[2-3] ジェントルスーツと機関砲
聖光を纏う剣が不浄の騎士を打ち倒す。
エルミニオも、お付きの騎士たちも、それどころか探索支援を主な役割とするエドガーすらも純粋に剣技でアンデッドたちを凌駕しているのだ。
3体のスケルトン相手に斬り結んでいたエルミニオが飛び離れる。
その瞬間、城壁上から火の玉が飛来した。
真鍮とミスリル製の奇怪な骨格標本みたいなものが並んでいて、それをスケルトンが操作しているのだ。
「こんなもの効くか!」
傘のように剣を掲げて炎を受けたエルミニオ。
ダメージはほぼ無い。鎧の力だ。
エルミニオが着ている鎧はアダマンタイト製で、しかも防御力や魔法防御力を高める魔化がしこたま掛けられている。味方から強化魔法を受けるために護符は使っていないのだが、むしろそんなもの必要ないとも言えた。
ただ、ロレッタだけちょっと危ない。
外見的には下着姿同然という超軽装の彼女だが、実は彼女の防具の性質や施された魔化は物理攻撃耐性を重視している。≪消火≫で火の玉を打ち消しながら彼女は逃げ惑っていた。
「ちょ、ちょっとエルミニオ! アタシ、≪収納箱≫に魔力取られてんだからね? なんとかしてよぉ!」
「言われるまでもない。あの程度、私の敵ではないさ。強化だけおくれ。
……おいエドガー、新しく買ったのを試すぞ。『ファイアーシューター』を出せ!」
「ヘイ、旦那」
エドガーが細い筒状の魔法の杖を取り出す。
杖を受け取ったエルミニオは、それを壁上のスケルトン目がけて振るった。
「っはあ!」
杖から火の玉が飛び出し、宙に火の粉の尾を引いて、壁上のスケルトンを直撃した。
火の玉の小ささと裏腹に大きな爆発が起こり、スケルトンの頭が吹き飛んだ。
「いよし、当たったあ!」
「お見事です、旦那」
「射程は触れ込み通りだな。うんうん、この射程にしちゃ悪くない威力だ」
エルミニオはご満悦だった。
『ファイアーシューター』。魔力タンクと術式を内蔵し、魔術師でなくても≪火球弾≫の魔法が使えるマジックアイテムだ。エルミニオが金貨十数枚で買った(正確な値段は本人も既に忘れている)。
「すっごーい!」
「全部撃ち落としてやるよ。……おっと、外した!」
狙いを逸れた火球は、壁上に立てられた赤薔薇の軍旗をひとつ焼き払った。
「見てろ、次は当ててやるぞ。ちぇりゃあっ!」
次の一撃は狙い違わず、防衛兵器を操作するスケルトンに直撃する。
エルミニオの攻撃を阻止しようと地上から騎士鎧を着たゾンビが迫る。
だがエルミニオは襲い来るゾンビの剣を弾き、頭に剣を突き立てる。ゾンビは糸を切られたように崩れ落ちた。
「大したことないな。ザコばっかりだ。まぐれ当たりにさえ気を付けりゃいい」
「果たシてソウでゴザるカな?」
「何?」
不気味な響きの声が降ってきた。
天を舞う黒い影。
城壁の上から跳躍したそれは、堀を軽々飛び越えて着地する。
着流し姿にカタナを構え、髪を高く括った男。
青白い肌と濁った目。グールだ。
「こいつは……」
「変な装備だけど、グールジェネラル級かしら?」
強者は相応の重圧を放つもの。
冒険者たちを睨み付けるグールは、物理的な圧力すら感じるほどだ。
「コの王都は姫様のモの。そコに汚い足デ上ガり込ンで、やリタい放題の乱暴狼藉……
『仏も三度目でキレてメテオを落とす』の例エあリ。剣術指南役、ウダノスケ。貴様ラヲ成敗致す!!」
「中ボスくさいのが出てきたな」
ウダノスケと名乗ったグールは、明らかに周囲のアンデッドたちと一線を画する強さだった。
もはや数で押すのは不可能と考えたのか、他のアンデッドは一歩下がった位置に控えている。
「私たちはザコには興味ない。早く大ボスと戦いたいのだがね」
「姫様は居られヌ。
居らレタとしテも、貴様らハそノご尊顔を拝すルことカナわぬ」
ウダノスケの答えに、エルミニオはあからさまに落胆した調子で首を傾げる。
「ああ? なんだ、居ないのか。全く。まあいい、とにかくこいつを倒して……」
そして、ウダノスケに剣を向けようとした。
その時にはもうウダノスケがエルミニオの眼前まで迫っていた。
「う、うおっ、うおおっ!?」
「スシ! エンガワ! ガリ! テッカ! カッパ! ムラサキ! ブリ・ハマチィィィィィッ!!」
暴風雨の如く押し寄せる連続攻撃。
のたうつ蛇のようにカタナが振るわれ、エルミニオは後退しつつ辛うじて防いだ。
死都と化した王都に、澄んだ剣戟の音が響き渡る。
「ちっ!」
エルミニオが左腕をぶるりと振るう。
すると、エルミニオの籠手の装甲が剥がれた。
「ぬん!?」
ミスリルの装甲は稲妻を纏い、宙に浮く。
『霞雲の籠手』。
装甲を切り離して空中浮遊する盾にできるマジックアイテムだ。
宙に浮いた盾がウダノスケのカタナを受け止める。浅く切れ込み、カタナは装甲に吸い付いた。
「取った!」
その隙をエルミニオは狙う。
だが、カタナから片手を離したウダノスケは脇を締めるとコンパクトな拳打を繰り出す!
「ドスコイ!!」
「ぐわっ!?」
ウダノスケの拳がエルミニオの腹に叩き込まれた。
≪聖別≫の圧力に拳を阻まれ、かつ灼かれながらも、ウダノスケの一撃は充分すぎる衝撃を与えた。
きりもみに吹き飛んだエルミニオは地面を転がって、そのまま受け身を取って跳ね起きる。
「く、くそ! なんだこいつ! デタラメに強いぞ!」
「お下がりください、坊ちゃま」
エトレとアルフォンソがエルミニオを庇うように前に出た。
ふたりはウダノスケを挟み討つように左右に別れ、斬りかかる。
「くっ!」
わずかに時間差を付けた左右からの攻撃。
ウダノスケはエトレの袈裟斬りをかいくぐりつつ、斜め後ろへ振るったカタナでアルフォンソの一撃を受け止めた。
3人(ふたりと1匹?)は目まぐるしく位置を入れ替えながら斬り結ぶ。
ウダノスケはふたりから挟まれぬよう脱しようと動き、エトレとアルフォンソはウダノスケの死角を付くように立ち回る。
銀の光が断続的に閃く様はもはや鋼鉄の竜巻だ。迂闊に近付けば巻き込まれ、瞬時に切り刻まれてしまうだろう。
エルミニオはウダノスケ以外のアンデッドたちに睨みをきかせる。
ウダノスケに助太刀しようとはせず、エルミニオたちをじりじりと包囲するように距離を詰めていた。
「エトレ! アルフォンソ! お前らはそいつの相手をしておけ!
私は周りの奴らを片付ける!」
「かしこまりました!」
「いくぞロレッタ、エドガー!」
そしてザコの掃討に移った3人であったが……
アンデッドたちの壊走は早かった。
駆け抜けるエドガーの剣が擦れ違い様にアンデッドたちを斬り倒し、エルミニオは2体3体をまとめて叩きのめす。エルミニオにタックルを掛けてきたゾンビをエルミニオが蹴り飛ばし、待ち受けていたエドガーが真っ二つにした。
ふたりの合間を縫うように飛んだロレッタの≪衝撃弾≫はスケルトンに直撃し、その身体をバラバラにする。
「逃がすものかっ!」
逃げを打ち始めたアンデッドを追ってエルミニオは剣を叩き付ける。
鎧越しの一撃だったが、その衝撃と≪聖別≫の聖気によってスケルトンが崩壊する。
所詮は格下のモンスター。10や20の数では対抗できるはずもない。
一旦退いたアンデッドたちが再び隊列を組み直すが、その数は半分ほどに減っていた。
「なんだなんだ、全っ然手応えが無いな」
「ザコばっかりじゃないの。それともエルミニオが強すぎなのかしらぁ?」
勝ち誇るエルミニオとロレッタ。“果断なるドロエット”にとってはいつもの戦いだ。彼らは一応、シエル=テイラで2番目のパーティーであり、そんな彼らが苦戦するような敵はそうそう出てくるものじゃない。ウダノスケを名乗る中ボスはともかく、そこらのザコモンスターは居ても居なくても同じというレベルだった。
「とりあえず、ここに居るアンデッド全部ぶっ壊しちまうか。そんで宝物庫でも漁りながら、“怨獄の薔薇姫”が戻ってくるのを待 」
そこまで言ったエルミニオの言葉が、断ち切られた。
城壁の上が輝いたかと思った次の瞬間、そこから放射された大熱量の閃光がエルミニオを呑み込んでいた。
*
ウダノスケたちが戦っていた場所からだいぶ離れた、大通りのど真ん中。
閃光に撃ち抜かれたエルミニオはウェルダンに焼け焦げて倒れていた。
「ぼ、坊ちゃま!? 坊ちゃまーっ!!」
ウダノスケを警戒しつつ神殿騎士ふたりは後退していく。
それをウダノスケは追わず、見送った。
「……ふウ」
砲座に着いている、貴族風の出で立ちをしたグール……アラスターは、流れもしない汗を拭った。
あれは釣り出しだ。
相手がパーティーを分けたのを良いことに、わざと調子に乗らせるような負け方をして深追いさせ、大通りのど真ん中に誘い出した。そしてアンデッド兵が捨て身でエルミニオに取り付けたマーカーをターゲットとして、都市防衛兵器『神雷砲』の収束射撃を行い、撃ち抜いたのである。
死体が残るような威力にしたのは、わざとだ。
蘇生の望みがある以上、彼らは全速力で最寄りの街の神殿まで帰還してそれを試みるだろう。
追い返すには最も効果的な手段だ。
「冒険者か。騎士ヨりは魔物との戦イに慣れテおろウが、防衛兵器への注意はおろソかでアッたな。馬鹿で助かっタわい」
各国の王都や主要な城塞都市は、土地の魔力が溜まる場所・魔力溜まりの上を選んで作られることが多い。防衛兵器や建造物の防御に使う膨大な魔力を捻出するためだ。
かつてのシエル=テイラ王都・テイラルアーレもそのご多分に漏れず、魔動機械防衛兵器が残されている。
『神雷砲』は大路を丸ごと薙ぎ払うことさえ可能な超大出力の魔力放射砲だ。発射モードを切り替えれば、今のように燃費の良いピンポイント狙撃も可能になる。
「ご苦労。当ててクレたでゴザルか」
そう言いながらウダノスケが壁上によじ登って来る。
城壁のわずかなとっかかりに手足を掛けてここまで来たらしい。
「ゴ苦労はコちらの言葉ヨ。神殿騎士ふタリを相手によク耐えテくれた」
「護符で神聖魔法に耐エなガラ斬り結ブのが精一杯でアッタ。≪聖別≫をアのようニ何度も掛ケ直さレテは、コちらの攻撃モろくに通らヌでゴザル」
ウダノスケは無念そうだった。アラスターも同じ気持ちだ。
留守を任された身でありながら追い返すのが精一杯で、侵入者たちを皆殺しにして償わせることも、その身体をアンデッドの材料として確保することもできなかったのだから。
「……帰っテいクか。蘇生のタめには一刻を争うでゴザルカらナ」
「口惜しヤ。姫様ヨリお預かりシた騎士のアンデッドをだイぶ失っテシまッた」
だが、全力は尽くした。王都で留守番をしている少数部隊でできることはやった。これ以上努力と根性と忠誠心でどうにかするのは無理がある。
……このままではいけないのだ。