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[2-7] キルミーのベイベー

 時は少し遡る。


「あ……あ゛ぁ……うぁ……あ……」


 王城地下の牢獄の中。身体の半分を脈動する肉塊に置き換えられたローレンスは、ゾンビたちに臓腑をむさぼられながら、思考の迷路をさまよっていた。

 うめく以外に何もすることが無い。そうなると、朦朧としながらも延々と考え事をしてしまう。


 どこで失敗したのだろうか。

 どうすれば上手くいっていたのだろうか。

 

 ルネを殺さなければクーデターは成っていたのではないか、と考えかける度に否定する。

 彼女をギロチンに掛けず、適当に軟禁生活でも送らせていれば、アンデッドとして蘇ることはなかった。

 だが……


 ――だめだ……それは不正義だ……連邦に与した者らは……皆、殺さなければならない……

   では、どうすればよかった……? 正義……とは……?


 思考は振り出しに戻る。

 その正義は、ローレンスがどうしていればこの国に実現されていたのか。


 眠ることすら許されず、不断の苦痛を与えられ続けたローレンスは、もはやまともな思考能力を失っていた。

 だが石壁に反響する足音を聞いて、ローレンスはほんの少しだけ正気付く。


 牢獄に銀色の少女が現れた。


 ――こいつは……誰だったか……あぁ、そうだ、敵だ。

   悪しき連邦を滅ぼすのだ……倒さなければ……だが俺の剣はどこだ? 俺の手は……どうして動かない?


 ぶよぶよと脈動する肉塊の下半身を持ち、巨体となったローレンスを見上げるルネ。

 銀色の目が星のように瞬いていた。


「仕事よ、ローレンス。あなたにもう一度、戦う機会を与えるわ」


 * * *


 人の気配が消えたテイラカイネの大通り。

 街門に近い場所に“果断なるドロエット”の5人は居た。


 正確に言うなら通りのど真ん中に前衛3人が陣取っていて、ロレッタとエドガーが通りの両脇の建物の上で丸っこい大砲みたいな魔動機械アーティファクトを抱えている。


「よぅし、もう一度試運転をしておこう。

 アルフォンソ。また敵役を頼むぞ」

「はっ」


 アルフォンソは街壁の方に歩いていくと、途中で踵を返し、剣を構えて突撃してきた。


「うおおおおおおお!」

「今だ!」


 エルミニオの号令でロレッタとエドガーが魔動機械アーティファクトを操作する。

 砲口から白輝の光線が放たれた。

 二本の光線は舞台の役者を照らすスポットライトのようにアルフォンソを捉える。


 もちろんこれはただのライトではない。

 『破邪の眼光』。≪聖域結界サンクチュアリ≫に等しい効果をピンポイントで発現させるマジックアイテムだ。


「狙い良し! これをアンデッドがくらえば足が止まる。それどころか弱い奴なら一瞬で浄化されるだろう。

 ≪聖域結界サンクチュアリ≫で捕獲し、足止めしつつダメージを与える。そこに私たちが追撃を加える。完璧だ!」


 エルミニオは自分が考え出した完璧な作戦を自画自賛する。


「ロレッタ、出力は安定しているか? 地脈との接続はどうだ?」

「ばっちりばっちりぃ!」

「なら燃料の問題も無いな。ふふん、奴が力尽きるまで2日でも3日でもこいつで捕まえておけるぞ」


 もちろん、こんな強力なアイテムをタダで使えるほど世の中は甘くない。

 大量の魔石で持たせるか、でなければ土地に蓄えられた魔力を使うしかない。


 ここテイラカイネは大都市の例に漏れず魔力溜まり(ホットスポット)の上にある。まあ王都に比べれば格はだいぶ落ちるが、街壁に魔法防御能力が無い分、余裕はあると言える。

 エドフェルト侯爵から直接雇われた“果断なるドロエット”は、侯爵の許可を得て土地の魔力を使えることになった。これで『破邪の眼光』も好き放題に使えるというものだ。


 街壁の外にはアンデッドどもが布陣している。

 じき、攻め寄せるだろう。そして、この街の街壁では防ぎきれないだろう。

 だがそこからが勝負だ。


 と、突如。


 轟音と共に街門が吹き飛んだ。


「きゃああ!」

「おいでなすったか!」


 この街の街門は、ただちょっと丈夫な両開きの扉を壁にはめ込んだようなものだ。

 だが、だからと言ってそれを一撃で吹き飛ばすとあっては並の相手ではない。

 何らかの強力な攻撃魔法だろう。瓦礫が、そして門を守ろうとして巻き添えになったらしい数人の兵士が降ってくる。

 それでもエルミニオは怯まなかった。


「来るがいい! このエルミニオ・ドロエットこそが“怨獄の薔薇姫”を…………」


 言いかけたところでエルミニオは、それに気がついた。

 もうもうと立ちこめる土煙を掻き分けるように迫ってくる……巨大でいびつな影に。


「……なんだ? あの物体は……」


 *


「あああああ! あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」


 ローレンスは悲鳴を上げた。それとは全く無関係に破城鎚が振るわれ、盾と槍を構えたまま硬直していた兵士を薙ぎ払う。


 多くの死体を継ぎ接ぎして作られたローレンスの肉体は、まるでガレー船が櫂を動かして航行するように、脈動する巨大な肉塊から生えた何本もの足で這い進んでいた。

 その背中にはジャパニーズ戦国武将の旗差物みたいな旗が何本も突き刺さっていて、その旗にはルネがわざと下手くそに書いた字で『ろーれんす☆らいんはると』と書かれていた。

 肥大化した上半身からは太長い腕が何本も生え、ひとりで破城鎚を支えて振り回している。

 そして、さらに冒涜的なことに、ローレンスの頭の隣に、誰だか分からない騎士の頭が生えていた。目も鼻も耳も縫い合わせられた頭が生えていた。だが、肉体の主導権はこちらの新しく生えた頭の方にあるのだ。


 ローレンスは指一本動かすことができない。ただ巨大で冒涜的なフレッシュゴーレムが視覚や聴覚を得るための感覚器でしかなかった。

 しかし、彼の意識だけはまだ残っていた。


 ローレンスが見下ろす先にはエドフェルト侯爵の集めた騎士や農兵たちが居る。

 街を、民を、国を守るために戦う人々がローレンスに武器を向けているのだ。

 怯えを押し殺し、使命感に満ちた様子で。強大な化け物と対峙する顔をして!


おえ殺せ(こぉぜ)! おえ殺せ(こぉぜ)! おえ殺せ(こぉぜ)ぇえ!!」


 潰れた喉と抜かれた舌で、それでもローレンスは声を上げていた。


 そんなローレンスがデタラメに暴れる後を、ルネは悠々と付いていく。


「案外悪くなかったわね。移動の遅ささえどうにかできればもっと便利なんだけどなあ。生きたままじゃ収納できないから遠征向きじゃないのが難点ね」


 ≪屍兵修復リペアコープス≫を悪用してアンデッドを融合させるというやり方で作り上げたフレッシュゴーレムもどき。

 維持するための魔力コストがちょっと多い以外は悪くない戦力だし、形をいじればいろいろと改良の余地もありそうだ。鎧を着せるとか、移動トーチカにするとか……


「止めろ、止めろぉ!」

「ちょっと待っ……どうして効かないのよぉ!?」


 ローレンス号の行く手で切羽詰まった調子の声が上がった。

 通りの脇の建物の上からローレンス目がけ、生理的嫌悪感をもよおす清らかな光が降り注いでいる。


「なんか神聖魔法撃たれてる? 妙なマジックアイテムね。ま、この『肉戦車』には大して効かないけど」


 なにしろ、どんなに邪悪な術式で作り上げたとしてもあくまでこれは生き物であり、核となるローレンスは生きた人族なのだから(死ぬほど苦しいだろうけれど)致命的なダメージにはならない。


「……って、こいつら“果断なるドロエット”じゃない」


 屋上でライト係をしているうち片方は、甘ったるい美貌にチラリズムを極めた服装そうびの女魔術師ウィザード

 以前ルネが憑依していたイリスは“果断なるドロエット”を見たことがあり、ルネはその記憶を引き継いでいたのだ。


 屋上のふたりは必死にサーチライトを動かしてローレンスの全身を舐め回し、さらにルネをも捉えようとする。ルネはひょいひょいとローレンスの身体の上を飛び跳ねてライトを躱した。


 破城鎚を振り回すローレンスを前にして、鎧を着た3人が様子をうかがう。

 うかれた銀ぴかの鎧を着ているのがリーダーのエルミニオ。そして彼を守るように前に出ている聖印付き全身鎧ふたりがお付きの神殿騎士たちだ。


 王都に侵入して狼藉を働き、ルネの兵隊を減らしてくれた邪魔者。まあとりあえずぶっ殺しておくべきだろう。

 アンデッドの材料としても悪くない。


「強いのは神殿騎士ふたりだったかしら……良質な素材だと思うんだけど、ぜーったいに魂は保護してるわよね。魂ごと捕まえなきゃリッチにはできないのに。んもう」


 まあグールやスケルトンの材料としても悪くない。

 ルネは段取りを考える。

 ひとまず神聖ビームを浴びせてくるふたりをルネが排除し、他の3人はその間、ローレンスに足止めをさせればいい。

 そして……


「おや……いけないね。これは生きた人間をアンデッドと繋げちゃったやつだねぇ」


 戦いの場には似つかわしくない、のんびりとした老婆の声がした。

 元日本人のルネとしては、縁側で猫を撫でながらお茶を飲んでいるおばあちゃんが思い浮かぶような調子だ。


 何事か、と驚いたのはルネだけではない。

 エルミニオたちも声の出所の方へ振り返る。


 遠巻きに警戒する兵たちを掻き分けるようにして、ひとりの老婆が姿を現した。


 アップに纏められた真っ白の髪。皺深い顔。

 彼女は、元は白衣だったのではないかと推察されるものを着ていた。白地に斑な赤茶色のシミが付いた服だ。

 腰は曲がりかけているが、足腰はしっかりしているようで、杖をつきながらも意外な速さでやってくる。


 ルネは、訝しんだ。恐怖が無い。敵意も無い。安っぽい白の絵の具で一色に塗りつぶしたような、奇妙な心を持つ老婆だ。


「おやりなさい」


 老婆が一言呟くと、周囲から聖気がいくつも膨れあがった。


 ――何か来る!?


 屋上を飛び渡り、人にはあり得ない速度で迫り来る複数の気配。そして。


「ゴアアアアアア!!」

「う、うあぁあああ!?」


 白と金に輝く虎のような獣がローレンスに飛びかかった。

 その牙や足先は金細工の武具が肉体と一体化したような外見で、まるでサイボーグだ。

 群れなす神聖虎軍団は次々と天から降ってきて、ローレンスの巨体に牙や爪を突き立てた。


「ああ、苦しむといいよ。あんたの意思じゃないとしてもね、この身体でやっちまったことの分は苦しんで償いな。痛いねえ、でも頑張んな」

「ぐあっ、ああああ! あがあああああああ!!」

「よしよし、良い子だ」


 ローレンスは血を吐きながら苦痛の叫びを上げる。

 謎のサイボーグ虎の攻撃は聖気を纏っているようで、それは今のローレンスにとってこの上ない苦痛なのだ。

 悶え苦しむローレンスを見て、老婆は目を細めて喜んでいる様子だった。


 ――あれは確か……神聖魔法系の召喚獣・『聖獣』?


 魔法によって生みだし、もしくは喚びだして使役する存在を総称して召喚獣という。

 精霊や天使、歪んだ動物霊みたいな魑魅魍魎までピンキリだが、この無駄に荘厳な造形デザインとあふれ出す聖気は絶対に神聖魔法系だ。


 10体近い聖獣は、瞬く間にローレンスを行動不能に追い込んだ。

 一体一体も充分に強力で、それが多数……

 だが、その割に目の前の老婆からは、こんなものを従えるほどの強さを感じない。神聖魔法の魔力も感じない。

 単に彼女は指揮官であり、後ろで召喚獣を操っている魔術師が居るのかも知れないが、だとしたらなんでこんな最前線にまで出てきたのか……


 とにかく、この老婆はいろいろな所が奇妙で不気味だった。


「さて、どうもこっちが本題みたいだね」


 相変わらず穏やかな表情のまま、老婆はルネの方を向いた。


「聞き分けのない悪い子はお仕置きするしかないね。

 神様が見てるよ。うん。もうおしりペンペンじゃ済まないよ。

 ……地獄に落ちるんだね。糞餓鬼が」

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[一言] ジイ。。。。。。(*_*)
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