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[1-8] 会議は飲めど踊らず

 シエル=テイラ西部の街・エルタレフはキーリー伯爵領の中心地である中規模都市だ。

 伯爵の住まう城館を中心として周囲に街が広がり、さらにそれを城壁で囲っている。


 とうに日も暮れた時間帯、それでもエルタフの繁華街はまだいくらか明るかった。

 酔漢と野良犬がうろつく通りにある酒場のひとつ、跳ね魚亭。『本日休業』の札が掛かったその酒場を4人の冒険者が占領していた。


「ナイトパイソンねえ……」


 空になった自分のコップに酒をつぎながら、改造僧服の女が酒臭い溜息をつく。片手の指には長いキセルが挟んであった。

 全体にちょっとやさぐれた雰囲気を漂わせる三十路手前くらいの女だ。セクシーな泣きぼくろと血のように赤い口紅が目を引く。

 白と濃紺の僧服を着ている彼女だが、メタルカラーのアクセサリーであちこちを飾っているうえにスカートは大きく引き裂かれスリットが作られている。常識的な僧侶プリーステスなら絶対にしない格好だ。

 テーブルにだらしなく肘を突いた彼女は煙草をつまみに酒を飲み続けていた。

 彼女の名はディアナ。この街で活動する第四等級ガードの冒険者であり、パーティー“竜の喉笛”のメンバーだ。


「本拠地は他所の領なんだろ」

「そう。てか国中にネットワークがあるんだから領主ひとり動いたところで殲滅はできないよな」


 ディアナに応えたのは、分厚い鎧を着たまま酒を飲んでいる男だ。丸刈り頭が特徴的な彼は身体こそがっしりしているが、身長は平均程度で前衛としては少々貫禄不足の気もある。

 重そうな鎧を着ている割に、どこか雰囲気が軽いせいで貫禄が足りなく見えるのかも知れない。

 彼はヒュー。“竜の喉笛”の盾手タンクだ。


 骨付きの焼き肉を囓っていた男が、疑問ありげなディアナとヒューの言葉に頷く。


「伯爵様はそこまでしたいわけじゃない。とにかく自分の領地からは連中を叩き出す気なんだ」


 筋骨隆々とした巨体を焦げ茶色の毛皮で包む、犬顔の大男だ。耳は三角形にとんがったものが頭上に存在する。

 言うまでもないが人間ではない。コボルトという獣人の一種である。

 彼こそが“竜の喉笛”のリーダー。戦士ファイターのベネディクトである。


「何も今じゃなくたっていいんじゃないかねえ……」

「今じゃなきゃダメなんだろ。もう伯爵様はずっとナイトパイソン排斥のために動いてた。だけどこれから国がどうなるか分かったもんじゃない。情勢が変わって動けなくなっちまうかもしれねーから、その前に、計画を前倒ししてでも決着付けてーってこったろ」

「なるほどなあ」


 この酒場のオーナーとベネディクトは友人同士で、休業日である今日、パーティーの作戦会議室として酒場を借りているのだった。酒と料理は料金後払いで勝手に飲み食いしている。


 彼らが話題にしているのは、この街と周辺一帯を治める領主・キーリー伯爵が、犯罪組織ナイトパイソンを排斥するために行っている一連の施策についてだった。

 いよいよ大詰めなのだとベネディクトは聞いているらしかった。


「で、俺たちの仕事は事前の打診通り。その間の伯爵様の身辺警護ってことになる」

「リーダー。これさぁ……本当に請けんの?」


 夜空の色をしたディアナの目がじろりとベネディクトを睨む。酒が回っているのか、少々眠たげだ。


「あたしゃ別にいいんだよ。でもさ、これ一番危ないのは……」

「気にしないよ、私」


 ディアナの言葉に割り込んだのは、焼き魚を行儀良く食べていた少女だった。


「それが冒険者の仕事だもん」


 緩やかにウェーブが掛かった肩までの長さの金髪。藤色の目に桜色の頬。闇色のフード付きローブは、ちょっとサイズが大きくて野暮ったい印象だ。

 彼女が“竜の喉笛”最後のひとり、イリス。わずか11歳にして第四等級ガードである天才的魔術師ウィザードだ。


 澄まし顔で食事を続けるイリスに、ディアナは不服そうだった。


「……イリスがいいったってあたしは反対だかんね」

「俺だってイリスのことどうでもいいと思ってるわけじゃないよ」


 ベネディクトが弁解するように首を振った。


「本当にいいのかい、イリス」

「ディアナ。私だってみんなと同じ第四等級ガードの冒険者だよ」

「そう……だね」

「それに私が居なかったらキャサリンちゃんはどうなるの?」


 キーリー伯爵の家族は、ほとんどが騎士や冒険者。奥方すら元僧侶(プリーステス)で多少は魔法を心得ている。そんな中で最も無防備と目されるのが、今年11になる娘のキャサリンだった。

 もしナイトパイソンが脅迫や報復を行うとしたら狙われる危険性が高いのは彼女だ。伯爵としてもそれが気になっている。


 伯爵から“竜の喉笛”が依頼された護衛の依頼。その中には、イリスがキャサリンの影武者になることも含まれていた。


 何かを言いかけたディアナだが、それを飲み込んだ様子だった。


「よし、まあいいだろ。でも危ない真似はしないようにとにかく気をつけること。あたしら4人、並大抵の相手にゃ負けないと思うけどね。相手はデカい組織だし、ゲロみたいに汚い手をいくらでも使ってくるに決まってんだから」

「うん、もちろん」

「なら明日、伯爵様に返事を聞かせてこよう」


 ディアナも不承不承ながら同意したと見て、ベネディクトが話を締めくくった。


 だがここで、片手でジョッキを傾けながらヒューが軽く挙手をする。


「リーダー。今回の件はもうそれでいいだろけどよ、いつまでも伯爵様に義理立てしてここに居るこたぁねえと思うんだ」

「む……」

「伯爵様の仕事に不満は無えよ。金もちゃんと出してくれるしな。

 でも、いかんせんここにゃ俺らに丁度いいレベルの仕事が少ない。たびたび仕事探しに遠征してるんじゃやってらんねーぜ。俺としちゃもっといい仕事がいっぱいある所に行きてえよ」


 エルタフの冒険者ギルド支部はキーリー伯爵領全体の元締めをしている。

 その規模は、あまり大きくない。


 第四等級ガードのパーティーと言えば、冒険者としては中堅どころだ。

 下水のジャイアントラット駆除みたいな下級冒険者向けの依頼クエストを奪ってしまうのも体裁が悪いし、何より実入りが悪い。

 しかし狭い伯爵領内で、第四等級ガードのパーティーにとって丁度良い依頼クエストが絶え間なく発生するかと言えば難しい。そのため“竜の喉笛”は近隣の領や、場合によっては王都まで遠征して出稼ぎする場合もあった。


 ベネディクトは冒険者になる前、キーリー伯爵のところで用心棒をしていて、その時に世話になった恩とコネがある。その繋がりで今も伯爵から度々指名依頼を受けていた。

 しかし、伯爵からの依頼だけで食っていくのも難しいのだ。


「それだけじゃないな、今はこの国に居るの自体が危ねえだろ。一応、クーデターが成って内戦は終わったとは言え……この先何が起こるか。ヘタすりゃ連邦と戦争だろ?」

「……考えとくよ。今回の仕事が終わるまでには結論を出そう」


 ベネディクトは三角形の耳を伏せて言った。


 世事に長けるヒューは先々まで考える質で、ベネディクトの考えに甘いところがあればそれを咎める役回りだ。もっとも、『そうは言っても』ということは度々あるもので、最終的に決断を下すのはベネディクトだった。


「終わり? じゃ、私は先に宿に帰ってるから」


 焼き魚を食べ終わっていたイリスは、パーティー会議はこれで終わったと見て立ち上がる。


「送ろうか?」

「大丈夫だってば。すぐ近くだし、それに」


 イリスは壁際に立てかけてあった杖を手に取る。剣のつばみたいな金の輪が幾重にも付いた長い杖だ。


「バカなことしようとする奴が出て来ても、私なら返り討ちだから」

「……まあね」


 ディアナは苦笑して、口から細く紫煙を吹きだした。

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