突っ込めるよね」

「俺は基本、その方向性で動くのが良いと思ってる。

 ルネちゃんが見逃してくれるならやりやすくて良いんだがな」

「分かった、本人に聞いとくー」


 軽く請け負うトレイシーの言葉に、バーティルは不思議な気分だった。

 今まさに国を滅ぼそう押している強大なモンスターに意向を伺えるとは。


 ――まあ、やっぱりなあ……モンスターとは思いがたいんだけどな、どうしても。


「それじゃ、具体的になにをやるかって言うのはまた後々連絡すると思うね」

「しかし、折角声かけてくれたのに悪いが、今の俺は自分の警備に穴開けるくらいしかできないと思うぞ」

「あら、そうなの?」


 若干苦々しく思いながらバーティルは頷いた。


「ぶっちゃけ、信頼されてないと言うか……たぶん俺たちは、エドフェルト侯爵から『どうでもいい』って思われてるんだ。

 崩壊した王宮騎士団の生き残りって看板を殿下の箔付けに使われるだけだ。侯爵は『言われたまんまに動いてりゃいい』って感じの態度で、こっちには軍事機密なんざ回って来ない。

 俺はクーデターにも積極的には協力しなかったわけだしな、警戒もあるだろ」


 王宮騎士団の生き残りがジスランの側に居ると言うことが重要なのだ。

 それ以上はさせてもらえないし、最初から期待されていない。


「ま、いいでしょ。それはそれで、どう使うのか決めるのは姫様だし」


 トレイシーは特に気にした様子も無かった。

 あくまでもトレイシーは従わされているだけ。自分が生き延びられるなら、ルネが負けたところで気にしないだろう。


「じゃ、ボクはこの辺で」

「またルネちゃんのとこに戻るのか。なんて言うか……辛いだろうけど頑張れ。いや頑張れって言うのも変か」

「うん……世界が滅ばないようにボクの分まで祈っておいて……」

「はは、世界なあ……」


 窓から身を乗り出したトレイシーは、夜の闇に身を躍らせた。

 別れを惜しんで手を振るように、蜂蜜色の髪が宙に舞った。


 彼の背中を見送ってから一呼吸置いて、バーティルの胸に冷たいものが侵食してくる。


「本当に……世界が危ないのか?」


 ごくりとつばを飲む音が、妙に大きく聞こえた気がした。

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