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[2-10] コンゴトモ ヨロシク

「……姫様、そノ方々は?」


 王都に帰還したルネを出迎えたアラスターは、ルネの後に続くふたりと、スケルトン達に担がれている捕虜を見て訝しむ表情を浮かべた。

 希望に目を輝かせて王城を見上げる猫耳メイド・ミアランゼ。

 相変わらず古典的泥棒スタイルの痴女……もとい魔女・エヴェリス。

 そして相変わらず芋虫状態の冒険者・トレイシー。


「左から『懐かれた(ミアランゼ)』『営業に来た(エヴェリス)』『戦利品(トレイシー)』よ」

「待って! ボクどういう経緯で拉致られたの!?

 なんでこうなったのか全然分かんないんだけど!?」

「とりあえず、こっち(エヴェリス)の話が終わるまでそれ(トレイシー)は適当に監禁しといて」

「離せー! 変なとこ触るなー!」


 暴れるトレイシーを担いだまま、数体のスケルトンは整然と進んでいった。


「いやー、しかし本当に人っ子ひとり居ないねえ。こんな気持ちいい光景は久々に見るよ。

 人族がこぞって逃げ出した王都を占領するアンデッド兵団! ロマンじゃなーい」

「そろそろ、コンサルがどうこうって話をちゃんと聞きたいのだけど?」


 ミュージカル女優チックに大げさに手を広げ感嘆していたエヴェリスは、ルネに言われてうさんくさく揉み手を始める。


「そうそうそれそれ。

 姫様はダメダメになっちゃった魔王軍に代わって、世界を闇に閉ざす逸材ではないかと考えております。

 不肖エヴェリス、そのお手伝いができればと馳せ参じた次第」

「それで魔王軍に辞表突きつけて出てきたの?」

「ううん、やりかけの仕事を引き継ぎもせず放り出して出奔した」

「最悪じゃない」

「支払いが滞ってたんだって。律儀に仕事をしてやる義理は無いよ」


 小さく溜息をついて、ルネはエヴェリスなるうさんくさい女を観察する。

 三柱の魔王に仕えたという女。自称・世界征服コンサルタント。


 外見は、単にエロティックな魔女のコスプレをした痴女だ。

 だがその彼女が纏う気配は尋常ではない。人族としての真っ当な『命の気配』があるのに、穢れ、歪みきっている。

 何よりも、圧力。彼女の蓄えた魔力が体内を流れる、その余波だけで実力のほどが知れる。

 鳥形聖獣を撃ち落とした謎の魔法も鮮やかだった。尋常ならざる使い手だ。


 だが、魔法の実力さえも彼女の『力』のほんの一部でしかないのだろう。

 おそらく彼女にとって最大の武器は、その頭脳だ。

 世界征服コンサルタントという自称が看板倒れでないならば。


「私を雇ってみない? 

 私が提供するのは種々の魔法技術と戦略提案。

 報酬は、私が必要なものを適宜用意すること。魔法触媒とか、実験用美少年とか」

「実験用美少年……」

「あとは、勝利そのものかな」


 悪戯っぽくエヴェリスは笑う。


「ぶっちゃけ、いつ果てるともなく続くシーソーゲームに飽き飽きしてんだよね。

 ほらこの世界って人族も魔族も、追い詰められるほどに強い加護チートで逆転するチャンスが増える仕組みでしょ? あと一歩で世界征服ってとこまで追い詰めても台無しにされちゃうの。まー、魔族側もそれでやり返してるからお互い様なんだけどさ。いい加減、私は勝ちたいのよ。

 今は魔族側が追い詰められてる局面だ。どっか味方に強力な加護チートが降ってくるタイミングなんだけど、そこで魔王軍の中じゃあなく、ポッと出で明らかにおかしい強さのアンデッドが現れた。

 こいつは邪神さんが戦略を変えて、別方面から攻めてみようとしてるんだと考えてね。私も一口かませてもらおうと思ったわけ」

「じゃあ、あなたはわたしが邪神から加護チートを受け取っていると見当を付けて来たのね?」

「その通り。ビンゴかな?」


 得意げなエヴェリスに、ルネは沈黙で肯定した。


 人族に対する勝利そのものが目的というのも倒錯した話という気もするが、分かるような気もした。

 例えば戦略シミュレーションゲームをやっていて『クリア直前になると敵が異常強化されて五分五分か敗北寸前まで押し返されるせいで絶対クリアできない』なんてことになったとしたら? ……即座にコントローラーを投げ捨てて通販サイトに☆1のレビューを書きに行っただろう。


 だがエヴェリスにとって世界征服はゲームではなく現実だ。電源を切ってサヨナラというわけにもいかない。

 このリアルクソゲーに憤懣やるかたない思いを抱き続け、ぶち壊す手段があるならなんでもやってやるという境地に至ったのだろう。


「それで姫様。あなたはどこまでるおつもりで?」


 値踏みするようなエヴェリスの視線。

 軽い雰囲気の言動とは裏腹に、艶めかしい紫眼に宿る光は真剣だった。

 彼女が発する求道的な感情も真摯で愚直なものだった。


「四大国には血で償わせる。そして、大神とか言う奴をぎったぎたにしてやりたいわね」


 ルネの答えに、エヴェリスは静かに頷いた。


「素晴らしい、それでこそだ。

 でもさ、四大国はいいとして……神様をぶん殴りに行く方法知ってる?」

「知らないわ。ご存じなら教えてくださる?」

「簡単じゃないけど単純だよ。世界を滅ぼせばいい」


 あっけらかんとエヴェリスはとんでもないことを言った。


「魔族の目的は『世界征服』そのものじゃあない、邪神による『世界転覆』と『再創造』……

 今を幸せに生きている人々全てを否定し、世界を丸ごとぶち壊して作り直すんだ。邪神が君臨する新たな世界は魔族の求める理想郷であり、人族でも邪神にかしずく者や……世界に捨てられた者は、受け容れられるのだとされている。

 もし姫様がそれを成し遂げたなら、再創造の前の段階……全てが消え去った魂の世界で姫様ただひとりが神々と向き合って、神々を否定する機会を得るだろう」


 エヴェリスの話を聞いて、ルネは、まるで鬱蒼とした森を抜けて広大な平野に歩み出したような気分だった。

 視界が開けて、そして道行きの果てしなさと己の小ささを思い知る。


 『世界を滅ぼす』とまで言われるとあまりにも遠い。小国をようやく滅ぼし、ノアキュリオ一国の援軍部隊さえ避けざるを得ない状況なのに。


 ――それでも……不可能じゃない。


 鼓動を止めた心臓が、熱く脈打ったような気がした。

 捨てられた者たちの世界。こぼれ落ちた者たちの世界。もしそんな新世界を作れるのだとしたら、今の世界を作った大神にとっては素晴らしい当てつけだ。


 それに、この決着はルネにとって都合が良いポイントがもうひとつある。


「世界の再創造……そんなことが可能なら、なんと素晴らしいのでしょう」


 じっと話を聞いていたミアランゼが感極まったように言った。

 不幸な者たちにとって、世界の再創造という思想は希望であり、最高の復讐でもあるのだ。


 ――終末思想系のカルト宗教みたい。でも、本当に可能なのだとしたら……


 これは、『大義』になるとルネは直感した。

 これからルネが率いる勢力の旗印になると。

 ルネの下に集う者たちを使い潰す名目になると。


「私も再創造を見てみたいよ。世界征服コンサルタントとしての勝利の光景を。そして、世界を滅ぼした者にしか見られないだろう、この世界の果てを」

「お手伝いだなんてとんでもない。

 あなたはわたしをそそのかしに来たのね」

「その通り!」


 エヴェリスは我が意を得たりとばかりに手を叩いた。


「いいわ。その話、乗ってあげましょう」

「素晴らしい。姫様は良い買い物をなさった」


 ルネが頭を首の上に載せ、手を差し出すと、エヴェリスは包み込むようにルネの手を取った。

 だいぶ斜めに傾いた橋が架かった。


「まず今は、このシエル=テイラに踏み込んできたノアキュリオが問題かな。

 限られた手札をやりくりして王都を落としたその手際、実に見事。でも姫様はまだノアキュリオ軍なんかと戦える状態じゃないはずよね。

 策が要るでしょ? お安くしちゃうよ」

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― 新着の感想 ―
[一言] >終末思想系のカルト宗教みたい。 全くもってその通り、なんだけどめちゃくちゃ流行りそ〜 貴族がいて奴隷がいて、力ある者に弱者は虐げられるしかない世紀末の世界でこんな宗教が登場したら、下層階…
[気になる点] 握手のときに左手を出すことは敵対行為に値します。
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